第56話

1.並走しながら時限信管と榴弾を組み合わせた対空砲弾で攻撃。

2.艦を投錨固定し踏ん張りを効かせた上で待ち構える。

3.つべこべ言わずに突入。


「3で」


「提督?」


選択肢がそれしかないと判明した段階で雪音は即決した。

三笠の長官公室に集まった艦長と副長、日進の同じく艦長と副長。雪音を含んだ5人で囲んだテーブルには人数分のコーヒーカップと海図1枚がある。それ以外には給仕2人、台車に乗せられたコーヒーセット(艦長私物)。

この艦隊の提督さんは1度の強行偵察、つまりワイルドハントとの接触を決定した。あくまで偵察の延長である、小さい豆台風とはいえ直径80km、高さ9.5kmあるのだ、そのだだっ広い範囲内に敵戦力が満遍なくばらまかれていると仮定した場合、最大射程13.7km、仰角15度しか上がらない主砲4門で全域を攻撃できるとは誰も考えていない。三笠と日進の火力、装甲、継戦能力を加味し、鳳天大樹での決戦に向けて温存する事を考えた場合、敵戦力への打撃を目的とした交戦は避けるべきとの結論が既に出ている。実際に交戦した場合、どんな相手が、どれだけの数、どういう風に群がってくるのかを、三笠を囮にする事で証明する。


「……提督?」


「考えてます、考えてますとも」


そんなどこぞの陸軍みたいな、なんて言いたそうな顔をした各艦責任者の視線を受けつつ雪音はコーヒーを一気飲みした。空になったカップをソーサーごと給仕に突き出して、同時にアイスコーヒー!と次を要求。


「まず並走案、これを取るのが一番安全なのだけれど、戦力評価目的としては下策だし交戦時間が最も長くなる、長くなるという事は弾薬消費も比例して多くなる。主砲弾400発、斉射100回ぶんしかないのだから、無駄撃ちする余裕は無いわ」


外からの観察はゴールデンハインドが済ませており、そこに砲撃を加えたところで新たに知れる事などたかが知れている。さらなる情報取得を目的にしている手前、最低でも中に入る事は必須である。


「では投錨案は?」


「波に揉まれてもある程度照準が安定する、万が一の転覆を防止できる、この辺りが長所かしら。でもせっかく機関とスクリューがあるのに固定砲台モドキは勿体無いわ、それに状況悪化の際に逃げる事ができない」


「……考えてたんですね」


「当たり前でしょ!」


話し合うその背後でみっちり氷の詰められたグラスが用意された。アイスコーヒーの作り方、と聞くとまず想像されるのは水出しだが、ウォータードリップは非常に長い時間をかけて抽出しなければならないので、実際はただ単純にホットコーヒーを冷やすだけである。しかしコーヒーは時間を置けば置くほど味が落ちていくので冷蔵庫でのんびり冷やしてもいられない、急速に冷やす、という場合に頼りになるのはやはり氷である。溶けた氷で薄まる事を見越して濃いめに作ったホットコーヒーをグラスに注ぎ込む、バキバキと砕ける音を響かせつつ一気に氷のカサが減っていき、その後少しだけ冷えるのを待った後、布のコースターと共に雪音のもとへ運ばれてきた。


「正面から全速で突っ込むとして、波による速度低下を加味しても相対速度40キロは確実に出るわ。中心部を通ってたった2時間で脱出できる、できる限り危険を減らしつつ最大限の情報取得を見込むならまっすぐ突っ込むべき。何か異論は?」


「まったくありません」


「なら場所を決めましょう」


からりと氷を鳴らしてアイスコーヒーを一口、その後海図に目を移す。


「座礁しない程度に水深の浅い場所がいいのだけれど……瑞羽大樹の近くになるかしら、あの樹を頂点としてなだらかに下がっていくのだから」


「では瑞羽大樹北東115kmが最適でしょう、そこでまた盛り上がりますからな」


「ん?どうしてここだけこんなに浅いの?」


「お忘れですか?よく見てください」


指差された海図の一点、顔を寄せてよく見ると、確かにそこだけ浅い理由が書かれていて。


「1本あるでしょう、枯れた樹が」

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