彼氏の殺人

AceMasax

彼氏の殺人

 昨日は楽しかったな。などとふんわりとした充足感を感じつつ私が眠りから目覚めると、そこには最近付き合いだした彼氏が立っていた。窓の日差しを見れば、今は昼頃だと判断できた。

 だがうららかな日差しとは一転して彼氏はなにやら焦っている様子に見えた。私は起き上がって話しかける。

「どうしたの?」

 声に気付いたのか、彼はこちらを向いて返事をしてくれた。

「やっちまった……」

 その額には大量の汗が流れていた。尋常じゃない量だった。その様子から見て、相当追い込まれている事が察しの悪い私でも見て取れた。

「大丈夫? なんか変だよ。何があったのか話して?」

 汗を拭おうと手を伸ばしたが、それが届く前に彼は自分自身で汗を拭った。

 手の引っ込め場所をなくしてしまった私はとりあえず自分にその手を戻した。

「殺しちまった……チクショウ。殺すつもりなんてなかったのに」

「えっ!」

 びっくりした。どきっとした。コロシチマッタ、というのは要するに殺人をしてしまった、ということなのだろうか。

 とりあえず思いがけない一言に対して一息つく。気持ちを落ち着かせて、もう一度、彼を見つめ直す。

 拭った汗がまた吹き出している。ここは私が落ち着かせてやらねばならない。

「落ち着いて。とにかく何が起こったのか説明して」

「くそッ! あいつが悪いんだ! あいつがあんなこと言わなきゃ……」

 言いながらその場で回転している。思考をまとめているのかもしれない。

「どうしよう……」

 私はしばらく考えた。何があったかよくはわからないが、彼は誰かを殺してしまったらしく、錯乱気味だ。

 人を殺した後の行動は推理小説とかよくあるサスペンスでしか見たことないが、ここは常識に照らし合わせてみようと思った。

 彼はまだここにいる。そしてこの錯乱状態からして彼が殺人を犯したのは多分、私が起きる少し前の時間帯だろう。

「じ……」

 思いっきり自首を勧めようと口を開きかけたが、ちょっと待てと私の心の声がささやく。

 好きな人に対してそりゃないんじゃないの? 付き合ってすぐ彼氏が刑務所に行くのは彼女的にどうなの、と。ドライすぎるんじゃないの? と。

 ここは大和撫子的には未来の旦那様(予定)の意向に従った方がいいのでは……

「ああ、くそったれ! こうなったらもうヤケだ!」

 彼は首を大きく振り、玄関に向かって歩いていった。そしてお気に入りのコンバースを履いて外に出て行こうとする。

「あ、ちょっと、待ってよ!」

 とりあえず着の身着のままだったがパジャマとかではなかったので、私は彼の後を追った。鍵はしなくていいのかとも思ったが、私は鍵を持っていない。


 彼は早足だった。周りを異常にキョロキョロしている。それもそうだ。どこで人を殺したかは話してくれなかったが、確かに彼は「コロシチマッタ」と言っていたのだ。

 どこに逃げるのだろう。逃げるといえば北が定番だが。

「ねえ、どこ行くの?」

 背中越しに尋ねてみても彼は答えてくれない。


 しばらく歩いて辿り着いたのは大きな公園だった。昨日は確か日曜日だったから今日は月曜日。平日の昼間すぎ。人なんてほとんどいなかった。

「はあ……」

 彼氏が近くのベンチに座る。私もひょこっとその隣に座った。

 頭を抱えている。そして鼻をすする音。これはどうやら泣いているのかもしれない。

「どうして俺はあんなことを……」

 彼が顔を上げると涙が溢れ出ていた。もうすっかりくしゃくしゃの顔になっていて、可哀想にも思えてきた。

 抱きしめてあげたい。そう思って私は彼の首に手を回そうとした時だった。

「うわ!」

 突然立ち上がった。私ではなく彼が。くしゃくしゃの顔のまま、立って真正面を見ている。

 しばらくそのままの格好で前を見据え、そして、

「決心した。自首しよう。もう俺が犯人にされてたら出頭になっちゃうけど、仕方ないよな。逃げちゃったもんな」

 首を振り、手をぎゅっと握りしめていた。やっぱり震えている。私が目覚めてからずっと震えていたのだ。

「私が一緒だから大丈夫だよ」

 そう言うと、彼は頷いた。さっきから私と目を合わせてくれないのが気になっているが、私は彼と一緒にいられる時間を一緒にいられれば満足だ。

 でもそっか。彼は捕まっちゃうんだ。懲役は何年くらいなのかな。私待っていられるかな。お父さんやお母さんは怒るだろうな。

「私待ってるからね!」

 公園からほど近い警察署に彼は自首した。私は警察署の玄関で彼を見送った。

 彼が誰をどこで殺したのかは気になったが、そんなことを気にする私じゃない。信じて私は待つと決めたのだから。





「俺、----さんを首を絞めて殺しました。自宅で。

 ええ、そうなんです。ちょっと言いづらいんですけど、彼女との行為の最中で……なんですかあのその、首を絞めながらすると締まるから気持ちいいよって言われて、調子に乗って加減を誤ってそのまま……」

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彼氏の殺人 AceMasax @masayuki_asahara

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