第3話


 呼ばれてやって来た有雪(ありゆき)は白衣も薄汚れた〈巷の陰陽師〉である。

 開口一番、せせら笑って、

「おまえたち、本当にモノを知らぬな? よくそれで恥ずかしげもなく生きていることよ!」

 口の悪さはいつものこと。黙っていれば一見、何処の貴人の仮の姿か、と疑ってしまうほど玲瓏なのだが。陰陽師も名ばかり。無位無官で住む場所にも事欠いて、いつの頃からか田楽屋敷に居候の身なのだ。

 この時代、一条橋界隈にはこの手の胡乱な陰陽師、声聞師の類が腐るほどいた。

 その〈橋下の陰陽師〉が勝ち誇って言う。

「これは《野馬台詩》の一節じゃ」

 検非遺使(けびいし)も田楽師兄弟も鸚鵡返しに、

「や、ま、と、し?」

「ふん、本当に知らぬと見えるな?」

 有雪は益々得意げに胸を反らせた。

「有名な未来記だぞ。俺は出だしの一句、〝東海姫氏国〟でわかった。これは──見たところ、その野馬台詩(やまとし)からの抜粋だな?」

 有雪曰く、《野馬台詩》は実際には五言二十四句からなる詩で、遣唐使として中国に渡った吉備真備(きびのまきび)が日本に伝えたとされる。日本の終末を歌った、いわゆる予言書、未来記の類である。

「作者は中国六朝時代の宝誌和尚とか。この和尚、彼の地では観音の化身と崇められたそうな。そんな高僧が、日本は天皇が百代で終わりだと歌ったとさ。大きなお世話だ。尤も、詩句が難解で如何様(いかよう)にも解釈できるので注釈書も後を絶たぬ」

「何故、そんな不気味な詩の断片を美童が持っていたのだろう? しかも、いかにも大切そうに?」

 《野馬台詩》について、おおよその内容を知った後でも謎は謎として残った。

 床に横たわる秋津(あきつ)丸を改めて眺めながら頻(しき)りに首を傾げる成澄(なりずみ)。

 有雪はそんな検非遺使を横目で見ると、

「おい、この美童はおまえに、最近続いている人死は〈殺人〉だと言い切り、その〈証拠〉を見せると約束したのだろう? その上で、これを握っていたとすれば、答えは一目瞭然ではないか」

 田楽師兄弟が同時に声を上げた。

「では、〝これ〟が?」

「この歌が〈証拠〉だと?」

「うむ。〈証拠〉に通じる……或いは〈証拠〉を暗示したもの……というところか」

 有雪は再び長身の成澄を仰ぎ見る。

「いずれにせよ、美童が生きていたら、おまえにこの詩を指し示して何事か知らせるつもりだったのだろうよ。惜しいことをしたな? おまえが関わりながら、しかも双子まで侍(はべ)らせながらこの始末か。全く持っておまえたちときたら何の役にも立たない烏合の衆じゃ」

 これには流石に双子が黙ってはいなかった。

「それを言うなら、そもそも、おまえがもっと早く〝全てを予見して〟卜占でもたれるべきだったんじゃないのか?」

「兄者の言う通りだ! おまえこそ役立たずじゃ! いつも〝何かが起こった後〟で知ったような口を聞く。実際、先のことなど何一つ見通せないくせに。このエセ陰陽師が!」

「何だと?」

「よせ」

 検非遺使が割って入った。

「今更言い合っても、それこそ何の役にも立たぬ。それより、どうだ? これから秋津丸の住処へ行ってみようではないか?」

「え?」

「秋津丸の不幸を身内の者に知らせねばならない。また、秋津丸自身の確かな素性について、もっと詳細に知る必要がある」

「……住処を聞いていたのか?」

 検非遺使に問う狂乱丸。その声に悋気(りんき)の響きを嗅ぎ取って婆沙(ばさら)丸は苦笑した。

 醜いは綺麗、綺麗は醜い……

 光には翳、裏と表……

 普段、芸の上では静謐(せいひつ)な兄、激情の弟と評されるが──

 果たして〝どっち〟が〝どっち〟なのやら。

 お互いでさえ、時に、わからなくなる。

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