第237話
あっと言う間に下層は制圧された、スズが着物姿で出ていった、ただそれだけで。
そうして辿り着いた東側、遺物保管庫。ヴァイパー攻撃ヘリコプターが収まっていた場所まで辿り着き、アリシアはガラクタの山を片端から崩していく。必要なのは武器ではない、いや武器といえば十分武器なのだが、少なくとも殺傷力を伴わないものである。まず電源コード、次にアンテナ。受信機は従来のものを流用するとして
なんて考えていたら、急に電話が鳴った。
「…………」
白く、たくさんのボタンが付く企業向けの電話機だ、電話線が繋がっていない、本来なら動く訳のないそれを山の中から掘り起こし、手頃な場所へ置いて、考えること数秒、カチャリと小さく音を鳴らして受話器を取る。
『結局お前は何だ?』
「わかりません」
聞こえてきた女性の質問に即答した。それは彼女と初めて合間見えた時、夕刻の海上でも聞かれた事であったが、今となっても答えは変わらない。
「このボディは機械です、思考と行動もCPUユニットの計算結果を元にしています。ですがそれだけでは説明しきれない点があるのも事実」
受話器に向かって淡々と喋る、わからないという事がわかっていると、そういう風に。
「私の記憶領域の中に”彼女”はもう居ません、”私”が目を覚ました時に消えてしまいました。なのに私は、ほんの少しだけながらあの時の事を覚えている。あなたが思い出させた事です、葛葉(くずは)」
『……諸共に溶かしてしまえば良かった、ここまで邪魔をするなら、たかがあれだけと高を括らずに』
返された言葉にピクリと眉を寄せる、右手に握っていた受話器を左手へ持ち替え、空いた右手をスカートのポケットへ。
「ひとつ疑問が生まれました、ずっと考えていたものです。今から118年前、とある樹を枯らし、すべてを溶かし尽くしたあの殺生石は、一体誰が仕組んだものなのか」
『……』
「今の口振りから察するにあなたは当時を知っている、いえ、知っているだけでなくそこに居た。100年以上、人間が生き続けられるとは考え難い昔に。意図は理解できます、組んだ理論が正しいかどうか試したかったのでしょう?」
千羽大樹でなければならない理由は無かった、隣の樹でも良かった。どうして、という言葉は湧いてくるが、今それはいい、重要なのは。
「そういえばこんな話もありました、葛葉という女性はかつて、曲がった事が許せない、正義感の強い方だったと。ある男性と結ばれる前後を境にまるで別人となってしまった。”何かに取り憑かれた”ように、世界の存続だけを考えるシステムのようなものとなってしまった」
『…………』
「以上の点を踏まえて、今度は私から問いましょう。あなたは何なのですか?」
『どうでもいい事だ』
吐き捨てるような言葉に一言、「なるほど」とだけ返す。ポケットから右手を出して、青色の宝石を強く握り。
「どのみちすぐにわかるでしょう、ではまた後で」
電話機へ叩きつけた。
「アリシア!」
「わっ……」
視界が反転したような、いや元に戻ったような感覚がする。動作する筈の無い電話機は当たり前ながら沈黙しており、それの受話器を耳に当てたままのアリシアの眼前には緑の狐。小休止の為パーカージャージ姿に戻って、狐耳はキャスケット帽で隠されている。心配そうな顔をして、両手はアリシアの両肩に。
「いま霧が出た」
「でしょうね」
「でしょうねて……」
「大丈夫です、落ち着いて」
心配はいらない、スズはしきりに周囲を警戒しているが、彼女はもう去っていってしまったし、もう一度来る暇などなかろう。スズをなだめて、ガラクタ漁りに戻る。
「順調か?」
「まだなんとも」
遅れてやってきた日依、目に入ったケーブル類を片端から回収していくアリシアを一瞥、次いでヴァイパー奪取の際に破壊したシャッターへ向かい、応急修理のブルーシートを剥がす。
「もはや脅威は無いだろう、私は大内裏の様子を見に行く。アルビレオを置いていくが無理はさせるなよ」
「ん。気をつけて、何してくるかわからないからね。ついでに何か使えそうなのがあれば……あ」
と、スズは何か見つけて駆け寄っていった。「コレとコレとコレ、セットで使えない?」とアリシアに言うので見てみる。修理自体は終わっているようだ、放置されていたのは使い方がわからなかっただけに相違ない。本当に機械オンチが治ってしまった彼女に何故か若干の物悲しさを感じつつ「可能です」と返し、3つのうち最も大型のものをエレベーターまで移動させる。
「何コレ」
「ちょっと酷い目にあったことあるけど……」
「いや待てお前に機械の使い方教わるとか割と屈辱なんだが」
「なんだと!?」
言い合いながらスズは日依にタブレット端末を渡し、自身は4枚ローターの飛行ドローンを拾い上げた。「で結局は?」なんて問う日依の為にアリシアが移動させるそれ
「あれ、遠隔操作できるから」
120mm迫撃砲を指差した。
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