第114話

「日依はあなたも連れて帰ろうとしているようです」


「私?どうして?」


「詳しくは聞いていません、ですがここまでの騒ぎを起こした以上、目と鼻の先にあるセーフハウスが発見されるのも時間の問題でしょう。責任を感じているのでは?」


「ああ、まぁ、あんな居ると知られたら血眼で探されるような大物が来るとは思ってなかったし、もろもろ潮時でもあるから、逃がしてくれるなら拒否する理由は無いか……」


膝に乗せた小毬の頭からヘアゴムを外してサイドテールを解きつつアリシアが言う。

ある程度の組織を構築してはいるものの、西洋人は水蓮だけであり自らがいなくなればそれだけで消滅する。悠人を含めた彼ら全員は水蓮抜きで反政府活動を続けるか、また事態が動き始めるまで潜伏するか、もし未練が無ければ普通の生活に戻るだろう、政府が壊れているのは事実ながら、ここで暮らすぶんにはどうでもいい事なのだから。


「ではその方向で話を進めます、持ち場を離れる事について上層部の許可は必要ですか?」


「必要、でもどうせ許してくれないから何も言わない。そもそも、2日前の朝の時点で報告を止めているのだし」


「……何故?」


納得するしかない理由だ、非常に明るい希望も残されている、異論を唱える者はいないだろう。帰ったらあらゆる証拠を抹消して、無線機も破壊して。


「今まで嘘ばっかつかれてきたんだから、少しくらいつき返してもいいじゃない」


なんて考えながらぽつりと言ったら、そういう言葉が出てきた。何言ってんだろうとは思うが、失言じゃないと感じるのは寝不足だからか。

そもそもの水蓮の目的は変わっていない、お金を稼ぎたいだけなのだ。しかしこの2日間で何かが芽生えた、このまま深い事を考えず上からの指示に従ってさえいればそれは達成されるというのに。今になって、学校で教わった嘘まみれの事実が胸に引っかかる。


「ん…来た?」


そこでようやく館に動きがあった、玄関扉が開き、中から人。


「陛下がお呼びです」


どうやら拒否されたりはしなかったようだ、軍人ではない使用人が馬車までやってきてそう言うので、いい加減腹をくくって席を立つ。


「水蓮」


降車したのち深呼吸、よし行くかと呟いたが、招かれるまま玄関へ向かう前にもう一度アリシアから話しかけられ。


「あなたはスパイに向いていません」


「知ってる」


短く返答、改めて足を前に。使用人の開ける扉を通って、玄関で靴を脱ぐ、こっちの生活も長いのだ、今更土足のまま上り込んだりはしない。


「……たよ…出ちゃったよ俺の嫌いなやつ…」


中に入った途端に話し声が聞こえてくる、声が大きいというよりは屋内が静かすぎるのと壁が薄すぎるという感じで、通路の左右はどちらも障子か襖(ふすま)、台所や浴室は館の奥に押し込まれており、すべて開け放てばひとつの巨大な空間となるだろう。やけに凝っている、西洋人からすればあり得ない間取りだが。ひとしきり観察を終え視線を前へ固定、そうするとしかめた顔の額に手を当て俯く赤い狐が見えた。


「なんでだよ別にいいだろ母親が狐なら娘も狐でいいだろ!!遺伝子的には母親の方が影響強いんだから両方狐の必要ねえだろ!!それとも何か!?貴様は狐耳のオッサンが見たいとでも言うのか!!!!」


「じっ自分は別にぃ!!」


いややっぱり声もでかいな。


「来たか、状況は聞いての通りだ」


「……え、どういう状況?この騒いでるオッサン誰?」


「………………」


通路で待っていた日依は水蓮が到着するなり顔を上げるもすぐまた頭を抱えてしまった、誘導してきた使用人はそそくさといなくなり、ただ障子の向こうからどすんばたんと振動が響く。


「狐耳ってのはなぁ!!女じゃないと意味がねえんだよぉ!!例えるなら扇情的なラインに添えるアクセントのような……ちょ待て待て待て!オーケー俺が悪かった!だから真剣はやめろ!マジでやめろ!!」


「そうだな、説明すると……いいや見ろ、とにかく見ろ」


日依は話をまとめようとしてくれたが僅か3秒ばかしで諦め、彼女の手により障子が開けられる。


「お…?」


室内では太刀を振り下ろすスズと、乱れ刃の刀身を白刃取りする着物の男と、その様子を見て慌てふためく軍礼服の男が、3人揃っていきなり現れた水蓮に目を向けていた。


「隠れ家を提供してくれた西洋軍のエージェント」


日依の大雑把すぎる紹介を受け、とりあえずといった感じにスズが太刀を引く。スポーツ刈りの軍人は置いとくとして、くすんだ金髪の着物男は水蓮の顔を見るなり放心してしまった。

さて問題である、天皇陛下はどれか。


「…………どれ?」


「それだよそれ、アホだって何度も言ったろうが」


それ、

わりかし本気で殺されかけてたこの妙ちきりんの事か?


「へ…陛下?」


「いかにも」


ちょっと半笑いになりながら言ってみる、すると急に立ち上がった今上天皇嘉明様、スズからのじとーーっとした視線を無視しつつ、打って変わって凛々しい表情となった彼は素早く水蓮に近付き、そして両手を取った。


「娘が世話になったようだ、俺からも礼を言わせて欲しい。しかし許してくれ、今すぐに褒美を取らせる事はできんのだ」


「え、えー……」


対応に困って日依へ助けを求めるも、思いっきり目を逸らしてまた額に手を当ててしまっている。いきなりの豹変ぶりと、彼の事前情報、そして親族の反応から察するにどうやら自分は気に入られたらしい、しかし微笑みながらそんな事言われても困るし、本来なら尋問なり何なりしてあらゆる情報を吐かせなければならないのだがもはやそんなもんどーでもよくなってきたし

無論、真の意味でスズの義母になる気も無い。


「恐れる事はない、俺は君の味方だ、たかが人種の違いで邪険に扱う必要がどこにある。そう!来るべき泰平の世を思えばそんなもの!」


「お前の性癖と過去の所業は事細かに教えてあるからな、無駄だぞ」


「……ぐ…!」


ようやく助けに入ってくれた日依の横槍に微笑を歪ませ、半笑いで返して一緒にえへへと両手を離す。その後、さっき騒いでた時と同じだろう形相へと変貌。


「どうしてそんな余計な事をすんだ!!」


「こうなるってわかってれば対策くらいするだろうさ」


「対策ってなんだよ人の恋路を邪魔すんじゃねえ!!大体貴様は義父に対する尊敬が足らん!!」


「だったら少しくらいは尊敬される努力をしてみろやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


そしてまた始まった。


「……どうして西洋軍はここ落とせなかったんだろう…」


「陛下の尽力だと信じていたが今はっきりした、我々軍人が頑張ったからだ」


思わずぽつりと呟くと傍のスポーツ刈りがやはり思わず答え、それから自分達が敵同士だと気付いて眉を寄せつつ距離を取る。


「とにかく!」


で、叫び合いの勢いそのまま日依が言う。嘉明の前から離れ、スズから水蓮までをざっと指差しながら。


「既に当初の制限時間ギリギリだ、脱出するぞ、夜明けまでにすべての準備を終わらせろ!」

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