第126話

皇天大樹地表東端

海軍工廠

嘉明




状況は好転した、とはいっても、教導隊の仕事がひとつも無くなるなんて事は無かった。

市街地戦においてこれほど役立たない兵器も珍しいと上空の女神は言う。確かに、そのヘリコプターという物体は教導隊が港に辿り着くまでの間、砂浜を機動する歩兵を青白い光線で、進路を阻んだ装甲車両を20mm弾やロケット弾、場合によっては自動追尾を行うミサイルで一方的に薙ぎ倒していった。建造物の立ち並ぶ港湾施設においてもその火力投射能力は変わらず、物陰に隠れた人間でさえ何らかの方法で探し出し焼け焦げた死体の山を築いていったが、分厚い壁の裏側なら安全というのを敵兵が学習した段階でその勢いは急速に衰えてしまった。ここは軍港ではないが軍艦を建造する場所であり、ある程度の防備は整えられている。進水を終えた艦へ装備や上部構造物などの設置、建築を行う艤装岸壁で密かに準備を整える軽巡洋艦夕張までの間には複数のトーチカ(鉄筋コンクリートで作られた防御陣地)や強固な建物があり、およそ1000人の歩兵が守っている。だが言うなれば居るのは歩兵だけだ、特務教導隊の指揮下には歩兵こそ200人しか残されていないものの、2輌のルノー軽戦車を筆頭に四輪装甲車7輌、70mm迫撃砲4門、及び1門の15cm榴弾砲が健在である。更にヘリコプターが空にある限り、敵は増援も航空支援も受けられない。

であれば後は攻めるのみ、戦力差など意に介さず、その為の精鋭、その為の諸兵科連合。


「迫撃砲隊!拡散砲撃!俺の位置から真東550メートルだ!機甲隊は進み続けろ!」


単純な話である、砲兵が衝撃を与え、騎兵が蹂躙し、歩兵が制圧する、古くから続く基本戦術だ。あいにく馬はいなかったが、装甲戦闘車両がそれを代替する。諸兵科連合の利点は互いの弱点を補いつつ、この戦術をひとつの部隊内で完結して行える事にあり、逆に、他兵科の支援を受けられない単兵科というのは基本的に虐げられる存在でしかない。

爆炎の花が咲く工廠中心部へ向かって堂々と行進する車両部隊は自身の火砲や機銃でもって慌てふためく敵兵を蹴り散らかし、小口径砲の反撃により1輌また1輌と撃破されつつも次々と防御陣地を突破、遂に夕張を視認する。


「おいアレ未完成じゃねえか!!」


その段階において、黙ったままずっと戦闘の様子を眺めていた嘉明の第一声はそれだった。


「完成してますよ、ただ自走した事が一度もないってだけで」


「それを未完成と言うんだ!ってうおっとぉい!」


奇跡的に生きたまま合流できた副隊長とそれだけ会話し、直後にルノー軽戦車の片方が爆散した事で状況を思い出す。陣形中央で守られる無装甲トラックの荷台に慌ててへばり付き、ぱらぱら降ってくる破片を受けながら指揮を続ける武川をちらりと見る。どうにかかき集めた残存戦力が瞬く間にすり減っていく様に少し悲しげな顔をしていたが、その目に迷いは無く、付き従う部下もただ1人さえ逃げ出そうとしない。


「隊長!航空支援を要請するべきです!」


「向こうから見える場所に砲があるならわざわざ要請しなくたってとっくに撃ってるだろ!我々が撃たれ続けてるって事は発射点がどこかわからないって事だ!」


現在状況を確認すると、迫撃砲と榴弾砲で砲撃を行いながら装甲車を縦に並べた陣形でまっすぐ前進、飛び出してきた敵兵は周囲に展開する味方歩兵に撃たれるか、もしくは空中で静止するヘリコプターのレーザーによって焼かれていく、戦況は未だこちらに有利である。しかしそれも装甲車が全滅するまでの話、合わせて残り6輌となったそれがいなくなれば200人しかいない歩兵は盾を失う。歩兵を守ってくれる機甲部隊を歩兵が守らないといけないというのはなんだか矛盾しているが、諸兵科連合とはそういうものだ。

とにかく、どこかの建物内に隠されているであろう対戦車砲を歩兵が探し出し、機甲部隊、砲兵、ヘリコプターのどれかに撃破させなければならない。


「貴則(たかのり)!2個小隊連れて10時方向にある3階建ての建物を制圧しろ!発射点は8時から10時までの間にある筈だ!探せ!」


「俺ですか!?」


「他に誰も残ってない!」


驚く声を上げたものの、貴則と呼ばれた副隊長は俺ですか!?のおの字を言った時点でライフルを掴んでトラックから飛び降りていた。左翼に展開していた歩兵を引き連れ先行し、離れていくそれを装甲車の機銃が支援する。この時点において歩兵を守る為の機甲部隊を守ろうとする歩兵を機甲部隊が助けているのだが、それが諸兵科連合、細かく言えば歩戦共同である。


「陛下!間も無く到着しますがそう長く時間は取れません!迅速な行動をお願いします!」


「むしろ俺は手伝うべきじゃねえのか?」


「自分の命の重要性をご自覚ください!」


そういうの嫌いなんだけどな、と呟くも自覚があるので何もしない。荷台の壁に隠れながら後ろを確認すると、非常事態ゆえライフルを与えられた水蓮が座射体勢で背後を警戒しており、そのすぐ隣でうつ伏せにうずくまる小毬、犬入りケージ。やる事が無いのには慣れている、だが話し相手は欲しいなと、匍匐前進で後部へ。


「徹底的に威厳が無いのね貴方」


「威厳で飯は食えねーんだよ」


「食えるのよ…てか食えてたでしょ……」


両膝を立てて座り、三八式歩兵銃を構え、立てた両膝にそれぞれ肘を乗せる事で体勢を保持、体の正面をやや右に傾ける形で銃口を真後ろへ向ける水蓮は、這ってきた嘉明に対してまずそう言い、視界内で何か動いたか銃身をピクリと震わせる。それは背面攻撃を仕掛けようとした敵兵だったが、水蓮が発砲する前に他の味方によって排除され、軽く息を吐いたのち銃口は元の位置へと戻った。


「どうしてこうなったの?」


「それは俺にもわからん、だが直接の原因としてはアイツが平和的解決手段を一切取らない事にある。相手が何であろうと敵と見れば即刻排除だ、こういう風に」


話しながら周囲を指差す。

あくまで結果だけ見れば葛葉のやってきた事はすべて一定以上の効果を上げてきた、特に経済の躍進は目覚ましいものがある。20年ほど前にあった大戦でもそうだったし、冷たい解釈をしてしまえば、払った犠牲以上の利益を必ず手に入れてきた。

だが人民を燃料として成り立つ世界は駄目だ、それじゃ意味が無い。国にしろ大樹にしろ人民が暮らす為の機構、概念なのだから、そんな本末転倒な経済は許されないし、何より民心を失った組織が良い思いをした事は無い。葛葉とてわかっている筈だ、いくら富を積み重ねたところでこのままでは破滅を迎えてしまう。


「部外者の意見だけど…なんていうか間引きしてるように見える」


「間引きだと?人間をか?」


「そう、意図的に人口を減らそうとしてるんじゃないかしら。陸地が現れた理由と、今年に入って樹の成長が加速してる原因に関係してると思うんだけど、何か知ってる?」


「ああそりゃ……」


人為的なものだ、葛葉がやっている。


「簡単に話すと、他の樹から栄養をぶんどって、この樹を成長させ、水を吸い上げる。大樹に限らず植物ってのは見方を変えればポンプみたいなもんだろ?だからアホみてーに高い樹を1本立てて、海水を放出させれば、宇宙に水を捨てられるんじゃねえかって考えてんだよ」


「本気?」


「どうにもな」


植物の幹には必ず水の通る道がある、根を使って土から吸い上げた水を体全体へ分配しており、植物かどうかは不明だが大樹にも存在する構造である。だから枝でも幹でも導管を傷付ければ水が出るし、根から供給され続ける限り止まる事は無い。その点から考えると確かに、成層圏(〜高度50km)も中間圏(〜80km)も突き抜けて熱圏(80km〜)までぶち抜ければ、宇宙から降ってきたぶんの水を宇宙に戻す事も可能、のような気もしてくる。いや実際問題20km足らずの大樹でもってここまでの陸地を獲得しているのだ、既に実証を終えている。


「……わかった、可能という前提で話を進めましょう。他の樹から栄養をぶんどってと言ったけど、それはどうやって?」


「枯らして」


「枯ら……」


聞き捨てならない事を、と思ったようだが、その時点で副隊長が仕事を終えた。無線機から聞こえてきたのは37mm狙撃砲の設置場所で、それを認めた瞬間、武川は砲兵へ位置を伝え、生き残ったルノー軽戦車が砲塔を旋回させる。


「撃てぇ!」


叫んだ瞬間、左前方にある建物が小爆発を起こし、続いて空から降ってきた砲弾によって屋根を喪失。

それから後は滅多打ちだ、迫撃砲弾の効力射によって建物ごと崩壊する中歩兵と戦車からも射撃が加えられ、最後に15cm榴弾が爆発、もし砲が無事でももはや射撃不可能と一目でわかるほど、轟音をかき鳴らして単なるコンクリート片の山と成り果てた。


「間も無くです陛下!走る準備をしてください!」


夕張との間に遮るものが何も無くなった頃、武川からの最後の指示、陣形変更を始めた機甲部隊を追い越した4トントラックは岸壁へとひた走る。縦隊から一斉転回して横隊へ切り替えたそれらが壁を作り、さらにあらゆる遮蔽物に歩兵が取り付いた。突破には成功したものの1000人もいる兵士を殲滅した訳などではなく、嘉明らが艦に乗り込むまで耐え続けねばならないのだ。だからすぐさま会話を中断、架け橋手前で急減速したトラックから、ケージと小毬を小脇に抱えた上で嘉明は飛び降りた。またこれぇぇぇぇ!とか喚く小毬を無視して水蓮を伴いつつ疾走、一目散に夕張へ。


「右から来るぞ!何としても踏ん張れ!機甲隊はもう少し……って…」


そこに女神が舞い降りた、全身に武装を施した金属製の女神だったが。


「なんだこりゃ……」


「早く中入って!貴方の安全が確保できないと終わらないんだから!」


味方を守るかの如く地面近くまで降下してきたアリシアの操縦するヘリコプターは下部に搭載した砲塔を180度反転させ、2mはあろう六角形の発振器を敵に突き付ける。回転するローターの騒音と共にエネルギー充填を行う高周波を鳴らすや、総攻撃を指示されただろう一斉に飛び出す敵兵を片端からなぎ倒し始めた。

敵を識別、照準、照射、命中を確認、充填しながら次目標を選定、照準と、なかなか多い行程を踏んでいるものの、1サイクルをこなすまでにかかる時間がどうにも人間に測れる速度を超えているため、はたから見ればまるで散弾銃、超高速で動き回る砲塔から光の筋が撒き散らされているようにしか見えない。それが終息する前に、兵士の絶叫が響く中艦橋内部へ、そこで小毬とケージを降ろす。


「お待ちしておりました陛下!さっそくで申し訳ありませんがこれを!」


「あん?」


この艦の艦長、いや竣工を迎えていない以上まだ艤装員長であるが、彼は素早く敬礼したのち携帯無線機を差し出してきた。受け取りながら艦橋へと上がり、辿り着いたと同時、夕張の蒸気タービン機関が生まれて初めて唸りを上げる。


『無事ですね?』


「おう、おかげさまでな」


その頃にはレーザー照射も終わっており、僅かに残った味方歩兵も乗艦していく。装甲車を守る位置から夕張直上に移動したアリシアは無線機越しに質問したのち、ヘリコプターの尾部を振り回し進路を海原へ。


『では我々は次に向かいます、後からついてきてください。それから…ありきたりな言い方になってしまいますが、あまり気を落とさないよう、あれは彼自身の意思によるものです』


「は?おいそれどういう……」


と、それを言い残してヘリコプターは言ってしまった。最初は意味がわからなかったが、ありきたりな慰めの理由は左


「……隊長さんはどこデス?」


既に外された橋の向こう側で、副隊長と、数名の兵士、装甲車と共に手を振る武川にあったようで


「おい何考えてやがるバカヤロウ!戻って拾え!」


「陛下!最初から決まっていた事で…!」


動力をスクリューへ伝達した夕張がゆっくりと加速を始め、最後の支援攻撃、及び礼砲の意味を込めて14cm砲6門が咆哮する。この艦に乗っていない彼らは見る間に小さくなっていき、逆に、抵抗を受けなくなった敵兵が溢れ出す。


『全員が脱出に成功してしまったら奴らも足の付け所を失ってしまいます、後の事はお任せあれ』


「冗談言うな!死ぬだけじゃ済まねえんだぞ!」


『では、お元気で』


完全に皇天大樹へ背を向けた夕張の艦橋から身を乗り出し、周囲のあらゆる人間から体を引っ張られつつ叫ぶも、辛うじて返ってきた無線機からの返答は3つだけ。


『こんな事が嫌なら振り返るな』


喚く嘉明を躾けるが如く、

それを最期に、彼らの姿は敵兵の体で埋め尽くされていった。

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