第213話

自分は全く傷つかないままで、正義を行うことは非常に難しい。

-やなせたかし




















ライン3ポイント1、渓谷地帯、残り10km

独立分隊”スリーシックス”

”スズ”




「…………あー……えと…恥ずかしながら、帰って参りました……」


たっぷり十数秒、にらめっこしたのち、沈黙に耐えかねたフェイが口ごもった声で言う。

眼前で爆散した戦車とその乗員を見て唐突に、自分が戦争に荷担している事を思い出した、もしくはフェルトの言うところ”人を殺すのに慣れてしまっていた”のに気付いた為に、いきなり彼女が現れてもスズは放心したままだったが、それを何か勘違いしたのかフェイが言うと、顔をやや歪ませて、スズは飛びつく。


「わっ」


「よかった…!」


余計な機能が付いていて重たい耐Gスーツでは動き辛かろうと思ったか、はたまた全身真っ黒なツナギがあの変態少将のお気に召さなかったのか、ロシア製の黒いジャケットと迷彩ズボンを与えられ、他の皆と大して変わりない格好となっていたフェイの首に腕を巻きつける形で彼女を抱き締める。そうしたらなんか横から野次馬的なガヤが聞こえてきたのでそう時間を置かずに我に返って離れる。


「大丈夫?怪我してない?」


「ひゃ…!だ、大丈夫、体は特に。機体は、連れて帰ってこれなかったけど」


全身をべたべた触って傷の有無を確認、それでようやく安堵する。笑顔を取り戻して、辺りを見回すと、右から歩み寄ってくる変態少将ことキリルがまず見え、次に左から走ってきたメルに飛びつかれた。


「ハグハグしてるの?私も混ぜてー」


「ん?はいはい」


求められたのでひとしきりぎゅーっとやって、終わったら一緒に笑い、遅れてやってきたシオンへ向き直る。

まだいける、折れちゃいない。


「フェイ」


「戦える」


「よし。ではスズ、代わりはいますから、もし疲れたようなら……」


「ここまで来て抜けるとか勘弁」


「なるほど……なるほど、では次だ。将軍、ここから先のプランを」


6名戦闘可能、それを確認したキリルは鼻を鳴らし、少し遠くにいたエドワードへ手招きする。本来ならばライアンの指揮官代理であるクレイグ中佐を呼ぶべきであるが、少将は彼がビビりの引きこもり癖で”目上の人間から指示されないと働かない”性格だと一目で見抜いてしまったため、ライアンの現場指揮はエドワードにすべて任せ、中佐は”ユニオン・アクチュアル”と名付けた自らの本部中隊に置き、自分の指示をライアンに伝える役|(のみ)に使用している。エドワードが会話できる距離に到着次第、彼は目をずらし、10km先にまで迫った中国軍司令部を見据えた。

雲に遮られながらも地上を照らしていた太陽が沈んだ事で暗闇に消えつつある石灰質の渓谷地帯だ、水の侵食によって削られできた谷が連続しており、施設を目視しているものの、そこに辿り着く為のルートは限定されていて、当然、敵戦力はそこに集中している。まとまっているという事は一網打尽にしやすいという事でもあるのだが、榴弾をいくらか撃ち込んだ程度でなんとかなる規模の話でもなかろう。ここから先は純粋なぶつかり合いだ、空軍の残弾薬とここまで生き残った火砲をすべて投入、縦に並べた部隊でもって一点突破を狙う。


「残存戦力は2800名、この全戦力を用いる。だがその前に休憩だ、進撃再開は翌日明朝、それまでに体勢を整えろ」


「いいんですか?そんな悠長な事言って」


「ミサイル基地を牽制しているチェブラシカは完全に包囲された、既に命運は尽きたが、同時に停滞してもいる、我々が動き出さない限りは向こうも戦闘を再開しないだろう。部隊を再編成して、砲兵を展開するには時間がかかるし、空軍に機体整備もさせねばならん、焦りは抑えろ、とにかく今は休め。そもそも俺は貴様らに、何もするなと言っておいた筈なのだがな」


活躍は聞いているぞと、皮肉げに言うキリルへ6人揃って苦笑い。次いで休憩場所を確認するべくエドワードへ話しかけ、ストライカーCVにテントやクッキングストーブが積んであるとの返答を貰う。「ただし主食はオートミール」という次の言葉には盛大にブーイングしたが、元はと言えば自分らで確保してきた食糧である、仕方なし。

なおオートミールとは燕麦(えんばく)を挽くか潰したもので、日本人における米に相当する。ここ日本では健康食品、ダイエット食品に位置付けられるもので、特に栄養価の高い外皮だけ取り出したものをオートブラン、ドライフルーツやナッツを混ぜたものをミューズリー、油とシロップ類をかけて焼いたものをグラノーラという。主な調理方法は粥、いや主というかほぼほぼそれなのだが、水や牛乳や豆乳で煮て、砂糖やハチミツを混ぜるのが一般的な食べ方だ。ちゃんとした調味料があればそれなりに美味しく頂けるもので、現時点で何が問題かというとその調味料が無いという点である。近くのアメリカ兵などはレーションパック付属の砂糖を取っといて、それを小隊レベルで集め一緒に煮込むという頭良い事をしているものの、昼食にチャーハンを選んだ一行にそんな工夫はできず、要するに麦の水煮、例えるならば塩抜き米粥で夕飯を済ませねばならないのだ。


「各員ー…!なんかないかなんかー…!調味料だー…!」


「うーん……クラッカー数枚」


「トッツィーロール」


「お昼の余りの牛肉辛味噌焼き」


「赤飯と味付マグロと沢庵」


「うっわ裏切り者……」


駄目だ、オートミールに甘味を付けられるものは無い。ただ1人、高カロリーバーとかで食いつなぎ後生大事に温存しておいた缶詰3個セットを見せびらかしてる日本兵を除き、かなり必死に各々リュックを漁るも出てきたのはその程度。


「あ…………」


そんな中、唐突に何か発見したらしきフェルトに視線が集中する。当の本人は乾いた笑いを漏らしているが、否応にも期待してしまう周囲に、彼女が取り出したのは青い蓋の、茶色い物体が入った、

最初の最初、スズが皆と対面した際の悲劇を作った元凶が入ったボトル。


「……ピーナッツ……バター…………」

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