第209話

平和があれば愛が成り立つ、 愛があれば心が成り立つ、 心があれば人が成り立つ、 人々が平和を築けるのである。

-発言者不明





















ライン2、幹線道路沿い、残り18km

独立分隊”スリーシックス”

EAー6”フェルト”




ふわりと、背後から、土嚢やセメントで守られた機関銃陣地に降り立った直後、彼らの表情は一様に驚愕と恐怖で塗り替えられた。大した照準もせずアサルトライフルを持ち上げ、トリガーを引けば、後方50mからの支援射撃と共に乱射された弾丸が、敵部隊の半数以上を瞬時に死亡、もしくは戦闘不能に追いやった。シオンとスズがフェルトを支援しているその場から、隣の陣地へロケット弾の飛翔煙が伸びていく中、フェルトはライフルを手放し、腰から吊り下げていたコンバットソードの柄を右手で、レッグホルスターに納めていたハンドガンのグリップを左手で掴む。


「散れ!散開し…ぐ…!ぁ…ぁぁああぁぁぁぁぁぁッ!!」


今回は既に乱戦だ、悲鳴を上げないよう即死させる必要は無い。最も手近にいて、部下へ指示を飛ばしつつライフルを向けてきた1人の中国兵へまず狙いを定め、這うように姿勢を低く、足元まで一息で駆ける。ブルパップ方式でグリップより後ろに弾倉があるライフル目掛けて右足を蹴り上げ、ブーツ先端でそれを弾き飛ばす。相手の身長以上の高さまで舞い上がった体が落ち始めたらコンバットソードを一閃、左腕の肘から先と、右手の指4本が餌食となった。絶叫する彼を置き去りに再加速、時計回りで土嚢の内側を回るルートへ。4歩進んでハンドガンを2発、顔に受け卒倒、続いて重機関銃の射手へ斬りかかる。


『スリーシックスからボスポラス他2部隊へ!対戦車兵器の無力化に成功した!直ちに前進し防御線を突破!こちらとの合流を求む!』


『具体的に言えば早く助けてくださぁーい!!』


好き放題やっている間も後方からの射撃は続き、喉笛を裂かれた射手の他にはあと3人だけが健在である。うち1人はすぐ近くにおり、斬撃を見舞った勢いを殺さず駆け寄って、胸の奥深くまでコンバットソードを突き刺した。直後に銃弾が襲ってきたが、フェルトの小さい体はその中国兵に覆い隠され、いくつかは彼の体内で停止し、ほとんどは的を見失った為に貫通後フェルトを捉えられないか、もしくはまったく見当違いの方向へ飛んでいく。最初の1連射をやり過ごしたらハンドガンを突きつけ、次の指切り撃ちが始まる前に2人に対して1発ずつ、早撃ちパフォーマンスのガンナーばりに素早く(というかほぼ同時に)双方の額を撃ち抜いた。


『左翼重機関銃も無力化!フェルト!ライフル拾って右翼の陣地だ!撃ち返される前に撃ちまくれ……ってぇ…!その目でこっちを見るな!今夜寝れなくなるだろ!』


「うぇぇ……?」


どうも戦闘中の自分の眼光には攻撃力があるらしい、皆の例えるところ”一切の感情無くかつ無機質で、にも関わらず捉えた相手を地の果てまで追い詰める殺意に満ち満ちた”目になるようだ。それにしたって流し見ただけなのに、と、シオンの叫びにフェルトは思う。ハンドガンとコンバットソードを収納、スタート地点まで戻ってライフルを拾い、マガジンリリースボタンを押す。ポーチから引き出した予備弾倉と、外した空弾倉を入れ替え、ボルトリリース、その後占拠した陣地内の、土嚢の壁に取り付いた。

機甲部隊の前進を阻害していた対戦車陣地は2発目のロケット弾攻撃を受けている最中だった、最初の1撃で三脚を用いるタイプの地上設置式対戦車ミサイルは爆砕され、そして今、肩に担いで使う携行ミサイルやロケットランチャー、及びそれらを撃つ兵士がまとめて炎に飲まれていく。フェルトが攻撃すべきはその奥にあるもうひとつの機関銃陣地だ、味方から見て左翼の制圧があまりに早かった為に応射を始められていない。土嚢の上に左手を乗せ、その上にハンドガードを置き、照準もそこそこにまず1連射。左手前にずれたのを見て修正し、後は2発ずつリズミカルに撃っていく。敵を倒す必要は無い、一斉に突っ込んできた機甲部隊が連中の蹂躙を始めるまで邪魔し続ければいい。


『最後の1発どこに撃つ!?』


『あそこに隊長っぽいのいるからプレゼントしてやんなさい!』


そうしていたら味方のいる方向、フェルト視点で右から2輌の戦車が勢いよく、いや不整地最大速度50〜60km/hはアレとかコレと比べるとかなり見劣りする数字ながら、それでも大量の雪を蹴り飛ばして急停止したそれは視覚的にかなりの疾走感を持っていた。とにかく幹線道路上に颯爽と現れた通常タイプの主力戦車2輌、同時に無人砲塔を旋回させ、125mm滑腔砲からまず1発、防御線中央へ榴弾を叩き込む。ロケットランチャーからのサーモバリック弾より大きな爆発を起こしたそれが中国兵達を吹き飛ばす中、2輌は前進再開、追ってきたストライカーやBTRを引き連れてド派手に中央突破した。それを見届けたのち、ライフルを引き上げ、更に弾倉交換を行って中身半端となった弾倉を回収。低姿勢を維持しながらも緊張を解いて、後方の皆と合流する。


「大丈夫?疲れてない?」


「まだ全然。スズちゃんこそ、この規模の戦い、慣れてないでしょ?」


「確かに歩兵として参加するのは、でも、大丈夫」


なんて、シオンとメルとヒナが「やったか!?」「やったやった!敵隊長ダウン!」「いや私に言ってくれりゃ弾丸1発で済んだんだけど……」と騒いでる間に話して、装甲車両達の行う掃討攻撃を眺めつつ、間も無くやってくるだろう高機動車への乗車に備える。ここまでの抵抗をそう何度も受ける事は無いだろう、ヘリコプターの支援も戻ってくるし、しばらくはまた乗ってるだけの時間が流れるはず。



「……あ…」


超危険な単独突出を終わらせたばかりとはいえいくらなんでも気を抜きすぎたか、吹っ飛ばされた対戦車陣地で人影が動き、よろめきながらもロケットランチャーを担いだのを、完全に間に合わないタイミングでフェルトは発見した。どこかで誰かが叫んだ「RPG!」というのを聞き、いやアレRPGじゃないんだけどなぁーなどと考えつつも急いでライフルの照準器を。


「ッ…!…へっ……」


目に合わせる前に、なんか視界の端で、緑色の、日本式の着物っぽい服が見切れた気がした。


「うひゃあぁぁああ!?」


思わず目を疑ってスズのいた方向へ顔を向けるも、直後にそこから発射された光の弾らしきものに度肝を抜かれる。発射音はギィン!という高音で、着弾時にはゴゴゴゴォン!と4発分鳴った。他のどれよりも早く敵兵へ辿り着いたそれは爆発、いや爆発というには火炎が一切出なかったが、125mm榴弾以上の範囲に衝撃波を撒き散らし、雪と、アスファルトの破片を伴った敵兵が木っ端のように飛んでいく。空中でトリガーを引いたかロケット弾が発射されるも真上へ白煙が伸びたのみで終わり。唖然としながら再びスズへ目を移せば、彼女は何の変化もなく、タンのカーゴパンツとフォレッジグリーンのフリースジャケット、フードをかぶって、スリングからサブマシンガンを吊り下げた格好で、安堵したように息を吐いていた。


「…………何したの?」


「え?何もしてない、してない」


「………………」


「なんにも、うん」


フェルト以下4人揃ってじっと見つめるも、彼女は首と手を横に振るばかり。


まぁ、いいや、別に。こっちに向かって撃ってくる事もなし。


「次行こ、次。シオン」


「あぁ……よし移動するぞ!車に乗り込め!」

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