第136話

和風っぽい外観をしているが実際は喫茶店だ。屋根には瓦、壁には土、にも関わらず縁側や障子といったものは一切使わず、ガラス戸のはまった小窓と、押して開けるタイプのドアが備わっている。ドアには丸みを帯びた文体で”商い中♡”との看板がかかり、その手前にある黒板の立て看板には本日のおすすめメニューがぼったくりとしか思えない値段と共に記入されている。

その”しだれやなぎ”と銘打たれた喫茶店の窓から内部を覗いてみよう、東洋建築と西洋建築が合体事故の挙句何が何だかわからなくなった建物は接客ホールの大部分が土足、奥には襖で仕切られた座敷の個室があるがここを使うにもまた料金を徴収される。ホール全体に並ぶテーブルは丸く、申し訳程度の和テイストを醸し出してはいたが、若草色の柄付きテーブルクロスのせいで地中海の匂いの方が遥かに強い。椅子も似たような感じで、ここから確認できるのはそれらの他には何もなく、キッチンで一体どのような調理が行われているか客には一切わからないという室内構成である。


「お帰りなさいませ神主様♡2名と1匹様でよろしいですかっ?」


ドアを開けて入店した瞬間、まず浴びせられたのは甘ーいデレデレ声である。所々切り込みを入れた下に赤い布を当てて重ね着しているように見せかけた白衣っぽい上着と、逆に腰部分を白い紐で固定した緋袴っぽいスカート。さらに眼前の彼女はバイトリーダーである事を示すために向こう側が透けて見える薄い生地に赤色の模様を入れた千早っぽいポンチョを羽織っていて、草履を履く足の片方を上げ、長い兎の垂れ耳と、細かい外ハネのある桃色の長髪を持つ頭を傾げ、とびきりのダブルピースをもって完全無表情のスズを迎え入れた。


「………………」


「ふふ、おおまかな話は聞いておる、帰ってきて早々妙な事件に巻き込まれたそうな?」


とにかく入れと促され、溜息をつきながらバッグ提げたスズと、アリシアと、小型犬用の細いリードを付けられたリコが入店する。ここはペットOKなのかとアリシアが聞いたが、ペットという存在事態が限られた富裕層の趣味になってしまっているため、このような田舎の特殊喫茶にペット云々の規定があろう筈も無く、禁止されてないならいいんじゃね?という結論に至った。物珍しげな視線を受けつつもテーブルの足にリードを固定、椅子に座ったアリシアの膝に毛玉が乗る。


「長旅お疲れ様でした、ただいまお冷やとおしぼりお持ちします故しばしお待ちを。ああ未央さんそちらの神主様ご出立でーす」


さすがバイトリーダー素早い動きである、2人がけテーブルにスズらを座らせると水を汲みに奥へと向かう。おもむろに壁を見てみると人気投票の結果が貼り出されており、1位の所にぶっちぎりの得票数で和名倉 七海(わなくら ななみ)と書いてあった。確かにあのあざとい兎耳と性格なら天職に間違いない、キッチン(包丁の1本すら存在するか怪しいが)に行って戻ってくるまでに他の神主から何度も声をかけられて、つーか神主多すぎねーか。


「頼みを聞くのは良いが、これからあちこち走り回るのであろう?間も無く正午であるしまずは腹ごしらえしておくと良い。これメニュー」


「わー、レンチンするだけの鮭定食が良さげな洋食屋のエビフライみたいな値段してるすごーい」


「申し訳ございません神主様、そちらのお布施には我々の奉仕料も含まれておりまーす」


まぁ仕方ない、理屈の有無に関わらずここはそういう店なのだ。バカ高い中でも比較的低価格なおにぎり2個セットを七海に注文、”鬼ぎり”と書かれているあたりに一抹の不安を感じるが人間に食べられないものは出てこなかろう。「何故オムライスが無いのですか?」というアリシアの質問に対し「卵なぞ使ったらエビフライどころでは済むまい」と返答し、コップとおしぼりを残してまた奥へ。


「それで、最終的にどうなれば目的達成となるのですか?」


「やる事だけ見ればそこらの説話やホラー映画と大して変わらない、仏教、神道、キリスト教どれにしてもきちんと”死ねなかった”魂っていうのは生前の未練に固着するものなんだ。それに当たって必要になるのは自分の魂を縛り付ける場所で、つまり落ち着いて腰を下ろせる地点から手を伸ばしてあのおじいちゃんの首を絞めてるって事。だからそこを見つけ出してしまえれば、後は向こうの出方次第」


できれば平和的に解決したいけど、と続けた所で、去っていったばかりの七海が戻ってきた。なんだと思って見て見れば彼女の両手にはプレートがひとつずつ。


「お待たせいたしましたー」


「いやちょ…いくらなんでも早すぎない?」


「早すぎる言うてもだって店長が大量生産したのをそのまま……こふん、神主様への愛で神速調理しましたぁ♡」


節分でよく見る鬼の仮面みたいなカットの海苔が貼っつけてある、ただそれだけのおにぎり2個と沢庵、白玉ぜんざいのセットだった。おにぎりくらいその都度作れやって話ではあるが、パック詰めされたやつを湯煎とかよりはマシな話である。もうひとつ持ってきたプレートには鮭の切り身が半切れ、水で塩気を流したらしいそれがアリシアの前、正しくはリコの前に置かれた。


「すまんの、我がしだれやなぎに畜生向けのメニューはないのじゃ」


「畜生……」


畜生も畜生、犬畜生(いぬちくしょう)である、実はこれ仏教用語で、神と人間以外のすべての生物を指す。生前愚痴ばっか言ってた奴は来世で畜生に生まれ変わるらしく、そこから転じて動物みたいに欲望丸出しの人間を罵倒する言葉に、いつしか意味が失われ単に相手を罵倒、もしくは悔しさを表現する”チクショウメェェェェェェ!!”という言葉となったのだ。

要するに、人間に対する献身者、懲罰者である兎の救済対象にリコは入っていないという事である。


「ちなみに七海さん自身の料理の腕前は」


「はははははは。……相談を聞こうか」


流しやがったなとか考えつつも、持ってきたバッグを開け、アリシアの膝から身を乗り出して焼き鮭をがっつく毛玉を避けてアルバムを置いた。ここに来る前に義龍から借り受けた半世紀前の卒業アルバムである、あの老人の旧友の名前がすべて、古びた白黒の集合写真付きで載っている。


「この平賀左衛門さんの当時を知ってる人を探してるんだけど、まだ生きてる人はいる?」


「…………今年で73か、なら迷うこたない、この樹全体で4人しか生きておらぬ。その中であれば…ほれおった」


開かれたアルバムのページのうち、ぴしりと1人の名前を指差した。

理屈はよくわからないが、一度見たものは忘れない、人間の顔ならなおさらと本人は良く言う。直観像記憶という、目で見たものを映像のように記憶できるらしいこの能力は別に兎だからという訳でなく、生まれたばかりの赤ん坊は全員持っている。歳を重ねるにつれ失われ、通常ならば思春期を迎える前に消滅するものだ。しかしごくごく稀にこういう人間が出てくるようで、上げ足を取るなら脳が子供のままとも言えるが。

とにかく、このアルバムと彼女のたった一言で、本来なら予定されていた、一切のヒント無しにこの広い樹上を当てもなく歩き回る事はしなくてよくなったのだ。とはいえ問題はこれから、半世紀前の出来事をこの老人が覚えていてくれなければいけないし、何よりまだスタート地点にも立っていない。


「これから向かうのかね?」


「うん、時間が無いんだ」


「ほう、ふむ…なら案内してやろう。すまぬ店長!本業の方で仕事ができた!」


「えっ?いやまだなんも言ってな……」


僅かばかし七海は思考した後、スズに口を開く暇すら与えず(ついでに七海推しだった他の神主を落ち込ませて)三度奥へ引っ込んでしまい、そしてそのまま戻ってこなかった。いきなりの事態に慌てておにぎりを口に入れ、冷えてはいないけど生温いな!とか言いながらアルバムをしまって席を立つ。


「……アリシア?」


「…………は……いえ、明らかに背が足りないのに精一杯背伸びして食事するリコの天使としか思えない姿を見てCPUが幸福感処理に追われてなどいませんよ?」


「細かい説明どうも、とにかく行くよ。すいませんお会計……あ、お布施ー!」

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