第194話

どっちも自分が正しいと思ってるよ、戦争なんてそんなもんだよ。

ードラえもん





















「おはよう、よく眠れた?」


「疲れが取れるくらいには」


「それは良かった、場所に関わらずいつも通り寝るには才能が要るからね」


手持ち無沙汰となったのでなんとなく行ってみた格納庫、ムーンライトの整備を終えたスキンヘッドロボット達をタブレット端末で操って何らかの作業をするメルと出くわした。取り付いているのは長さ2m、前面がガラス張りで鶏卵っぽい形状をした機械である。本体を支える台座が斜めになっているせいで卵型の本体も45度ほどの傾斜を持つ、ガラスの向こうの機械内部には真っ白なクッションが敷き詰めされ、それによって人間1人が非常に楽な姿勢で座れそうな段差が形成されている。ロボット達は機械本体から伸びるすべてのコードを切り離し、台車へ乗せ、どこかに移動させようとしていた。


「これは?」


「コールドスリープカプセル、人間を入れる冷蔵庫です。冬に冬眠するのはカエルとかトカゲとかの変温動物だけだけど、人間だって体温下げれば生きたままあらゆる生命活動を限界まで抑える事ができるんだ。例えば大量失血したのに血液パックが無いとき、例えば爆撃を受けたのに手当てする医者が足りない時。通常ならば”まだ助かる見込みのある負傷者”の為に見捨てられていた人達が、このカプセルの個数と同じ人数分だけ生き長らえる可能性を得られる訳」


ガラガラ車輪を鳴らしてどこかへ運び去られるものとは別のカプセルを開放してメルは説明してくれる。その後の33度以下とかNASAがどうとかいう話は理解できなかったが、とにかくこれは人間を1週間程度状態そのままで保存する装置らしい。ただ逆に言えばたった1週間だ、SF小説などでよく扱われるような、10年も20年も保存できるコールドスリープはこの時代においても実現していない。体温下げるだけじゃ足りないなら冷凍してしまえばいいという考えもあるものの、ただ冷凍するだけでは水が氷に変わる際の体積変化により細胞が破壊されてしまうため、「未来に行く!」とか言って冷凍庫にこもったアホが目を覚ます事は無い、それは単なる凍死である。一応、極力細胞を壊さないよう冷凍する機能もこのカプセルにはあり、本人が希望していて、なおかつ状況が許せばクライオニクスという既に死亡が確認された肉体を未来の技術に賭けて冷凍保存する手段を取る事も(稀に)ある。このクライオニクスは架空ではなく実在する技術で、渡米して金を払うなり何なりすれば自分の死体を予約する事も可能である、報われた人間は未だかつていないが。


「まぁ、コールドスリープしたくて持ち出してる訳じゃないんだけどね、外気を遮断し完全密封できて、人間大のものを入れられるっていう所がちょうど良かったんだ」


「人間大のって、一体何を入れ……あ」


「フェイちゃんがね。格納庫(ここ)より司令部区画の方が防御力高いから移したいって」


人体を冷蔵保存する本来の使い方をしないならどうするつもりなのか、なんてまずは思った、しかしすぐに自力で解答に行き当たる。どうしてもこの場を乗り切り、時間跳躍など使わず、途方も無い時間を超えてスズの時代まで辿り着かなければならない存在が1人。ああなるほど、ここでこういう事があったから彼女はあの場にいるのだ、と。


「そっか……ありがと」


「何が?」


「いや、なんでもない」


はたから見れば突拍子も無い言葉だったろう、疑問符を浮かべるメルへそれ以上何も言わず微笑み、照明の消えた通路へ消えていくカプセルを見送った。彼女の仕事はまだ終わっていないらしく、「さて」と呟きつつタブレットを手放し、今度は長さ30cmほどの直方体をした黒いパッケージがうず高く積まれているテーブルへ向かう。


「……でも、いいの?フェイの補助はちょっとわかんないけど、普通に戦わせても強いでしょ。ただでさえ人数足りないのに」


「否定はしない、てかよく知ってるね、本人に聞いたの?確かにあの子を前線に出したらフェルトですら対抗できない究極兵士が誕生するだろうけど、まぁ、このカプセルの使用用途と同じだよねそこは、助けられる命を逃さない」


命?まぁ命でいっか、言いつつ彼女はパッケージを手に取り片端から開封していく。中身は乳白色の粘土状、いくつかまとめてこねくり回し、しかし今すぐは使わないらしくそのまま透明なビニール袋に入れた。


「そうしたら、みんなは?あの子が絶対助かる代わりに、みんなが助かる可能性が減っちゃう、けど」


「いいのいいの、どれだけ強い兵士だったところで結局は銃弾1発見逃せば台無しになるんだし、焼け石に水だし。そもそも私には、何があっても生き残りたい!っていう確固たる信念がない」


ずっと自らが助かる為に戦っているのだと思っていた、だから手を貸したのだ。最後の言葉を聞いた途端に一瞬頭が真っ白になり、しかしどうにか持ち直して、スズはパッケージ開封を手伝い始める。しかし多いな、重さ1kg程度のパッケージが100個はゆうにある。


「どうして?」


「私がここにいるのは償う為だ、昔だいぶ、色々やっちゃったからね。すべてに打ち勝てとは言わない、ただ死ぬ瞬間まで諦めるな、ある人からの一言だけでここまで来て、結局諦められずにまだ生きてる。その上で私に望みがあるとすれば”みんなが死ぬところはもう見たくない”。考えた訳じゃないけど、先に死のうとしてるのかって聞かれたら、否定できないかな」


大量のパッケージを開けて開けて、一定量まとめて袋で分けておく。他にテーブル上にあるのは鍵穴とボタンがひとつずつ付くティッシュ箱くらいの機械と細いコード、それから何かの棒。


「…………それで、いいの?」


「ふふん、フェルトにも聞いてたよね。いいのです、将来どうなりたいとかそういうのないし。というか、というかね、他人の命を奪って奪って奪いまくった私達が、自分の命を優先する事は許されないのだ」


反論はできなかった、考えた事も言葉にした事も無かったが、それはスズの思考や行動そのものであったからだ。にやりと笑うメルに対し、こちらも無理矢理笑って作業を続ける。

似た者同士だ、自分は優先しないが他人は優先する。ならスズがメルを優先しても文句は言わせない。そうはさせるかと、とにかく今は。


「……ところでこれなに?」


「爆薬」


「ふぉっ!!?」

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