第182話

いかに必要であろうと、いかに正当化できようとも、戦争が犯罪だということを忘れてはいけない。

ーアーネスト・ヘミングウェイ




















『1人の人間が大局を覆す事はない、いかに突出した能力を持っていようと。今からどう足掻こうと歴史を変える事は叶わず、終末は訪れ、世界は滅ぶ。……でも、まぁ、たった数人の未来を変えるくらいはできるかもね』


フォレッジグリーンのフリースジャケットとタンのカーゴパンツ、共にやたらとポケットが多く、ジャケットにはフードが付いていて、これで狐耳を隠す。装備重量は必要最低限に抑えてくれたようで、ナイロン製のベルトにマガジンポーチをメインサブ合わせて3つと、プラス符。これをジャケットの上から腰に巻きつけ、右上腕には同じくベルトで黒い刀身のコンバットナイフを1本。カスタムガバメントはサプレッサーを装着された上で左太もものレッグホルスターに収まっており、それからザック、OSPREY DAYLITEと書かれた小型リュックサックを背負っている。その他手袋と靴下、全身を包むインナーで完全に断熱し、首にかけたゴーグルとフードの絞りを使えば(ウルトラマンみたいな外見になる代わりに)頭部も保護できる。


「ごめん……」


『構わないよ、僕とて人の善意の集まりだ、救える命は救う、そこに関しては大いに賛同しよう』


メインアーム、割り当てられたのはサブマシンガンだった。正確にはパーソナルディフェンスウエポンというらしいが、棚から引き出しを出し入れする感じに伸びたり縮んだりするストックを持ち、本体上部は潰れた台形状のキャリングハンドルとその内側にコッキングレバーが備えられ、アタッチメント固定用のデコボコしたレールに今はホログラフィックサイトとやらを装着している。下部後端には三角形に膨らんだグリップがあって、親指を入れる穴、その周囲に中指から小指までを置くフィンガーチャンネル、前部にトリガーを備える。セレクターはセイフティ、セミオート、フルオートの3段、トリガー直下にあるダイヤルで操作する。グリップの前にあるのが弾倉(マガジン)であるが、通常の縦に挿し込むタイプではなく横置きにしての装着、丸みを帯びたそれはへこんだ部分にがっちりフィットして、装着後はハンドガードの一部となる。全体で見れば長方形、真っ黒なポリマー(プラスチック)素材のボディで、ストック最大展開時の全長は65cm、装填状態で重量3kgちょいといった所、やはり銃口にはサプレッサーが付いているので全長はもう少し増えているが。ストックを縮め、たすき掛けする1点式スリングベルトのフックを銃のリングに接続する事で肩から吊り、その状態では銃本体は体の前にあるが、ベルトを引っ張れば背後に回っていった。


『ただあくまでも自分の命優先だ、そこだけは守ってくれ』


「わかってる」


すべての準備を終わらせ、スズは格納庫に繋がるトンネルへの扉を開ける。照明のつかないそこではほぼ同じ格好、フリースジャケットがグレーになり、マガジンポーチの数が倍増したくらいのシオンが1人でハンドガンをいじくりながら待っていた。LEDランタンに照らされるスズの姿を認めるや笑みを浮かべつつ「意外と」なんて一言、全身を舐め回すように眺め、その後視線を顔へ固定。


「人を殺した事は?」


「……ある」


「ふむ、なら良しとしましょう」


ではこれを、と持っているハンドガンを差し出してきた。受け取ればそれは非常に軽く、出っ張った部分がほとんど無い。全長14cmで装弾数は9mmパラベラム弾を6+1発、明らかに護身用で、サイドアームは最低限でいいと考えたって戦争に持っていくものではない。一体何の為に、とは思ったが。


「拳銃は持ってるけど」


「うん、自殺用」


それを聞いた途端、背筋が急速に凍りついた。


「単純な話ですよ、ごく普通の男の兵士ならこんなものは必要ない。大抵は撃ち殺されるし、捕虜を養う余裕なんかない今、捕まったってその場で処刑されるだけ。けれど女性兵士(わたしたち)は違う、”捕まったらすぐには死ねない”」


僅か500g、ポリマーフレームのオモチャみたいなそれは、そう考えると非常に重い。『使わなければならない状況に陥る事はないよ』とニニギは言うが、改めて、彼女らの存在の異常さと覚悟を認識しつつ、フリースジャケットの内ポケットにそれを仕込む。見届けたシオンはランタンを持ち上げ、格納庫へ向かい始めた。


「まぁあくまで選択肢、使うかどうかはその場に応じて自分で決めてください。ただのデッドウエイトで終わるのがベストなんですがね」


後は黙って、というか喋れなくなって、足音の反響するトンネルを抜けるまで歩き続ける。格納庫の照明が入ってきたあたりでシオンはランタンを消し、広い空間に出てすぐ停止、右の無造作に置かれたテーブルから自分のライフルを持ち上げる。

スズに与えられたSMGよりは幾分か常識的なフォルムだった、縦に挿す箱型弾倉があり、独立したピストルグリップがあり、セレクターレバーはグリップを握った手の親指で操作する。特徴的な所といえばアタッチメントレールを上下左右に組み合わせた非常にゴテゴテな感じのハンドガードで銃身を覆っており、サプレッサーは当然、左側にプレッシャースイッチ式(グリップに貼っつけたシートみたいなのを握るとON)のフラッシュライトを、下部にはバーティカルフォアグリップ(持ち手、縦に握る)を。上部には1.5〜4倍可変のやたら口径がでかく円柱形の近距離スコープと、それのさらに上部に小さな光学式ドットサイトが付いている。コッキングレバーは本体上部最後方、ストックは伸び縮みに付け加え頰当ても上下するもので、シオンはそれを一度しっかりと肩に当て、気になる部分を微調整、コッキングレバーのツマミを引っ張る事で初弾装填を行い、最後にセイフティの状態を確認した。


「ここから南西30kmの位置に米ストライカー旅団という部隊がいます、既に全戦力の半分以上を失ってますが1000人以上がまだ健在であり、我々の目下の目標はこいつらの息を吹き返す事になります。まずは彼らの立てこもる市街地帯とこの隠れ家の間に連絡線を確保しなければなりません、フェルトと組んで、ストライカー旅団との接触を図ってください」


「全員で行かないの?」


「もちろん全員が展開しますよ、でも今回は既に敵部隊の存在が確認されていて、ストライカー旅団と合流する前に連中と戦う訳にはいかねーのです。気付かれないようこっそり通り抜けるならフェイは論外、残りにしたって1グループの人数は少ない方がいい。よってあなたとフェルトが先行、私とメル子は別ルートを通って防御陣地の分布をざっと調査、ヒナ先生は単独行動で敵軍キャンプを監視し、万が一に備えフェイが警戒線ギリギリで待機します。ちなみにこれはたった一度のミスでの全滅を避ける為でもある」


シオンはスリングベルトを使わないようだ、グリップを握ってだらりとぶら下げ、「はい搭乗ー!」と言いながらエレベーターへ向かっていく。別段隊長とかは決めていないようだが、話を聞く限り部隊指揮経験があるのは彼女だけである、是非も無い。

エレベーター上には大型バンが一台用意されていた、白いボディで、タイヤにチェーンを巻きつけ、後部にキャタピラ履いたバイクみたいなものを搭載している。その周りにやはりフリースジャケットカーゴパンツな歩兵3人と、のろのろ耐Gスーツを着込むフェイ、及びそれを急かすアリエスがいて、スズの接近を認めるやその白い少女はぱたぱたと寄ってくる。めちゃくちゃ心配そうな顔だ、違和感がやばい。


「大丈夫ですか?朝食とれました?忘れ物ありません?」


「う、うん、大丈夫」


「外寒いですよ、無理しないでくださいね、指先が痒くなってきたら危険信号ですから…あ、カイロ持ってきます?」


「大丈夫だって!お母さんか!」


さすが医療支援ユニット、いくら初期化したって人の世話を焼きまくるこれは覆らないらしい。「お母さんて……」とか言ってるうちに騒ぎを聞きつけたのが3人ほど、面白そうに寄ってくる。


「言われてみればアリエスってお母さんっぽい」


「やめてください……」


「お母さん私にもカイロちょーだい」


「お母さんナビにルート入れといて」


「お母さん行ってきますのハグ」


「ちょっと!もう!」


わーいと子供達は散っていってそのままバンの車内へ収まっていく。笑いながらシオンも向かっていって、彼女は運転席へ。


「とにかく…これはあなたとは関係のない戦いです、核ミサイル発射は阻止しなければなりませんが、たとえ阻止に成功したとしても、それであなたを失えば勝利とは言えません。だからくれぐれも、自分を犠牲にしようなんて思わないで」


「ああうん、大丈夫、心配しないで」


最後にスズも車へ歩いていく。正直あれには尻が痛くなる思い出しか無いが、そこは前時代の現役車両、乗り心地も良いと期待したい。

座席に収まって、スライドドアを閉める前、残ったアリエスと、これから機体に乗り込むフェイの会話が聞こえ。


「建物に突っ込んだ時のバランス崩れが気になるから、移動しながら調整する、戻ったらバラスト設定初期化して」


「了解」


「あと、人が食べられるカレー作っておいて、お母さん」


「あなただけはほんとやめてください!私にとってはあなたがお母さん!」


「あ、やめて、すごい恥ずかしい」


で、ドアを閉めた。


「あのね、警戒線5キロ前で私達だけ別行動開始だから、そしたら後ろのスノーモービルに乗り換えるよ。よろしくねぇ」


「よろしく」


絶対に怒らせるなと言われた空色の少女はなんかポワッとふんわりした口調であった。子供としか言い様の無い小さな体は皆と大して変わらない装備をしている、ザックを背負い、スズのSMGと同じ弾を使うというスリムなハンドガンを太ももに着け、アサルトライフルを握っている。ただ異様と言えば、こんな高精度で連射ができ近距離から遠距離を広くカバーする万能銃を兵士全員が持っているこの世界で、どう考えたって必要になるとは思えない、刃渡り50cmに及ぶ片刃の”剣”を鞘に納めて腰からぶら下げていた。コンバットナイフを拡大したような細身の黒い刃とフィンガーチャンネルのある柄であるが、あれほど長い刀身となると使用用途はロープを切ったり木枝の皮を剥いたり後は敵の喉を一撃したりというナイフ本来の使い方ではなく、利き手に構えて全力で振り回し首を刎ねていく使い方になってしまう。いやそれより長い刀身の刀を隠し持ち、懐に入れさえすれば十分あるなって考えたりしてるスズとしては言うほど違和感は感じないが。後はまぁ、首にかけた黒レンズのゴーグルが普通のゴーグルではなくたぶん何らかの機能を持っているというくらい。


「映像記録見たよ、戦い慣れてるよね、それもすごく。でもちょっとよくわかんないとこがあってねぇ……スズちゃん、普段いったい何と戦ってるの?」


「え?何と?」


「人間じゃないよね、初動のモーションは猛獣ハントにも似てるけど一致はしない。もっとこう、長時間交戦し続けて何発も撃ち込まないと倒せない、それでいて一撃受けたら終わりみたいな、すごくシビアな相手?」


「……概ね正解」


「ほんと?やったぁ!」


あんな僅かな時間の動きを見てそこまで言い当ててしまった彼女はふわっと笑い、だがこちらがどう説明しようかと困っていると、察したのかそれ以上聞いてこなかった。次いでエレベーター上にフェイの乗るムーンライトが地響き鳴らしながら移動、ゆっくりと上昇を始める。地上に出ればいよいよ出撃


「スノーモービル乗ったことある?」


「ない、かな」


「あのねぇ、見た目ほど速度出ないんだよ?雪なんか積もってなかったら二輪にしたんだけど」


「タイヤが足りないからすぐ転ぶんすよぉ!時代は四輪だ四輪!」


「そこだけはほんっと仲良くできそうにない!」


「時代っつーならキャタピラ最速じゃん……」


出撃だというのに、大丈夫かこのばたばたした感じ。

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