第262話
ではガリポリの戦いについてもう少し詳しく述べよう。
時は1915年、第一次世界大戦の最中である。「こんな戦争クリスマスまでには終わんだろHAHAHAHA」とか言ってた貴族達が血みどろの塹壕戦という現実にアゴを外していた頃、少なくともアゴを外してる暇なんぞ無い軍指揮官達は一刻も早くこの戦争を(勝利で)終わらせる計画を練っていた。その中の1人がウィンストン・チャーチル、後の第二次世界大戦においてイギリス救国の英雄となる葉巻大好き小太り男だ、もっともこの頃はまだすっきりしていたが。彼は敵同盟国軍のうち国家として破滅しかけていたオスマン帝国(現トルコ)領ガリポリ半島に目をつけた。マトモに機能しているとは言い難い政治の為に何もしなくとも軍は弱体化していたし、エーゲ海と黒海を繋ぐダーダネルス海峡を制圧できれば味方であるロシア軍勢力圏と接続できる、そうして戦況を有利にして、曖昧な態度を取っていた周辺諸国を味方に引き入れようとしたのだ。
「ああ…ここに居て欲しくはなかった……」
「すみません……」
上陸間もない2人を出迎えた武川 忠吉(たけがわ ただきち)大佐はまず申し訳ない顔をした。それを見てスズはもっと申し訳なさそうにし、数秒ほどそのままでいたら、最後に割って入ったカノンの( ´◔ ⌄◔`)で場の空気が総崩れになる。自分が相当な美人であるのを自覚して欲しいと思う中、「こちらへ」と歩き出す武川の後をついていく。
「死者が蘇る事はない、いや許されないと言うべきかな。だからこそ、今さら悲しむなんてまったくもって無意味だ」
「それはわかるけど……」
荒野と、草原と、森林が混ざった地形だ、そこに無数かつ長大な塹壕が稜線の向こうまで掘られ、遠くで砲声が鳴っている。史実において連合軍は内陸部にある高地を超える事は無かった、敵戦力を過小評価し過ぎた事と、弱っちい軍をうまく扱う敵将がいた事、何より一次大戦期は防御側有利な状況であった事からいくつかの浜、岬を占拠するに留まり、最初の上陸から約8ヶ月で連合軍は完全撤退している。死傷者は双方合わせておよそ40万人、その他不衛生な塹壕での生活で病死した兵士は14万人に上る。
「まいいさ、明るく振る舞えというのも確かに無理がある。そんで大佐、この"本来なら負けねばならない戦い"、戦況はいかほど?」
「戦域中央にある高地は占領しています、この先どのように進軍するかを英軍の方々と話し合っている所です。おそらく半島東側の海岸沿いに進み、砲台を無力化する事で海軍のダーダネルス海峡突破を支援する方針となるでしょうが……とにかくこのテントの中へ」
「む……」
オリーブドラブの大型テントだった、そこかしこに同じものが設営されている。別段立ち止まる必要などないものだったが、何故か先行していたカノンは立ち止まり、なんだと思うスズも続いて立ち止まる、テントを見据える。
有る、この中に。
「北部のアンザック入江に打ち上げられていたものです」
鏡が安置されていた。基本的には茶色で、しかし光を当てると虹色に輝く鉱物を土台にし、丹念に磨き上げた金属板をはめ込んだ直径46.5cmの鏡だ。無骨なテーブルの上に木製フレーム(薪か何かを流用した即製品だろう)を用いて置かれ、最初は布を被せられていたが、武川が取り去ると2人の姿を鏡面に映し出した。傷、汚れ等一切無い、何か良くないものが取り憑いている、というのもなさそう。
「ボスに取り込まれてたの次は海ポチャか」
『い…いいじゃないか回収できたんだし。一歩間違えれば海底探索だったのは認めるけど……』
口元は笑顔のまま、家畜の豚を見るような目であらぬ方向を凝視するカノンにニニギは狼狽え、ひとしきり怯えさせた後はテントの中へ入って鏡を持ち上げる。
「八咫鏡(やたのかがみ)、天皇の知を司る。強靭な肉体も爪も牙も無い人類が地球の覇者となれたのは何故だ?そう頭脳が発達したからだ」
上部の縁を片手で掴み、スズへ突き出しつつカノンは言った。両手で受け取って、とりあえず自分を写してみる。正直鏡としては3級品だ、金属を磨いただけなのだからガラス鏡の性能には遠く及ばない。
「考えろ、いかに困難な状況で、打開不可能と断言できようとも思考をやめるな。考える葦というやつだよ、思考停止した人間に価値はない」
これでふたつめ、勾玉と同じく収納し、ひと段落。
さて本来の目的に戻ろう。
「……ん?あれ?」
と、思ったところで気付く。
「これもう回収しちゃったんじゃ、あたしたちはこの後何を目標にすればいいの?」
「……」
「…………」
「…………何を?」
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