第99話
まず最初に言っておくと、この時代のバイクのサスペンションは無いといっても良いほど簡素なものである。
「スズ、急いでください」
「待っ…!お尻が…!あかんて…!」
自転車の荷台に座って二人乗りした事はあるだろうか、あれだけでも十分来るが、今回は道のり11km、ルートの大半が無舗装で、最大速度は160km/hに達した。良い子も悪い子も絶対に真似してはいけない大暴走により5分かそこらで現場へと到着、スズの骨盤を生贄に差し出す事となったが、のろのろと荷台から降りる彼女をよそにアリシアは素早く降車し腰のウッズマンを引き抜いた。ナイトビジョン映像に付け加えサーマルまで乗算、林の中を逃げ回る小毬と追いかける男性を正確に捉える。セイフティを外し、初弾を装填しつつも観察を続けると、男性の動きに違和感を覚えた。どうにも無駄な動きが多いというか混乱しているというか、何やってんだ俺?みたいな。
「ひぃ…ふう……よし、よーし」
「道路の左側、距離60メートルで小毬が交戦中です。私が注意を引きますのでスズはその間に反対側へ回り込んでください」
「いいの?そんな時間かかりそうな作戦で」
「幼い頃、途中で自分の行動が間違っていると気付いたにも関わらず何かと理由を付けて行動を継続し意地でも自分の非を認めない友人がいませんでしたか?」
「ん…?そりゃいたよ、すっごい頑固なのが」
「動きの悪さから察するに今回の相手はそういう人間です、殴れば止まるでしょう。小毬を殺すつもりはないように見えるので、こちらも相応の対応で」
指でさっさと行けと指示、はいよと言いつつホルスターからガバメントを引き抜きサプレッサーを装着、スズは暗闇に消えていった。改めてアリシアは相手を見据え、体の右側をそちらに向ける。体勢そのままウッズマンを右腕1本で構え、左腕はレーザーの準備をしながら腰へ。姿勢を完全に整えてからトリガーガードの内側に指を入れ、そこから半秒で照準を終えた。
正直な話、射撃姿勢を取らずとも撃てるのだ、どんな状況、どんな体勢からでも精密射撃を行える性能がアリシアの腕にはある。構えたのは気分以外に理由は無く、片手撃ちを選んだのも握っているのが競技銃(レースガン)だからというだけである。
「ッ!」
パン!という軽く、他の拳銃と比べて明らかに小さい発砲音。その分反動も小さく、ついでに威力も小さい。ガバメントの45口径弾、実寸直径11.5mm(100分の45.1インチ)にくらべてウッズマンの22口径弾はほぼ半分の5.7mmであり、弾体もそれなりの重量しか無いためだ。そもそも競技銃、人を撃つ想定はされていないが、まぁ腐ってもロングライフル弾、必要最低限は満たしているしその扱いやすさと静かさから特殊部隊に採用された事もある。
ちなみにもっと威力の低い弾もあり、こんなジョークが存在する。
.22ショート弾で人を撃ってはいけないよ、何故だって?撃たれた奴は本気になって怒るからさ!
「助けぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
こちらの存在に気付いた小毬が絶叫する中有効射程ギリギリ外側、60mの長距離を飛んだ弾丸が男性の髪を何本かちぎり取った。よく見るとかなり若い、スズや日依と同年代の少年である。自分の後頭部直近を掠めた弾丸にすぐ気付き、急停止しつつ体の正面をアリシアへと向ける。これで小毬が離脱する時間が生まれた、後は適度に射撃を続ける事で日依にも近付けさせないようにする。逃げるようならそれでよし、逃げないようならスズが後ろから一撃加えて組み伏せればいい。
が
「ちょ……」
半泣きの小毬さん、まっすぐこちらに走ってくる。そうじゃない、まったく関係無いあさっての方向に逃げて欲しかったのだ。こうなると少年の選択肢は無くなってしまう、狙いを小毬とアリシアどちらにするにしろ一方向に向かえばいい上、アリシアから見ると射線に小毬が重なって撃ち難い。
「馬鹿!」
既にだいぶ離れた位置まで行ってしまっていたスズが慌ててUターンするのを視界の端で捉えながらも何もできないアリシアはじっと我慢、右横を走り抜ける小毬を見届けてからの射撃再開である。もう20mの位置まで迫った少年へと猛烈な連射を見舞う、数秒で9発の残弾を撃ち尽くし、そのすべてを最低限の左右移動で避けられた為、右手のウッズマンを引き戻して代わりに左手首のレーザーガンを突き出す。残り距離15mで0.5秒の威嚇照射、つまり避ける必要も無いほど意図的に外した。銃口初速マッハ1ちょいの.22LR、いやその時点でもう近距離射撃を回避できる人間はどこぞの探偵の娘くらいなのだが、それに対して光そのものであるレーザーはマッハに直すとおよそ88万、もはや避ける避けないとかそういう話ではなくなってくる。腕時計サイズのこの照射機では出力が足らず銃というより剣のような使い方でしか十分な殺傷力を得られないが、10数m先のタンパク質を焦がすくらいはできる。
「次は当てますよ!」
地面の枯葉を音を立てて焼いた光線を見せられても少年は止まってくれず、大きく左へ進路変更、細い菱形の水晶を投げつけつつアリシアの腕先から逃れるような円運動を始めた。最低限の動きでそれを回避しウッズマンの弾倉を排出、握ったままの右手で腰の予備弾倉を引き抜き、真上へと投げる。
「ッ…!?」
8mの距離から直撃コースで飛んでくる水晶を右手の甲で殴って粉々に破壊して見せると、無表情を貫いていた少年がようやく驚きの表情を見せた。落下してきた弾倉をそのままグリップ内部へ突入させうまく速度を殺しながら装着、スライドリリースにより発射準備を終える。だが発射する前に格闘戦距離まで踏み込まれてしまったため、槍での攻撃を始める前にこちらから更に距離を詰め左手で柄を掴み取った。勢いよく引っ張り、回し蹴りの抵抗を右腕で受け止め、柄を離した左手で腹部へアッパーを見舞う。先程の水晶を見て外見に似合わないパワーがあると気づいていたからか、インパクトの前にし少年は飛んだ、後ろにおよそ10m。
その直後、少年の背後から弾丸が飛んできた。火薬の爆発音をサプレッサーで拡散させ、音速以下で飛ぶためソニックブームも起こらないガバメントの射撃だ、本当はもっと距離を置いて挟み撃ちにしたかったのだが、現在ハーレーの車体に隠れて震えてる小毬のおかげで結果行って戻ってくるだけとなったスズの登場に合わせてウッズマンも照準。これで詰みだ、後は殴るか手を上げさせるか、最悪足に1発撃ち込んでしまえば絶対に止ま
「って悠人(はると)!?」
誰だ。
「っ…………」
「あ……えっと…大丈夫、仲間だから……」
挟み撃ちに気付いて背後に顔を向けた瞬間、スズと一緒に両目を見開き固まってしまった。たっぷり5秒沈黙したのちまずスズが回復し、ガバメントの銃口を逸らす。
状況不明ながらとにかく決着したようだ、まったく無言のまま少年の槍が地面に突き立てられたのを確認してからウッズマンのセイフティをかけホルスターに戻す。しどろもどろなスズが次の言葉を考えている間にアリシアはハーレーの方向へ、ソードオフを握ったままキョトンとしている小毬の狸耳を割と強く引っ張り上げた。
「なんで!?なんで!?」
「次の戦闘が始まる前に銃というものを熟知しておくように」
で
「止まれっつっただろぼけなす!」
やっている間にスズへ背を向け消えようとしていた少年だったが、その前に頭をひっぱたかれた。
左手で腹部に押し付けるタオルは赤く染まっているものの、少なくとも苦痛は和らいだらしい日依がのろのろと暗闇から出現、止まれと言われて少年は止まる。もう戦闘意思は無いようだ、一言も発さないが警戒を解いている。
「まったく変わっとらんなお前は、一度焦るともう駄目だ、視野が狭い、それも極端に」
「日依?」
「ああ大丈夫、血は…うん止まったし、なんかもうそんなもんどぉーでもよくなってきた」
「ちょ…ちょっと…?」
にやにや、というよりはへらへら笑う日依の肩を掴んで揺するスズ。そうだったとアリシアも走り寄って、まず傷口を確認する。
「……ああ、この常識外れな回復力を考慮に入れていませんでした」
「つまりこれは…どういう状態?」
「モルヒネというのは痛覚と関係ない神経を興奮させる事によって痛みが脳へ達するのを阻害する薬です。ダウナー系という麻薬で、要するに人間を強制的に落ち着かせる効果を持ちます。負傷によってそもそも異常興奮している相手に投与すれば交感神経を正常に戻す、鎮痛剤以上の意味を持たないものですが、日依の場合は自分自身の治癒能力によって薬が切れる前に痛みの原因そのものを取り去ってしまうので、交感神経は正常値以下の、極度に落ち着いた状態となってしまい……」
頬をつねる、反応が無い。
「俗な言い方をしてしまえば、完全にキマっているのです」
「マジか……」
「そちらの方、運んでください」
「……」
スズ苦笑い、少年無表情。とにかく拠点に戻ろう、誤解は解けて、しかも知り合いらしいので、少年に手招き、日依を担がせる。
「それで、説明はして貰えるのですよね?」
「ああうん…幼馴染とはちょっと違うけど……」
少年を追って大樹方向へ、途中でハーレーを回収、三菱A型は放置。唸ったスズは少なくともと前提し、まったく何も喋らない少年を眺めながら。
「昔のあたしを知ってる人」
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