第250話

体勢を整え切った直後、まず水雷戦隊同士の大乱戦が始まった。それぞれ10隻以下の単縦陣を組み、その単位で行動し、時には個艦ごとにバラけながら相手に魚雷を食らわせようとする。交戦開始当初は西洋軍優位であったが、遠征の疲れや妨害、嫌がらせにより艦隊全体が既に戦意を削がれつつあるようで、絶対に後に引けない東洋軍が突撃するや一気に天秤は傾いた。双方合わせて20隻の巡洋艦、駆逐艦が沈んだ頃、耐え切れず西洋軍は後退、その隙を縫って東洋軍戦艦隊が前に出る。長門を先頭とし、伊勢型扶桑型の5隻で組んだ第1部隊と、霧島を先頭に中破状態の金剛榛名を引き連れた第2部隊、三笠を先頭に河内(かわち)型、薩摩(さつま)型、香取(かとり)型、敷島(しきしま)型残りを合わせた9隻の第3部隊である。言った通り第2部隊は手負い連れ、第3部隊は全部が全部そうとは言わないがポンコツの集まりな為、実質戦力は5隻、5隻だけだ。

対し、応じて出てきた西洋軍戦艦は16隻、アイアンデュークを先頭にクイーンエリザベス級4隻を引き連れている。数が合わない、と気付いた時点で三笠艦上の雪音は第2部隊と水雷戦隊の半分を右翼展開させ、前衛部隊の影から戦域外へ抜けようとしていた別働隊の先手を打つ。迂回阻止は彼らへ任せよう、今の内だ、更に数の減った敵本隊を撃破する。

双方共に単縦陣、かつ完全に反航している。このままなら10分後には距離7kmですれ違う事になるだろう。無論それではいけない、すれ違う僅かな時間しか攻撃できないし、何より後ろへ通してしまえば負けが確定する。


という訳で、雪音の指揮する第1、第3部隊は旋回を始めた。

先頭の艦から順番に転舵していく、左150度の大回頭である。通常、敵の眼前で行うべきものではない、後ろの艦は前の艦の後をついて行くので未来位置を予測しやすい上、すべての艦が同じ場所で旋回するので、一言で言えば"そこ撃てばどれかに当たる"という状況を敵に与えてしまうのだ。その為、当然の如く旋回点に行われた集中砲火により3番目の日向が1発被弾、それは煙を吹くだけで済んだが、三笠のすぐ後ろ、7番目にいた河内は被弾した後、一拍遅れて自身の主砲弾を誘爆させてしまった。おそらくクイーンエリザベス級の38.1cm砲弾が30.5cm砲弾しか防げない重要防御区画(バイタルパート)に突き刺さったのだろう、一時的に後続艦が見えなくなる程の爆煙を上げる。直ちに離脱を指示、右旋回に切り替えて戦列から離れるも、やがて2度目の大爆発を起こし、煙が晴れた頃には河内の姿は海上には無かった。


「提督……」


「まだよ」


雪音は動じない、動じてはいけないのだから動じない、三笠の露天艦橋で仁王立ちしたまま回頭完了を待ち続ける。大量の水柱が上がる中、続く薩摩型香取型が切り抜け、更に最後尾、最古かつ最弱な三笠の姉妹艦、初瀬(はつせ)と朝日(あさひ)もなんとか、至近弾に揺さぶられつつも本当になんとか旋回を終えた。敷島型にとっては2度目の事である、世界最強を名乗った当時と違い今の彼女らは押しも押されぬポンコツ戦艦だったが。


で、旋回を終えたらどうなるか。

150度の大回頭、東洋軍戦艦隊の進路はほぼ反転している。反航だった位置関係は同航に、右後方に西洋軍戦艦隊を眺め、時間が経てば経つほど敵の進路を圧迫していく。完全なT字とは言えないものの、敵戦艦は前部主砲しか使用出来ず、更に後続艦は視界に味方が入って撃ち辛く、対しこちらは全砲門を自由に発砲できるのだ。これを覚えている人間がどれだけいるかは知らないが、アイアンデューク艦上のアーノルドが苦虫噛み潰しながら呟くのが雪音の眼には視えた。


トーゴーターン、世に伝わる敵前大回頭である。


「第3部隊は先頭の旗艦!第1部隊!後ろの4隻に攻撃を集中!全水雷戦隊再突撃!」


そうして持っていったこの体勢に、現有戦力すべてを押し乗せ。


「喰い尽くせぇ!!」


待ちかねたように1機の爆撃機がふらりと現れた。

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