第57話

もしかしたらまた居るかもしれない、そう思って同じ時間に公園まで行ってみた。

居た時の事を考え気配を消す、音や振動含め、自覚はまったく無いが常に垂れ流しているだろう力の放出もできる限り抑えて高級住宅地へ。この2日であらかた脱出してしまっただろう金持ち共の住処は街灯以外に灯りが無い、肝試しには最適な感じの暗闇を通り抜け公園へと向かう。連絡船は欠航、飛行場も閉鎖されているのにこいつらどうやって脱出したんだ、漁船か?とか考えながら通りを抜けた所、昨日と同じく彼女はそこにいた。ただし、明らかに異常がある。

街灯に薄く照らされる円花は枝端の手すりにすがりつくようにへたり込んでいた。正面に広がる下層の街並みを眺めながら、肩は少し震えているように見える。


「え……」


目に収めた瞬間に気が抜けてしまった、スズから放出されただろう気配を察知し彼女は素早く立ち上がる。まさかこんな場面に遭遇するとは思っていなかった、気まずいながら走って逃げる訳にもいかず、そろりそろりと円花の横へ。


「……お前か」


手すりを掴んだ頃には昨日と同じすました顔になっていた。何を話せばいいかわからず少し黙り、その間に風が吹いて一斉に葉が鳴った。


「その…何か悩みがあるなら……」


「いや、大丈夫、なんでもないんだ」


やはり理性的だ、鬼に変質していながらちゃんとした自我を保っている。ありえない事ではない、前例はいくつかある。しかし通常、人から成った鬼というと、変質した、もしくはそれを自覚した時点で少なくとも良心は失われるものだ。再確認する度に彼女の不自然さは際立っていく。

それから恐らく、今のでこちらの実力は知られてしまった、意図的に気配を消すなど普通に暮らしているぶんにはやろうとも思わないので、それが出来るのであれば相応の能力を持つ事になる。場合によっては芋づる式に身分も割れるだろう、少し前アリシアに話したが、スズほどの若さ、簡単に言えば子供が天狐になるなど、よほどの血を持っていなければ実現し得ないのだ。


「……親の顔を知らないって言ってたけど、今までどんな暮らしをしてたの?」


「物心が付いた頃には孤児院にいたな、1人で食べていけるようになってからはそこを出て、ふらふらとあちこちを」


「ここにも同じように、たまたま寄っただけ?」


「ああ。……いや…それは………」


そう質問していくと、円花は言い淀みながら俯いた。手すりを握りしめ、顔を下に向けたまま。


「すまない…昨日は嘘をついた…ここに来た目的は観光ではない」


言われた時にはわかっていた事だ、それに驚く謂れもない。が、自ら打ち明けてきた点には驚いた。できるだけ顔には出さないようにしながら、話を続ける円花の顔を見続ける。


「もうすぐここに奴が来る、両親の、皆の仇だ。私は奴を討つためにここへ」


それもわかっていた。


「奴って?」


「よくは知らないんだ、皇天大樹の出身者だとは突き止めたが、調べた限りはただの人間で、私の父を殺せるほどの相手だとは思えなかった。父は刀工で呪術も扱えたらしい、相応の力が無ければ相手にもならないのだが、何か仕掛けがあるのか……」


「…………」


いい加減他の理由にしてくれ、とまず思う。

翔京大樹がワイルドハントに襲われたのは20年前、当時スズは生まれていなかったが、実の父と母は入籍前ながら既に出会っていた。アホオヤジは間違いなく何も考えていなかったろうが、宝石に彫刻を施す事は可能だった。もう1人がお願いして、本人の知らぬ間に、とかそんな感じだろう。


「要するに、あの台風に用があるんだよね」


「そうだ」


「勝てると思う?」


「勝つ、必ず。そのためなら何でもする」


俯いていた顔を上げ、円花は再び夜景を眺める。

その目は鋭く、決死の覚悟を表すように。


「……その、何でもっていうのは」


「言いたい事はわかっている」





「な……!」


一体いつの間にやられていたのか、首から下が動かないのにようやく気付いた。スズが四苦八苦している間に円花は手すりを離れ、背を向ける。


「すまない、お前ならすぐに外せるだろう」


「っ!何のためにそんなこと…!」


「勝つために」


言いながら彼女は右手を上げ、指を開いた。

直後にビシリと亀裂が走る。


「”これ”が目を覚ますまで私は止まらない」


その空間を切り裂くように開いた亀裂の前、最初からそこにあったかの如く出現した柄を握り、一気に引き抜く。

現れた、噂ばかり立てて表に出てこなかった、銀に輝く大太刀が。


「無関係な人を殺して、それで満足できるの!?」


「私の感情は問題ではない、これの呪いを晴らすためにはこうするしかないんだ」


「そんなこと本気で…!」


「当然だ」


円花の足が歩を再開する。

その姿が闇に消えていく。


「この時のためだけに私は生きてきたのだから」

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