第255話
どこまでも続く森があった。
太陽の位置から推測して時刻正午付近、季節は夏らしく蒸し暑いが、現代ほど平均気温は高くなく、木陰と、柔らかな風がそれを相殺している。2人が立つのは小高い丘の上で、見渡す限り森と山、遠くの青空には積乱雲が鎮座しており、成長し過ぎて成層圏に突き当たり横へ広がった見事なかなとこ雲が鑑賞できた。鑑賞と表現できるのはここが雲から遠く離れた場所だからだ、今頃真下は地獄絵図なのだから。
目線を少し下にやってみる、現在地からおよそ2km、森の中に隠れるようにいくつかの建物があった。最も大きなものは曲線を描いて外に跳ねる瓦屋根の本堂と、それを塀や山門が取り囲む伽藍(がらん)構造は仏寺に間違いなく、そしてここからでも判別できるほど人でごった返していた。あれは軍勢だろうか、そこかしこに旗が立ち、ほとんど全員が防具を身に着けているように見える。
「では改めて意思確認しようか、ベルっち」
「………………誰だよ?」
「うん?いいと思うけどな鈴(ベル)って表現……あ、愛称が気に食わないならベルりんとか」
「よくわかんないけどなんか崩壊しそうだからヤメロ」
ミンミンジージーと無数の蝉が鳴き喚く中、風でたなびくオレンジの長髪を押さえつつカノンはスズの前に出る、その際ちらりと視界の左端におかしなものが映ったため首を回し、視界中央へ捉える。
皇天大樹だ、距離50km、横並びに連なった山脈の向こうにある。なんで、とはまず思ったが、ここは現実ではない、そういう事もあろう。
「これが今、コノハナサクヤが取り戻そうとしている世界」
目を戻す、カノンは振り返り、この光景を示すように両手を広げていた。
「人間の生存に必要なすべてが揃っている、キミらの視点から見れば"正しい世界"と言えるでしょう。そしてキミは、それを阻止しようとしている」
「……」
「確かにこれを実現する為に結構な数の人が死ぬ、今朝からの戦闘による死傷者に加え、知らないだろうけどエネルギー源として枯らされた樹は東洋西洋問わず全合計で32、1本に50万人住んでいたとしたら1600万人。目的を達成するとしたら…もう30本は枯らさないといけないかもしれないね。理解し難い、かつ許し難いのは事実だ、でもいいんだね?あのままの世界ではいつか人は絶滅する、1人残らず」
「…………」
「止めてもいい?きっと別の方法があるはずだ、なんて何の根拠も無いそこらのヒーローみたいな理屈を信じて、たった今殺されていく人達を助ける覚悟はある?」
「ない」
「即答ときたか」
さすがにお姉さん予想外だよ、などと言いながら彼女は乾いた笑いを見せる。嘘をついても仕方ないので言うがそんなものは無い、ひっそりと暮らしていた所を引っ張り出され、その先で人の辛そうな姿を見て、なんとかしたいという漠然とした感情のみでここまで来た。
なんとなく、そう、なんとなくだ。
「笑う?」
「笑う、てか笑ってる。……でもまぁいいさ、どっちが正解なんて話でもなし、永遠に答えの出ない疑問で溢れているのが世界というものだ」
ひとしきり苦笑いした後カノンはスズの肩に手を乗せ、顔を寄せる。先程までとは明らかに違う不敵な笑みと、一瞬ながら両眼も発光を見せ。
「悩む、というのも人の特権であろうしな」
言って、離れた頃には屈託の無い笑顔に戻っている。「確認終わり」というのを最後に、彼女は眼下の寺へ向け丘を下りていく。
「では始めましょう、まずは協力者との合流だ。といっても、キミは面識ないだろうけども」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます