番外編 リリアル=ノーブルの憂鬱

私、リリアル=ノーブルはエリフィン国エリフ学院に通う生徒の一人だ。

今日のHRで新しい生徒が入学する話を聞いた。

それに同じクラスメイトになるらしく、担任から説明があった。

担任といっても顔見知りだ。

エリフィン国は広い国土をもつが、王城に近いこの街は、学院の関係者ばかりが住んでいる。

だから担任のキリカ先生も、よく知っている。

豊満な胸をからかわれたり羨望の眼差しや嫉妬の対象になっているのも知っている。

私? 私はエリフィン国の平均的な女子代表みたいな外見だから、もちろん嫉妬している。

キリカ先生は小さく、胸が大きく、魔力が高い。

嫉妬するには十分だろう。

私が嫉妬の炎を改めて燃やしていると、キリカ先生が紹介する。


「はーい。では入ってきてください」


入ってきたのは男子だった。こちらをみて目をそらした……失礼な奴だな。確かに目つきが悪いと姉上たちにもよく注意されるけど。


「……キリハラ=ユーキです。よろしくお願いします」

「はい、よくできました。席はフィリア様の隣です」


少し、いやかなり頼りなさそうな奴だな。男子にしては小柄すぎるし、あれではクワすら持てぬだろう。

しかしフィリア様の隣だと!

フィリア様の席は一番後ろの席で、右隣には私が、左隣は空いていた。

私はユーキをにらみつける。


「よくできたあいさつじゃ。な? 大丈夫だったじゃろう」

「うん、フィリア。これなら問題なく通えそうだよ」

「……!!!」


こいつ! フィリア様を呼び捨てに! しかもなんだか親しそう。

私の視線に殺気がこもるのはしかたがなかった。


「そ、それでそっちの子はなんでそんなに怖い顔をしてるのかな……?」

「ん、ああリリアルか。どうしたのじゃ」

「いえなんでもありませんフィリア様。ただ少しだけユーキ様がフィリア様を呼び捨てになさっていたのを気になっただけです」

「そうか? なんならリリアルも呼び捨てでよいのじゃぞ」

「そんな恐れ多い」


フィリア様の提案はとても魅力的でしたが、そんなことをすれば周りが黙っていないでしょう。

現に耳のよい子は今の会話で我慢できないのか怒りに震えている子もいる始末。

その後、ユーキとやらの身の上話を聞いた。

どうやら身内もなく、フィリア様のお慈悲でここに入学したようだ。

さすがお優しきフィリア様。


「よ、よろしくねリリアル」

「その名で呼んでいいのはフィリア様だけだ」

「ご、ごめんノーブル」

「ふん、気をつけろ」

「リリアルは私以外には厳しいのう」


HR後の短い休み時間をフィリア様とユーキの身の上話で消費した私は、少しだけユーキを見直していた。

国の保護だけに甘んじなかった点だけは褒めてもよいと思ったのだ。

自立したいと語ったユーキの態度には、挨拶のときにみられた弱弱しい態度はなかった。


休み時間が終わり、最初の授業が始まる。

今日は確か歴史の授業からだ。

先ほど出て行ったキリカ先生が授業道具をもって戻ってきた。

キリカ先生の担当は歴史だった。


授業は媒体の映像再現などで行われる。

火の媒体と水の媒体の複合魔法で行われる退屈な授業だ。

キリカ先生には悪いが歴史にはあまり興味がない。

あるとすれば授業を担う複合魔法のほうだ。

これは難易度の高い技術で、単純に二枚の媒体を発動させればいいわけではない。

初めてキリカ先生の授業を見たあとに自分で試したので事実だ。

なので今日も授業内容よりも発動中の魔法に集中する。

こうした思惑で授業を聞いている生徒は少なくない。

ユーキはどうなのか、ふと気になってみてみると。

目を輝かせて夢中のようだった。

まあいままで孤児として暮らしてきたのだから新鮮な話なのかもしれない。

私たちはことあるごとに両親から昔話を聞かされていたので興味がないだけなのだ。


ようやく授業の終わりを知らせる鐘がなった。

フィリア様も退屈だったらしく、背筋を反らして伸びをしている。


「いやー眠くてかなわんのじゃ。ユーキはまじめに聞いとったの」

「うん、すごく楽しかったよ。フィリアはつまんなそうだったけど。ていうか大半の生徒がそうだったね。どこの学校でも歴史の授業は人気ないのは変わらないね」


ユーキが気になることをいった気がするが、正直睡魔が瞼を閉じようとしてそれどころではない。

今日は苦手な文字の授業もあるので気を引き締めないと。

目をこすって意識を覚醒する。

それにユーキの才能についても気になる。

媒体を作るには才能がすべてだ。

才能がなければ生活にも困る。

逆に才能にあふれていれば豊かな暮らしが手に入る。

王家直属の職につくことも可能だ。むしろそれは私の夢でもある。


ノーブル家は代々王家に仕えてきた。

幼いころから王家について勉強させられ、王家を敬うように教育された。

別にそれは嫌ではなかったし、フィリア様とも仲良くする機会もあった。

兄はそんな実家がいやで家を出たらしいが、正直理解ができない。


王家に仕えるためにも魔術師としての才能は必須なので、苦手といっても文字の魔力をこめる鍛錬は怠れない。もちろん授業もだ。





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昼食も終わり午後の授業の始まりの鐘が鳴る。

ユーキの才能はその最初の文字の授業で発揮された。


結果からいうと、才能にあふれていた。

キリカ先生に向けた嫉妬と同等の気持ちを、まさか今日あったばかりの気弱そうな男子に向けることになるとは思わなかった。

そしてユーキの補習を担当するとはその時点で夢にも思わなかったのである。

文字の魔力のとんでもない才能に驚かされた私は、次の絵の授業でのユーキの実力にさらにおどろかされたのだった。

一部に秀でたものは確かに他の部分が劣る場合もある。


「……これはカエルかの?」

「……いぬです」


それにしてもひどかった。

媒体作製に必要な描画能力というのはこの街の殆どのひとに宿っている。

そういう人々の集まる街だったし、ここから離れた農村地帯くらいまでいかないとここまでひどい奴はいないだろう。

才能に恵まれない者たちは、自然と街を離れて力仕事に勤しむのだ。

悪いことだとは思わないが、こればかりは才能ありきなのでどうしようもない。

こんなことをいえば、文字については自分のことも言えないが、それゆえのユーキに対する嫉妬だったのに。


落胆、していたのかもしれない。文字にすばらしい才能をみせてくれたユーキに勝手に期待したのだ。

プライドが無意識に考えたその感情を否定した。

けれどもユーキの補習を受け持ったのはそんな感情があったからかもしれない。


翌日。ユーキは見違えるようになっていた。

昨日のはわざとだったのか?

怒りで目の前が真っ赤になる前に、フィリア様が止めてくれた。

フィリア様がいうのなら本当のことなのだろう。

その日から妙な三人組の付き合いが始まっていたのだ。


私はフィリア様だけいればよかったのだが、ユーキが離れないのだ。

絵の授業で目立ってしまったユーキは優しいフィリア様から離れることもなく、私がいくらにらみつけても、たじろ気はするが引きはしない。

フィリア様も弟を守るといって大事にしている。


少しずつだが、私もユーキを認め、心を開きかけていたとき、事件は起きた。


王家の会食に、ユーキを連れていくとフィリア様が言ったのだ。

無論反論した。ユーキもわきまえたのか反論してくれたが覆らず、会食参加が決定してしまった。


「おのれ……」


数週間忘れていた嫉妬の炎が燃え上がるのを感じる。

黒い感情が心そめるのに時間はかからなかった。


会食当日。

私は王城に忍び込んだ。

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