第246話
VXガスとは1952年にイギリスで発明された、人類の作った化学物質の中で最も強力とも言われる神経毒である。イギリス自身は1956年、情報提供を受けたアメリカも1967年にすべての化学兵器を廃棄し、更に1997年の化学兵器禁止条約発効により数ヶ国を除く全世界で製造、所持が禁止されたものの、1990年代猛威を振るったオウム真理教が多用していたほか、某マサオの暗殺もこれで行われた。症状はサリンと同様で、吐き気や頭痛、腹痛に始まり嘔吐、下痢、瞳孔収縮、痙攣、錯乱、言語障害等々。これを曝露後1分以内に起こし、最終的に呼吸困難によって窒息死する。ただ水と混ざった時点で無毒化されるサリンと違い油に似た性質を持っており、砲弾が落ちた直後、長門周囲の海面はタンカー事故現場のように毒液まみれとなった。たったこれだけで海洋生態系にどれほどの被害が出たか、少なくとも向こう数年、漁業が元に戻る事はないだろう。
「斉発用意!目標!右舷敵駆逐艦!」
旗艦アイアンデュークを含む4隻の戦艦は第6艦隊が引きつけている、いやどちらかと言えば振り切れない為に仕方なく、といった感じだろうが。その間に背後へ回り込んだ長門、くっ付いていた駆逐艦1隻は3水戦指揮下へ入れ、それを引き連れつつ西洋軍本隊を視界に捉えた。彼らは今半数以上が戦闘不能だ、長門接近を受け無事な艦が慌てて前面に出てきたが、亜月の目的は威圧を与える事、これ以上近付く気は無い。
「主砲準備よし!副砲準備よし!」
「撃ち方始めぇ!」
若干予定と異なるがとにかく明菜との約束を済ませてしまおう、最も突出している1隻に対し長門の右舷全砲門が一斉に火を噴く。しばしの時間ののち次々着弾し始めたそれらは1射目にも関わらず主砲弾1発を含む計4発が命中、駆逐艦に耐えられる訳もなく、破裂同然に崩壊して跡形もなくなった。次の標的に砲口を向ける間、明らかに動揺した敵艦隊は隊列を乱し、特に巡洋艦以下は背を向ける。
『亜月、後続についての情報です。まず伊勢(いせ)と日向(ひゅうが)が、やや遅れて扶桑(ふそう)と山城(やましろ)が。いずれも1時間以内に戦列へ加わります』
「三笠への救援は?」
『霧島(きりしま)のみです、他の戦艦は中破判定か旧式なので』
旧式いうても三笠ほどのポンコツではなかろうに。向こうは逃げ回っていればいいのだからそれで十分なのかもしれないが。
と、アリシアと話していたらその三笠が命中弾を獲得した。爆炎を上げたのはアイアンデュークの前に並ぶ戦艦のうち1隻、三笠は全速で後退しつつあるので後部砲塔のみが応戦していて、門数も足りなければ威力も足りていないが、当てれば当てた分だけ敵戦力は削げ落ちていく。怒った戦艦群は猛射を加えるも、三笠に命中弾を与えられる気配は無い。何秒後にどこへ何発落ちてくるかわかっているようだ、明らかに相手が撃つより早く舵を切っている。
『理解していると思いますが、この状況を維持できるのはもって2時間です、敵艦隊の全戦力が復帰すればいかにその艦とて対抗はできません』
「わかってる、何か打開策はある?」
『15分後に海軍航空隊、20分後にゴールデンハインドが戦域へ到着。私も、モノ自体は見つけたのですぐに使えるようにして……あ』
「何?」
『遺物保管庫(ここ)から降ろす手段がありません……』
「……登谷(とや)って陰陽師に連絡を、何かしら見返りを求めてくるだろうけど何とかしてくれる、と思う」
三笠から目を離す、最寄りの敵艦は戦艦となっていた。別に大した違いはない、1発当てれば再起不能だ。
「主砲副砲再照準!」
で、改めて攻撃を続行しようとした矢先。
『あー、あーー。マイクテステス。ん、よーし』
通信機から駄目な方の幼馴染の声が聞こえてきて。
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