魂のありかた
Zumi
1 プロローグ
燃えている。
目に写る光景はそんな事実だけを伝えていた。
頭の中では逃げなければと思っているのに、体が全く動かない。
熱さや痛みはまったく感じないが、意識だけがぼんやりとしている。
どうにか立ち上がろうとするが、金縛りにあったかのように体がピクリともしない。
「そうか、これは夢だ」
そう思った瞬間に意識が無くなった。
目を覚ましたら、そこには大勢の人と、それに囲われるように救急車やら消防車だかが数台止まっていた。
俺はどうやら野次馬達の一番前にいるようだが、何故そんな所にいるのか、まったく思い出せない。火事の夢を見ていた気はしていたから、これは夢の続きだろうか。
そんな事を考えていると、目の前に事故に巻き込まれたのであろう血だらけの人が担架で運ばれて行くのが見えた。
見覚えのあるその姿を見て、頭が真っ白になった。
「俺なのか?」
誰かに聞いた訳では無い。自然と口に出てしまった。俺を運んでいる奴らを早く止めないと。
「待ってくれ、俺は大丈夫だ。下ろしてくれ、ここにいるんだ。それは何かの間違いだ」
夢の続きだったとしても関係無い。呼び止めなければ、何かが終わってしまいそうだ。
しかし、俺の叫びが聞こえていないのか俺を載せた担架は、そのまま白い車へと吸い込まれていく。
呆然と眺めていたが、何かに背を押されるように駆け出した。扉が閉まるのとほぼ 同時に、俺も救急車に乗り込んだ。
けたたましい音を撒き散らしながら走り出した途端、ぐったりとしている俺の体に色々な器具が次々と取り付けらていく。
その様子を見る限り、虫の息ではあるが命はこの世と繋がっている様だと分かった。
白衣を纏った男が俺の体を慎重に調べている間に救急車が停車する。
隊員達が一斉に動いたと思ったら、俺を乗せた担架があっと言う間にカートへ乗せ変えられ、病院内へと走っていった。
反射的に後を追うと、向かった先は集中治療室とかかれた部屋だ。
「そこまで悪いのか」
その事実に愕然した俺は、閉ざされた扉の前で立ち尽くす事しか出来なかった。
夢のはずなのに妙に疲れている。
身体的に疲労した感じは無いが、精神的に何かが重くのし掛かった疲れだ。
一旦落ち着こうと思い、部屋の隣に置かれている長椅子に腰をおろした。
「これは本当に夢なのか」
誰に問いかける訳でもなく――いや自分に問いかけるように声に出した。
さすがに夢だろうと思った矢先、奇妙な映像が脳内を走り始めた。
燃え盛る炎の中で、俺は走っている。
誰かの手を引いてる様に思うが、思い出せない。
モヤモヤした何かが晴れるかと思ったと同時に名前を呼ばれた。
「勝木慎太郎さんですね」
顔を向けた先には、1人の男が立っていた。
男は度のキツそうな分厚いメガネをかけているが、眼光するどく目力は強い。少しよれたグレーのスーツは、きっちりとセットされた七三分けとアンバランスの様に思える。さらに足元は白いスニーカー。
それは奇妙な印象しか与えてくれなかった。
無言で眺めていたせいか、男は少し困った表情になる。
「あれ?もしかして間違ってましたかね」
奇妙な見た目からは想像出来ない程、柔らかい喋り方だった。
「いや、確かに勝木慎太郎っていうのは俺の名前だけど、あんたは誰なんだい」
男は俺の答えに安堵した様子で息を吸い込む。
「これは失礼しました。私は使いのモノと名乗らさせて頂いております」
「使いのモノ?」
「はい。固有名称みたいなモノは私にはございませんゆえに」
意味がわからない。こんなふざけた奴が、俺になんの用なんだ。
「一体何者なんだよ」
その質問を待っていましたと言わんばかりに、メガネをクイっと持ち上げる。
「この度は残念な事になってしまいましたが、気を落とさずに」
「は? 急に何だ」
男は俺を無視して、セリフがあらかじめ用意されていたかの様に喋り続けてくる。
「つい今しがた亡くなりました貴方には、ちょっとした特典がついておられます」
「おい、勝手に人を殺すな。俺はこうして生きてるだろ」
「その特典は、現在貴方が置かれている状況を把握する事に繋がると思いますので、ご説明させていただきます」
どうやら、こちらの話を聞くつもりは無いみたいだ。
「貴方は現在、この世留まる事を許可されています。但し、条件がございます」
許可? 条件? 一体何を言っているんだ。
「条件と言いましても、簡単なモノではございます。それを説明するにあたりまして、まずこれをお渡ししておきます」
そういって胸ポケットから取り出したのは、腕時計のように見えた。
「そちらをはめていただければ、貴方は正式に特典を受ける事が出来ます」
たかが腕時計に何か仕掛けがあるとは思え無いが、胡散臭い事にはかわりない。
「断るとどうなるんだ」
「直ちに貴方を抹消させていただく事になるかと」
「それ選択肢ねぇーだろ」
とりあえず、特典とやらを受ける為に腕時計を嵌めて見る事にした。
腕時計をはめた俺を見て、使いのモノは満足そうにうなずいている。
「それでは、ご説明させていただきます」
わざとらしく咳払いをしてから口を開いた。
「まず、その時計には貴方の残りメモリーが表示されています」
「メモリー?」
腕時計に目を落とすと、確かに時刻を表しているとは思えない数字が並んでいる。
「そうです。それは今の貴方の状況とシンクロしています。その数字は減る事があっても、増える事はありません」
HDみたいな記憶装置ってことか?
「減るって何をしたらこの数字は減るんだ?」
「記憶の譲渡です」
「はぁ?」
記憶するメモリーじゃないのか?
「今貴方は、とある意思によって電気の集合体となり、意識をこの世に止めているの状態なのです」
「ちょっと待ってくれ、一体何を言ってるんだ」
「貴方は、その電力を使って誰かの脳に直接語りかける事が出来る仕組みです」
「だから、どういう事だよ」
「つまり、メモリーが0になるまで誰かに貴方の記憶を移せるのです」
使いのモノは、説明し尽くした様な満足そうな顔をしているが、俺には何の事だかさっぱりわからない。そもそも説明になっているのかすら怪しい。
「具体的な質問がありましたら、時計横のボタンを押して下さい。問い合わせ担当が出ますので、そこで詳しい話を聞いて下さい。それでは、良い終末を」
「おい、待っ-」
俺が言い終わるより先に、使いのモノは姿を消した。
「まったく説明になってないじゃねぇか」
夢だとしたら妙にしっかりとした夢だが、現実だとしても受け入れ難い。やはり夢か。
しかし、俺の深層心理がこんなでたらめな事を考えているかと思うと、それも可能性低い。
それに、今まで生きてきた中で、夢を見ている時に「これは夢かも知れない」なんて思った事すら無い。
そうこう考えている間に、一つの影が俺の目の前で立ち止まった。
「サチ」
不安気な表情で赤く光るランプを見上げたのは、俺が良く知る女性だった。
「中嶋様!」
一人の看護師が慌てた様子でサチを追って来た。
サチはその姿を見るなり、息を切らせながら詰め寄る。
「慎は…勝木は今…ここで」
落ち着かないサチとは反対に、看護師は冷静な口調で対応している。
「はい。ですが、今は手術の最中ですので」
それだけを言ってから、サチを椅子へ座らした。
うなだれる様に腰を降ろしたが、じっとしていられなかったのか、すぐ立ち上がり看護師に向き直る。
「助かるんですよね」
看護師は若干険しい表情になったが、すぐに無表情に戻る。
「医師も全力を尽くしていますので」
曖昧な答えは、状態の悪さを表すだけだった。
サチもそれがわからない程鈍くは無い。
「わかりました。終わるまで待っています」
看護師に深々と頭を下げてから、ゆっくりと椅子に体を預けた。祈るように俯いている姿をそっと抱き締めたくなったが、今の俺には何も出来ない。
「ここにいるんだ!」
そう叫んだ所で誰にも届かない。
夢なら早く覚めてくれ、そう思えば思うほど、これは現実なのかも知れないと疑念が襲ってくる。
何か諦めに似た切ないような、悲しいような感情が押し寄せて来たと直後に治療室のランプが音をたてて消えた。
手術中のランプが消えてからしばらくして、医師と思われる男性が出てきた。
椅子に座るサチを見て、深々と頭を下げた。
それを見ながらサチは詰め寄る様に立ち上がる。
「ご親族の方ですか」
サチは少し困ったような表情を見せたが、何か割り切ったように頷いた。
「正確には違います、でもそんな感じです…それで、慎は…」
「その話は別の部屋で、こんな所でする話でも無いでしょう」
その言葉で、どうなったかは把握出来た。サチも、その意味をしたようにその場に崩れ落ちた。
涙を見せないまま、サチは霊安室の前で座っていた。
俺の亡骸を前にしても泣く様子はなかった。
サチにとっては俺ごとき、その程度の存在でしかなかったのかも知れない。
しかし、魂を抜かれたかのように微動だにしない様子を見ると、落ち込んでくれているのはわかった。
つい数時間前までそこにあったはずの俺を眺めながら考える。
ここまで来たらに夢で無い事くらいはわかる。さすがに色々と鮮明過ぎる。
むしろ受け入れ難いのは、今の俺自身という存在だ。
幽霊なんてモノを信じてなかった自身がそれになってしまうなんて、滑稽にも程があるだろ。
それにしても、記憶の譲渡とは一体どういう事だろう。
「そういや、ボタン押せば問い合わせだかに繋がるとか言ってたか」
まずは現状を把握したい。とりあえず、横についているボタンを押して見た。
『はい、こちら問い合わせサービス』
コール音もなくすぐに繋がったので焦る。それ以上に聞こえてきた声が、どこか関西訛りの男だった事でさらに焦った。
「えーと、私勝木と申し―」
自分でもわかるくらい、たどたどしい挨拶をしようしていると、途中で遮られた。
『慎太郎さんやろ。そんなんどうでもええの。ほんで何が聞きたいん』
別に急いでいる訳でも無いが、話が早くて助かる。
「全てにおいてわからないんですけど、とりあえずは記憶を譲渡する方法を教えて欲しいです」
『はあ? それ時計もらった時に説明なかったか? 説明行ったん誰やねん』
なんだか咎められているが、聞いて無いんだから仕方ないだろ。
「使いのモノって名乗る、七三のメガネでしたけど…」
七三のと言った辺りで舌打ちが聞こえたのは気のせいでは無いはずだ。
『またあいつか―まあええは、ならしゃーないわ。記憶の譲渡が出来るのには限りがある。それは聞いたか』
「はい、時計の数字が0になるまで的な話はしてたと思います」
『せや。そんでな、記憶を渡せるのには、いくつかの条件がある』
「条件…ですか」
『せや。一度譲渡した記憶は兄さんからの記憶からなくなってまう。まあ、譲渡っていうぐらいやから、当たり前やねんけどな』
言われて見れば確かにそうだ、譲渡するのだから自分の所に残るはずが無い。
『ただし、思考能力が薄れたり、感情がなくなったり、電子体になってからの記憶がなくなる訳やないから大丈夫や。無くなるのはその記憶だけ』
「それはつまり、どういうことですか?」
『例えばやな、その人とどんな関係やったかとか、どういう感情やったとかは生きたままって事や』
「なんか、それは不思議ですね」
『ちなみに、出来るのは記憶の譲渡だけやなく、メッセージを送る事も可能や』
「そんな事も出来るですか!」
『まあな。ただ、それをやるとメモリーの消耗もデカくなるし、条件も悪い』
「この数字ですか」
時計のまかれた腕に目線を落とす。
『ああ、その時計に表情されとる数字の事や。今まで生きてきた中で記憶してきた量みたいなもんやな』
なるほど、その意味のメモリー。残っている方ではなく、覚えた方。
メッセージを送る条件が気になるが、リスクが大きいのなら考えモノだ。今は聞かない方がよさそうだ。
「そこまではわかりました。それで、どうすれば譲渡が出来るんですか?」
『ああ、それは簡単や。渡したい記憶を思いながら、相手の脳に直接送り込んだらええんや』
「………いえ、いまいち意味がわからないんですけど」
『とりあえず、思い出を振り返りながら相手の頭を触ればええだけや』
「それだけで、いいんですか?」
『おう。それで万事オーケーや、聞きたい事は他にないんか』
「はい。とりあえずは大丈夫です、また不明な事があれば繋ぎます」
『おう。ほな、ええ終末を……やな』
会話を終えると、何故かこれは現実なんだと受け入れられる気分になっていた。
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