第243話
「提督」
「原因は判明したか?」
東洋軍との接触直前、不本意ながらアーノルド率いる西洋軍遠征艦隊は後退、物見 雪音(ものみ ゆきね)率いる第6艦隊が先行し始めた。本来、あのような老朽艦を前に出すべきではない、地上や大樹への艦砲射撃がせいぜいである。にも関わらず最初の交戦を彼女らに担わせる羽目になったのはこちらのトラブルが理由であり、何が起きたかと言えば、水兵が体調不良を訴えた。戦闘艦艇136隻のうち1隻だけが、ではない。実に80隻以上、付随していた輸送艦や水上機母艦にも被害が出ている。
「瑞羽大樹で補給した食料を既に使用した、との点がすべての艦で一致しております」
司令部要員の報告にアーノルドは奥歯を噛んだ。簡単な調査結果は毒を盛られた事を示しているが、幸いただの1人も死者は出ておらず、青酸カリのようなアーモンド臭もヒ素のようなニンニク臭も確認されていない。とはいっても積み込んだ食料品すべてが漏れなく腐っていた、とも考え難いので、盛られたのは確実だろう、しかし毒の量を間違えたか、調味料等少ししか使わないものに盛ってしまったか。
「対処はいかがしましょう?」
「個人の犯行なのか組織的な行いなのか明らかにする必要がある、調査をせねばならないが…ともかく体勢を立て直さねば。使われた薬物は?解毒薬はあるのか?」
「は。被害者の症状と軍医の診察から判断する限り、下剤かと」
「では早急に治療を行え、薬品が足りないようなら無事な艦から分け与え…………下剤」
「下剤です」
「あの、便秘の者が使う」
「腸の中身を出す為の」
「下剤」
「下剤です」
なるほど、なるほど、死者が出ないのは道理である。しかし参った、戦時法違反に問うにはちと弱い。
「2時間もあれば回復すると思われます、彼らを殿に一時後退しては」
「…………」
「相手はナガトです、後続も接近しているでしょう。万全でない状態での交戦は……」
半数以上が戦闘不能、その中で三笠が発砲した。標的はアーノルドの乗るアイアンデュークからは視認できない距離にあるが、恐らく敵に向けて撃ったのだろう、が。
違和感を覚えた、この不測の事態にも関わらず対応がスムーズすぎる。先行する事に異議も無かった、20年前の老朽艦が、数ヶ月前に竣工したばかりの最新艦と相対させられるというのに。
「全艦健在の戦艦隊はあるか?」
「第3戦艦隊が」
「では発光信号を送れ。アイアンデュークが先行する、”マーハウス”を装填し追従せよ」
その命令に彼は明らかな狼狽えを見せた、「海上では効果が薄いのでは……」とは言ったが、「構わん」と返せば敬礼ののち艦橋から出ていった。艦長以下への指示は今の通りだ、直ちにアイアンデュークは加速を始める。
「弾種変更!マーハウス!」
さて、考えすぎ、気のせいなら良い、そうでなければ、まぁ。
少しばかり予定が早まるだけだ。
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