第245話

「……あれか」


「あれだな」


南側にある枝のうち最も下にある1本、この枝も他と同じく急激な成長を続けており、乗っていた家屋は漏れなく全壊、上空は既に枝まみれのぐっちゃぐちゃであるため枝先は下へ、地表居住区と砂浜を樹海に変えようとしている。

そのような状況下でも比較的安全な主幹付近で地表を観察していた狐2人と竜2体、炭鉱入口のひとつから猿っぽい人間が出てきたのを見て目的地を決定した。地層に応じた生物を出現させ式神として使用する、あれは嘉明の能力であるが、鏡があった以上コピーされていても何ら不思議でない。


「あの…猿人?が出てきたとこでしょ?」


「猿人じゃないぞ、ホモ・エレクトス・ペキネンシス、いわゆる北京原人だ。アフリカ大陸からアジアまで渡ってきた種ではあるが、現代人直系の先祖ではなく何らかの理由で絶滅したと考えられてる。生きていたのは旧石器時代、尖らせた石のナイフやハンドアックス、それと火を道具として使用する。頭蓋骨の脳容積は現代人よりやや少ない程度で前後に平べったく」


「そういうのいいから」


「おま……そのセリフをトラウマにしてる人間は相当数いるってのを自覚しろ」


話しながら日依は黒マントの内側からタブレットを取り出す。悪戦苦闘しながらもそれを使ってホバリング待機していたドローンへ指示を出し、それともうひとつ、スズが袖からレーザー照準器を出した。


「これでどうなんの?」


「そのうちわかるって、ほら」


非常に簡素な構造である為に使いやすく、丈夫で、軽量な点を売りとする迫撃砲にしては些か複雑な機構を持つが、北京原人とやらの群れへ向けレーザーを照射した途端、自動照準、自動装填機能付きの迫撃砲は暴れる枝にも負けず射撃を開始した。反響混じりの砲撃音が上方から合計20発聞こえてきて、迫撃砲はそれで弾切れ。誰かに再装填して貰えばまた使えるようにはなるが、唯一作業可能なアリシアは閉じ込められている上に海での戦いを支援し始めている、はい終了とそれぞれその場で機材を遺棄した。

で、その結果、原人達は全滅した。ゴリラと人間の中間みたいなそいつらは元気よく雄叫びしてる姿を最後に爆煙と砂煙に包まれ、幸いにも死体は消えてしまったらしく、地下への穴以外は何も残っていない。

次が出てくる前に突入しよう、急いでアルビレオの背中によじ登る。


「ライコウ、お前は入口を守れ。中に入ろうとする奴、塞ごうとする奴を阻止し続けろ」


『どのみちあそこには入れぬしな、承知した、この身が朽ちるまでは守り通そう』


まずライコウが先行、ズンと地面を揺らして飛び立った金色の竜に2回りほど小さなワイバーンが続く。

全滅した北京原人の代わりに現れたのはマンモスだった。あの氷原に生息し、毛むくじゃらのゾウみたいな外見で、時々氷漬けのが見つかったりするあのマンモスである。砂から鼻と牙を出して出現し、次に前足で踏ん張って全身を地上に出すや「おいマジかおい!ちょっと肉切って漬け…いやアレとコレ摘出しろ!学者が狂喜乱舞すんぞ!」「何!?」「オスとメスのアレとコレに決まってんだろ!」とか、死んだら消えてしまうという原則を忘れて日依は騒ぐも、お構いなしにライコウは最初の1体を着地の際に踏み潰し、わらわらと湧き出るそれ以外には咆哮と雷撃を撒き散らした。マンモスの丸焼きに日依が「あぁ……」なんて漏らすも、アルビレオは何の妨害も受けず炭鉱入口まで辿り着いた。着地と同時に魔方陣展開、アルビレオが消え、その際首に装着していたズダ袋がぼとりと落ちたので、そうだと思い立ったスズはそれの中からトランシーバーを見つけ出す。


「アリシア?これから地下に入る。連絡取れなくなるけど、そっちはそっちの仕事に集中して」


突入前の最後の交信、上方を見ながらマイクに言う。もはや訳がわからない、他の枝に巻きついた枝がまた他の枝に巻きつかれ、おびただしい数の葉が空を覆い、遺物保管庫はここから見えなくなってしまっていたが、それでも電波は届くらしい、返答はあった。ただしアリシアではなく、謎の少年から。


『姉上』


瞬間、頭の中を真っ白にしながら眼前の義妹を見る、日依は目を丸くしながら手と首をぶんぶん振った。取り急ぎ「お…おう…?」などと呟きつつ、目線を更に上、やはり見えないものの大内裏へ。


『話せなくなる前に言わせて欲しい。その先で其方は自らの母を倒す事になるだろう、しかしあれは…あれの精神はもう人のものではない。憎まないで欲しい、哀れみをもって当たって欲しい』


「……顔見てからじゃないとわかんないな」


『であろうな、仕方のない事だ』


目を戻す、袋に手を伸ばす。


「ごめんね、出来の悪い姉で」


『自分を卑下しないでくれ、私が惨めになる』


フラッシュライトが1本出てきた、それを日依に持たせ


「自慢の弟ですこと」


「あんたの義弟でもあるんだけどね」


ついでに微妙な顔で2人ふへへとやった後、改めて炭鉱入口と向き直った。


「努力はする、じゃあまた後で」


『ああ』


交信終わり、当初の目的を果たせていない気がするがまぁもういい、トランシーバーを落とし捨てる。


「……よし」


では行こうと、スズは足を踏み出した。

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