第268話
「あべっ!あだっ!いててて……」
「んぎゃう!!」
「ぎゃああああああっ!!」
まずパラシュートがマストに引っかかり、コードを斬った途端に甲板へ激突、転がって海に落ちて、どうにか着水成功したらカノンがフライングボディプレスしてきた。大きく飛沫を上げ海中in、見事ずぶ濡れとなった後カノンを右腕に巻きつけスズは再度海面に立ち上がる。
「重い!離れなさいって!」
「さっきまで泣き叫びながらずっとひっついてやがったのにこの野郎!!」
比叡乗組員が素早く、といってもマストに引っかかってた時から騒いでいたが、カッターボートを投下してくれたのでそこまで半身沈んだままのカノンを引きずっていく。乗っていた航空機が遠くでぼっちゃんするのを見届けつつ、この程度の事ができない訳がないのにどうしても自分で立とうとしない彼女に舟の端を掴ませひとまず視線を比叡艦首へ。
「どしたの!?足くじいた!?」
「無理無理無理無理無理!水だよ!?それより遥かに重くて浮力も揚力もない人体の足裏が上に乗る訳ないでしょ!アホなん!?」
「いやアホ言われても……」
比叡の煙突からは未だに大量の黒煙、タービンが唸りを上げ、スクリューの掻き出した海水は波を形成する。それでもなおこの巨体が静止状態にあるのはヨルムンガンドの推力がそれほどのものなのか、過負荷運転のし過ぎでボイラーの3つか4つ破裂しているのか。
「出力制限かかってるからだと思う!?いいや違う!たとえ全力だったとして!海を割る事はできても海に立つ事はできん!いいかねベルっち!私は!壊す事しか!!能が無い!!!!」
びしょ濡れカノンが叫んだ瞬間、比叡の主砲発射に起因する衝撃波でスズはよろめく。この海上相撲が始まってから何度目かの砲撃で、既にヨルムンガンドの前半分はボロボロの血まみれとなっているが、それでもなお13万6000馬力の蒸気タービン機関を押し返し、艦橋根元に牙を突き立てている。
「まぁそんな事はどうでもいい!今はコイツをぶちころがさにゃ!」
「どうやって!?お腹に大穴開けて艦砲射撃に耐えるような奴を!?」
「このままじゃ良くて相打ちさな!でもキミはここまで来る前に手に入れたものがあるはずだ!それを出しなさい!」
血飛沫が飛び散り、爆煙が収まった後、一度顎を引いたヨルムンガンドは加速をつけて再び艦橋を攻撃する。いかに戦艦といえど上部構造物にまでくまなく重装甲を敷いてはおらず、ほとんどの場合艦橋は無装甲、比叡の塔型艦橋は鐘楼型や籠型より比較的耐久性が高いものだが、大蛇の顎に抗し切る事は叶わず、とうとう根元前半分を食い千切られてしまった。扶桑も真っ青のアンバランス艦橋となった後も直立を維持していたが、頭突きを2、3度受ければ残りの部分もひしゃげ、煙突に寄りかかる形で倒壊を起こす。
「えっと…これのこと?」
「そう!それを私に向けて!」
あれは長くはもたないな、と考えながら視線をボートへ戻す。その後空中から無造作に現れたレインボーガーネットの塊をキャッチ、ボートの端にしがみつく彼女へ鏡面を向けた。ぐいと覗き込むカノン、「うっはひでえ顔だ」とか苦笑いした直後、唐突に八咫の鏡は形状を変えた。
「わっ……」
槌、ハンマーである。本体は細かい玉模様の彫られた鋼鉄っぽい素材、角を面取りされた直方体で、長さ40cm、幅は縦横とも20cmある。それに銀色の柄が挿し込まれ、こちらは1.5m程度、ツタのような模様が端から端まで描かれている。外観からして相当な重量を持っていそうなそれは意外にも鏡だった時と同じ重さしかなく、試しに振ってみるとかなりの高速で振り抜けた。
「ミョルニル!オリジナルより柄を長くしてある!ベルっちに使わせるなら表面に天誅とか掘りたかったが私じゃそれが限界だ!」
いや余計な事はしなくていいよ、ちゃんとした柄があるのは嬉しいが。
「どうすればいいかはわかるね!?かの神話においてヨルムンガンドを殺した槌だ!目標3回!頭を殴ってくるといい!」
「まぁそれなら確実に死ぬか……そんで、結局アンタは北欧出身なの?」
「今考えることじゃあないよ!…んーただそうさね!確かに私はかの神話に"出演"したこともある!」
さあ行くべ!とボートにしがみついたまま上を指差して言うのでスズはキンと鳴らして姿を切り替えた。ボートを落としてくれた乗組員へ手を振って、たなびく振袖を見た彼らが今度はロープを垂らしてくれる。
左手でミョルニルを保持し、右手でそれを掴んで艦上へ。
「大丈夫?」
「大丈夫立てはしないけど泳げはするから……あ、黄色だ」
「どこ見てんだ!!!!」
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