第261話

金剛型巡洋戦艦2番艦、比叡(ひえい)。完成状態でイギリスから輸入された姉とは異なりイギリス製のパーツを日本で組み立てている。なお妹の榛名と霧島は完全な国産だ、どちらが早く完成するか競い合った造船所がすったもんだの末に死者を出した為、発注元の海軍が両艦揃って同日に進水させるよう指示を出したりしている。

巡洋戦艦とは戦艦並みの攻撃力と巡洋艦並みの速力を併せ持つ代わりに防御力がおざなりな艦種であるが、他の日本戦艦と同じく金剛型も当時最強の名を冠した事がある。これは伝統を重んじ過ぎる英軍の束縛に囚われず造船所が新技術をてんこ盛りにして設計したからで、それが「同盟国の為に強い艦を作ってやろう!」だったのか「どうせ使うのはジャップだし失敗していいから好き放題やろうぜ!」だったのかはもはやわからないが、このイギリス製日本戦艦は完成した瞬間に当時イギリス軍の保有していたすべての戦艦を時代遅れにするというオチを伴っている。

全長214m、64000馬力の蒸気機関で最大速度27.5kt。これは完成時の性能で、艦尾を切断→旧機関摘出→新機関設置→接合という下手な高層ビルより巨大な代物を扱ってるとは思えないやり方で改造した後は全長222m、136000馬力で29.7ktまで加速できる。

この艦はその最終状態の装備を有しているらしい、最大射程35kmの35.6cm連装砲4基8門、15.2cm単装砲14門、12.7cm連装高角砲4基8門。25mm機銃連装10基に13mm機銃4連装2基を積み込み、あらゆる部位の防御力が引き上げられ全うな戦艦に艦種変更されている。特にこの比叡は大和型戦艦のテストベッドとなるべくスマートな塔型艦橋に換装され、とある提督が溺愛するほど外観が美しい。


「私はあの侍ほど純真ではありません。参加した以上職務は全うしますが、生前の件で謝罪はしません、不満ならご自分で指揮されるよう」


「あ、はい……」


高水 純一(たかみず じゅんいち)中将、ひねくれた感じの老人であった。黒い制服に身を包み、戦闘艦橋中央で立ち、海の先の陸地をじっと見つめている。前層と違うのは"既に始まっている"点だ、曇天のエーゲ海に突き出たガリポリ半島では既に敵前上陸作戦がおっ始められており、それを比叡、数隻のイギリス戦艦、及び多数の航空機が支援していた。これは第一次世界大戦での出来事だが布陣の仕方は第二次世界大戦のそれで、史上最大の作戦と名高いノルマンディー上陸作戦を彷彿とさせる。浜に乗り上げるタイプの上陸艇はギリギリ開発が間に合ったものの、自航上陸できる水陸両用戦車は無し、空を飛んでいるのは布張り複葉機という色々足りない状態ではあるが。なお一応言っておくと戦艦比叡は本来存在してはいけないものだ。長射程の主砲と高性能な照準器でもって地上施設を一方的に叩きのめし、何度か敵航空機が嫌がらせしてきたものの一次大戦時としては破格な(二次大戦の事は聞くな)射撃指揮装置付き対空兵装が追い払ってしまって、結果、艦隊の行動を邪魔する者はもういない。


「それでこれは」


「ガリポリの戦い。オスマン帝国領ガリポリ半島をイギリス軍が占領しようとした戦いで、見ての通り我々はイギリス軍に所属しています」


「うん」


「…………」


「うん…?」


あ、説明終わりですか。


「おけ、現地行こう、詳しい話はそれからだ。提督、上陸の手筈は?」


「上陸艇を用意してあります、それであそこまで行き、後は陸軍と話をして下さい」


スズの肩を叩きつつ割り込んだカノンが聞くと、彼は比叡の前部甲板を指差した。確かに1隻のエンジンボートが用意されていて、すぐにでも発進可能な状態にある。


「ああ、行くの私らだけなんだ?」


「海戦しかできない老人を陸に上げても仕方ないでしょう、私はあの侍ほど優秀ではないのでね」


会ったばかりだがここでお別れらしい、2人は艦橋から降りようとする。ただ、と、その背中に高水は話しかけ。


「限界まで陸に寄せればこの比叡は30キロメートル内陸まで攻撃可能です、必要ならば連絡と目標指示を、必ず仕留めて見せましょう」

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