第一話 豪華な部屋

僕の名前は桐原ゆうき。つい先程まで、学校の図書室で絵本を開いていたら、睡魔に負けて意識を失って、気が付くと見知らぬ場所で目を覚ました。

つい先程までと、思ったけど、もしかしたら、かなり寝ていたのかもしれない。

そのくらいの心地よさがあったし、なにより、ふかふかの天蓋付ベッドに寝かされている状態だったのだ。

ふと、横を見ると、きれいな女の子が不思議そうな顔で僕を見ていた。

僕は慌てて、上半身だけ起こす。

女の子がドレスを着た金髪の美少女でなければ、ここまで慌てなかったかもしれない。

女の子は見つめたまま、向こうからは話しかけてこないので、耐え切れずにこちらから口火を切る。


「お、おはよう?」


語尾が疑問形なのは、時間がわからなかったのと、そもそも日本語が通じるか、わからなかったからだ。


「おはよう」


女の子はすぐに流暢な日本語と、笑顔で返してくれた。


「ここは、どこ?」


 僕は思うままの質問をした。天蓋付のベッドにも驚いたけど、部屋も合わせて豪華だった。


「ここは、私の部屋じゃ」


笑顔のまま女の子は答えてくれた。すこし気になる語尾をつける女の子だな。そう思っていると、今度は女の子のほうから話しかけてきた。


「そろそろ、落ち着いたか? では、聞いてもいいかの」 

「は、はい」


 女の子から笑顔が消え、少し緊張した僕は、姿勢を正して質問を待った。それくらい表情が真剣だったからだ。


「お主は何故、ここにやって来た? 何の目的がある?」

「……?」


 どうしよう。いきなり難問だ。

どこだかわからない場所に、どうして来たか、なんて答えられない。

僕は正直に答えることにした。

近所の図書室で本を読んでいたら、気を失って、気が付いたらここにいて、ここがどこだかもわからない、と。

 簡単に眠る前までの説明をすると、彼女は黙ってしまった。

 僕も聞き返す。


「どうして僕がここで寝ていたか、しっているかい?」

「それは私が運んだからじゃ」


 もし知っていたら、と淡い期待しか持たない質問だったけれど、予想外の答えが返ってきた。

確かに僕は、男子の中でも小柄だけど、まさか、女の子に運ばれたなんて、ちょっとショックだ。

僕が打ちひしがれていると、女の子が話を続ける。


「庭で倒れていたのじゃよ。間諜かとおもったが、敵地で倒れるスパイなど、聞いたことが無いからな。まあ、放置してはおけぬと思って、ここまで運んだんじゃ」


 爺や、が聞いたら驚くじゃろうなぁ。なんて笑っているけど、なんだが聞き逃せない単語がたくさん出た気がする。

敵地? スパイ? そもそもここは日本なのだろうか。一応、話は通じるみたいだけど。 僕は、だんだん今の状況に不安を感じてきた。


「こちらからもよいか? その、図書室とは、どういうところなんじゃ」

「どういうところ? そりゃあ、本を借りたり、読んだりするところ……だよ」


 僕は質問の意味が分からなかったので、中途半端な説明になってしまう。


「読む? その本には文字が書かれているのか?」


 いきなり女の子の顔が険しくなった。僕は慎重に言葉を選んだ。なにか、怒られるような気がしたからだ。


「そ、そうだよ。中には挿絵がいっぱいあって、読みやすいものもあるけど……」

「馬鹿な! いまさらどこにそんな施設が――」

「ひっ……」


 大きな声に驚いた僕は、身を守るように布団をかぶった。

気が弱いにも、程がある。だけど許してほしい。ぼっちな上に、体格も小さいのだ。気が小さいのは当たり前である。

背を向けて布団をかぶった僕に、しばらくしてやさしい声がかかる。


「すまんな、驚かせてしまったようじゃ。しかし、おぬしも悪い。そんなもの、実際にあったとしたら、国が傾いてしまう」


 事情はまだ分からないけど、女の子にも悪気はなかったらしく、僕は布団の防具を脱いだ。でも、国が傾いてしまうなんて、どういう事だろう。


「いくら日本が小さくても、近所の図書館一つで、傾国はしないと思うけど」


 僕が反論すると、女の子は目を丸くした。


「幼いくせに、ずいぶんと難しい言葉を知っておるな。それと、ニホン? とはどこの国じゃ?」

「え? 日本は日本だよ。……ここも日本でしょ? それに幼いって言いすぎじゃないかな。これでも一五歳だよ」


 心外だなあ。なんて柄にもなく態度を悪くしてみたけど、女の子は訝しげに顔をしかめただけだった。あれ、信じてない?


「えーと、ほら。学生証。中学のだけど」


 図書館で本を借りるために、ポケットに入れていた学生証を取り出すと、女の子に見せる。それでも女の子の表情は変わらない。むしろ疑念が確信に変わったようだ。


「おぬし……。異世界の者か」


 僕から学生証を恐る恐る受け取ると、爆発物でも扱うかのような慎重な手振りで丹念に調べたあとで、そっと返してくれた。

 女の子は難しい顔で、教えてくれた。


「うーむ。第一に、おぬしが主張している年齢が本当だったとして、その身長は低すぎる。」


 僕は反論しようとしたが、手で制された。


「まあ、最後まで聞け。男子で一五歳であれば、平均でもお主の二回りはある。そうだな、そのクローゼットくらいはあるじゃろう」


 と、言って指差した家具の高さは、少なくとも二メートルはある。


「それに、そのガクセイショウとやらだが、『言霊』がそれほど多く記された『媒体』は、見たことが無い」

「媒体?」


 家具から視線をもどして今度は、学生証を見る。女の子の言っている媒体とはいったい何だろう。僕には見当もつかない。






 すこし前までは高校デビューを夢見る普通の中学生だったが、とある本に出会ってから、異世界に飛ばされてしまい、気絶していたところを、少女に部屋まで運ばれた。

気が付いた時には天蓋つきの立派なベッドで目を覚まし、少女から話を聞いてまた気絶しそうになった。

話を聞くと、ここは魔法なんかが常識であるところの本で読んだ空想のような世界で、僕は倒れていたところを助けられ、ここまで運ばれたらしい。しかも少女一人に。

僕は小柄なほうだけど、女の子一人に担がれるなんてかっこ悪すぎる。

それにこの世界の特殊性にも驚かされた。

この世界の魔法は、言霊を使うのだという。精霊とか大気の不思議な力とかではなくて、言葉に力を込めて魔法のような効果を得るのだそうだ。その方法が、意味のある文字に、効果を示す絵を足すというもの。


その昔、まだこの世界に言葉があふれていた頃、その言霊の力のせいで、世界が滅びかけたことがあったらしい。かろうじて世界を治めた当時の王は、世界から文字を無くし、力の抑制を図ったとかなんとか。


正直僕には理解できないけど、とりあえずわかったのは、この世界に文字はほとんど文明として残ってないことだけ。そこまで聞いて、落ち着いてきた僕は、壁にかかっていたタペストリーに書かれた文字を指差して言った。


「でもそこにも一文字あるじゃないか。」


そういうと少女はものすごく驚いた顔で


「お主!この文字が読めるのか!」


なんだかすごく馬鹿にされた気分になったけれど、この世界では文字が読めるのが異常だったことを思い出す。


「うん。あれ、”ひ”って読むんでしょ。」


少女は疑うような目で僕を見据えたまましばらく黙った。しかし納得してまた話し始めた。


「うむ……お主、怪しいが、もしスパイならあんなところで寝てはおらぬだろうしのう。しかも話を聞く限り、異世界とやらから来たようだし、その話を信じるならば、つじつまもあう。」

「ああまだ疑ってたのね。」


僕は若干あきれ顔でうなずいた。


「それと、そろそろ……。」


僕はこういうのは慣れていなくて、なかなか言い出しづらかったが、いい加減我慢できなくて意を決した。

少女はそれを察したのか、あごにやっていた手を戻し正面から僕を見据える。


「なんだ? 言ってみよ。」

「そ、その……お名前聞いてもいいですか?」


あまりにも僕が真剣過ぎたせいで、そのあと数分少女が笑い続けたあとにやっとお互いに自己紹介ができた。


 少女の名前はフィリア。金髪の可愛らしい少女。年も同じで、口調は独特だけど、親しみやすくて、でも身長は僕より高い。

むしろ一般平均男子より大きい。

それを気にしているみたいだけど、この世界の平均身長は僕がいた世界より三十センチは高いので、フィリアはこの世界の女子平均ぐらいらしい。

さらに驚くことに、今いる世界の国の王女さまという説明を聞いたときはベッドから落ちそうになった。


そこでずっとベッドで話を聞いていたことに気づいて場所を移したけど、寝室をでて部屋を変えたら部屋の数と大きさにまた驚いた。僕がいた寝室は、フィリアの好みで小さく作ったらしく(それでも僕の部屋より大きい)寝室を出ると高い天井に広い部屋、大きな窓。

豪華な調度品に照明はシャンデリア。

土足がためらうような白くて毛の長いふわふわの絨毯。

疑っていたわけじゃないけど、これで王女の話にも納得ができたというか、現実味が増した。

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