第145話

しだれやなぎに1日限りで美少女呪術師”日和田鈴ひわだ すず”が出勤!普段は多少ガサツなところがありますが本気を出せば名家のお姫様かと見間違える高貴な雰囲気を纏う緑色がシンボルカラーのきつねっ子です!

さらに特別メニューとして作りたて鬼ぎりセットが登場!神主様の目の前で握ります!


瑞羽大樹下層12番 98ー5

巫女さんカフェ しだれやなぎ

営業時間(平)10:00〜17:00(土日祝)9:00〜17:00

水曜定休




ーー大樹中にばら撒かれた謎の広告よりーー







「必要だったとはいえ娘を身売りさせるんじゃないよお母さん!!」


「仮にスズが私の娘だとしたら私の夫はアレという事になるじゃないですか勘弁してください」


安全が確保された以上、あの場所でスズに出来る事はもう無かった。神道所属だが仏教を混ぜ込んだ挙句やたらと人気が出てしまった為もはや稲荷信仰とでも言うべき独立した宗教になっている狐。狛犬よろしく狛兎なんてものがあるにしてもどちらかといえば仏教色の強い兎。中国神話から輸入された後民間の間で説話、伝説として広め伝わり仏教へ伝播、最終的に「強そうな化け物は全部鬼にしとけ」とばかりに普及した鬼。あれこれごっちゃになり過ぎて何が何だかわからなくなった種族各1名で構成される一行はしかし、1人としてキリスト教との関わりを持っていないのだ。すべての後始末をセディに任せ平賀邸まで撤収、歩かせた距離に見合う消耗こそすれ医学的に説明できない衰弱はしなくなった左衛門との間で「助けてないからお代はいらない」「それじゃこっちの気が済まない」などという会話をして、結局報酬交渉は”アリシア預かり”となった。そんな事をやってる間に太陽は沈んでしまい、いい加減疲れきってもいたので自宅に戻った途端倒れこむように就寝。

目を覚ますや否やそんなビラを突きつけられた訳だ。スズ個人を認識し、好意的な感情を抱かせ、それでいてスズが皇女様であるとは一言も書かれていない、彼らの感情の力が自身の強さに直結するスズの戦闘能力を高めるに当たって完璧とも言える手段であった。どれだけ特殊な感情だろうと信者は信者、そこに疑う余地は一片も無い。


「しかしこれで証明されました、義龍の敵は最低4ケタ単位で存在する」


「何言ってんのかわかんない」


「もうそのままわからないままでいましょう」


しだれやなぎのバックヤードに詰め込まれたスズは浅葱あさぎ色の(ガチの)袴を着させられ、アリシアによって注視しなければ気付かない程度のうすーい化粧を施されつつあった。緑に限りなく近い青色は神社における平社員相当、巫女をバイトとするならこの場の誰よりもスズは偉いが、そもそも袴の色で階級が別れるなんてシステム自体を誰も知らないこの場においてはどうでもいい話である。口紅をさっと引いて準備完了、アリシアと、ものごっつニヤニヤする一番人気のバイトリーダーを引き連れて接客ホール手前へ。


「では最後に確認を行う。客は神主、ここは神社、1組の客を最初から最後まで世話するのが基本だが、恐らくお主はあちこち回って握り飯を作り続けるだけになろう。ただ体に染み付いている神道の規律に従う事はするな、根本的にはアイドル紛いであるからな、客を満足させればそれで良い」


「大雑把だな……」


「要するに笑ってればいいんじゃ、できればぶりぶりのあざとい感じが良いがまぁ無理であろうし…とりあえず皇室スマイル」


「営業スマイルみたいに言うな」


「違うんか?」


「違わないけど」


ほれ練習、と七海が言うのでスズは微笑む。足を揃え、左手は体の前に、僅かに傾げた顔は穏やかな表情で、上品に振る右手をそれに添える。気品に溢れた、非の打ち所がない微笑だった。広告に偽りなしと証明はされたものの、これでは逆の意味で場にそぐわない。


「お帰りなさいませ神主様」


「上品すぎる……」


「上品すぎるて…初めて言われたわ」


これでは駄目だ、店内の雰囲気が高級料亭のそれになってしまう。もっと俗っぽく、口角を上げ、片目を閉じ、右手はピース。そうしたら震え出した、生まれたての子鹿のようだ。


「義妹を参考にしてみては?」


「箸が転んだだけでわんわん泣いてたのを見習えと?」


「そ…待ってください、その話詳しく」


急に食いついてきたアリシアだったが報復が怖いと口をつぐまれ、まぁいいそのまま行こうと七海はホールへ進んでいく。そこでは既に2人と1匹が接客を行なっていた、2人はいつもの店員、1匹は黒地に唐草模様の上衣と烏帽子を着せられたリコである。それを視認した瞬間に後ろから「ぐふっ…!」とか聞こえてきたが、どうせ振り返ってもアリシアが崩れ落ちてるだけなので無視、にわかにざわめき出したホールの中央に立ったスズは指を広げた左手を突き上げて。


「どもーーーーっす」


「大至急」


「おうおうおう?」


その直後、七海に押し戻された。あっという間に戻ってきたバックヤードへの通路、案の定アリシアが膝をついて壁にしがみついており、「かわいぃ……」などと絞り出してるのをやっぱり無視して肩を掴まれ七海さん苦笑い。


「緊張していないのは褒めよう」


「だって俗っぽくって言うから」


「限度があろうさ!」


その年齢相応、反抗期の娘みたいなのがバイトリーダーとして容認できなかったのは事実だったろうが、いやそれはいいと説教は終わる。急に険しい顔になった彼女は改めてホールの客を確認し、その後スズの耳に口を寄せてきた。


「居る」


「何が」


「昨日言った、妙な野郎じゃ」


「あぁ……」


どれ?と聞くと一番奥と返ってくる。確かにごく普通の男だった、灰色のTシャツとジーンズを着た黒髪短髪、年齢は20代後半ほどに見え、強いていうなら”ただの喫茶店と思って入ったらいきなりお帰りなさいとか言われて混乱してる”ようにオドオドしている。

見覚えは無い、そしてちらっと見た感じ、何らかの魔法的な攻撃力を持っているようには見えず、ただただ本当に”普通”としか表現できない男だった。


「……気のせいじゃない?」


「儂もそんな気はする」


刺客にしては頼りない、七海が言う以上この樹の住人でないのは確実だが、今は祭りの真っ最中、街は観光客で溢れている。強いて言うなら、ここは観光客が来るような店ではないが、あれだけ派手にビラ撒きしたのだから似たようなのはちらほら見える。


「しかしどうも腹に一物抱えてるように見えるのじゃ、ひとまず奴には近付くな」


「おにぎり握るってのは?」


「そんなものいかようにもなる、プロを侮るな」


そこは誇る所なのか?


「よし行くぞ、握りすぎて火傷する覚悟は良いな」


「…………え、ちょっと待って上限とか定めてないの!?」

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