第48話
主幹の低層、枝の端、非常に近寄りがたい雰囲気、というか熱気を放つ建物に刀工の鍛冶場はある。朱雀亭も大概だがそれ以上にボロく汚い土壁と瓦屋根、まっすぐ上に伸びる煙突は煤まみれで、今ももうもうと煙を噴いていた。鍛冶場である以上火を使うのは仕方のない事である、なのだが、このクソ暑い中あそこに近付かなければならないと思うとそれだけで憂鬱になる。
しかし行かねばならない、今後を考えると武器らしい武器の入手は必須である。朱雀亭主人の紹介状(と高級葉巻)を渡して製作を依頼したのが2週間前、良し悪しは別として1振りは打ち上がっている頃合いだ。ひとまず見に行こうとなり、アリシアと香菜子は一足先に事件現場へ、スズは日依を引き連れてここへやってきた。
「暑い……」
「言うな…余計暑くなる……」
ここは人間が居ていい空間ではない、それほどの熱気を受けながら建物に近付く。気温にして50℃ほどだろうか、とか考えてると、三笠の機関室は60℃に届きますわ!とか雪音が無駄に張り合ってたのを思い出した、思い出すのも無駄である。
「ん?」
きっと中はもっと暑いんだろうなー、なんて話しながら手を伸ばすも、それが取っ手を掴む事は無く。
「……ぐおおおっ…!」
入口まで1メートル、スズが手をかける前に扉は開いた。室外とは比較にならない強烈な熱波まがいの空気を喰らって悶絶している間に扉を開けた先客は2人の横を通り過ぎていく。
「おっ……」
スズより10センチ近く高い身長と、その頭部から伸びる黒い髪は高い位置でポニーテールにされ、先端は腰に届く。服装は味気ない白のTシャツとジーンズながら、少なくともシャツにシワができるくらいには胸が大きく自己主張には事欠かない、ただまぁ単純に大きさでいえば雪音の方が、みたいなレベルの。背後のぺったんこを妬ませるには十分であるが。
「……」
刀工に用がある、という時点で当然の事ながら日本刀を持っている。普段からそうやって持ち歩いている訳ではないだろうが、腰には差さず鞘を左手で握って保持している。今まで見てきた刃物と比べると明らかに長い、柄と合わせて1メートルはある刀だ、鞘は白く、柄は黒が基調。
その女性はスズと日依を一瞥、ピクリと眉を震わせた後、足を止めることなく去っていってしまった。
「…………鬼の匂いがしたな」
「あ、やっぱり?」
背中を眺めながら日依がぽつり。向こうも何かは感じていたように見えた、あいにく、キャスケット帽と麦わら帽子によって両者の狐耳は隠されていたが。
「鬼女か?」
「確かにそういう名前の妖怪は実在するけど単に鬼女って今言うと別の意味になるからヤメロ」
ふむん、と同時に声を出し。
そして同時に暑さを思い出した。頬を滴る汗と不快感、くらりと頭を揺らし、倒れこむように鍛冶場へ。
「と…とにかくここから離れるぞ…!」
「異議なし…!おっちゃん頼んでたのはー!?」
「なんだお前らさっきからやたらめったらうだりよって」
「「オメーが異常なんだよ!!」」
その刀工は汗だくながら涼しく顔をしていた、白い着物を半分脱いで、一度溶かして固め直した鉄の塊をハンマーで砕いていた。髪はスポーツ刈り、肌は焼けている。内部に入るとハンマーを手放し、手を洗ってから棚から刀身を持ってきた。包んでいた布をずらし、切っ先だけを露出させる。
「一発勝負にしちゃ良い出来だぞ、真打ってのは普通いくつも打って出来の良いもんを抜き出すもんだ」
「いや大丈夫…観賞用じゃないから…早く渡して……」
「まぁなんつーか地肌がな、綺麗すぎんだよ、刃紋も大して乱れがある訳でなしとにかく特徴がねえ。対人、対妖怪っつーから要求条件はすべて満たしたがよぉ、こりゃただの武器だ、面白味がねぇ。そもそも刀ってのは武器であり芸術品であって、武器としては保証するぞ?するがな?テメエが気に入らないもんを人様に売るなんてまったくもって気が乗らねえ……」
「気にしてないし…ここにいたら死ぬ……」
「だが敢えて言うならボウシは良いな、火が燃えてるみたいだろ、返しも深いしここだけは自慢できる。それから刃の砂流しだ、あくまでここのこの部分だけだが、ほれよく見ろ良い感じの線が浮き出て……」
「どうでもいいんだよぉぉぉぉ!!オマエは命を預けるもんに芸術性を求めんのか!!刀を折るか自分が死ぬかだったらあたしは寸分の迷いなく折るぞ!!オマエは死ぬのか!!刀のためなら死ねるのか!!」
「ちぃ…これだから最近の武士はよ……」
ほっといたらべらっべら喋り続けるそいつを無理矢理黙らせ布で包まれたそれを掴み取る。確認は後にし、数字の書かれた小切手を突きつけて、受け取った瞬間に室内から脱出した。気温は相変わらずながら、あの熱波を受けた今なら多少は涼しく感じる。
「おっちゃん今の客は?うちの住人には見えなかったが?」
が、日依の好奇心が暑さに打ち勝った為すぐに離れる事は叶わず、必要最低限、顔だけで室内を覗いて彼女は質問。溜息をついてパーカージャージのファスナーを下ろし、シャツの裾をばたばた前後させる。
「ああ。翔京から来たらしい、打ち粉と油を分けてくれっつーからよ。持ってきた大太刀、ありゃあ業物だ、拝ませて貰っただけで手入れ具くらいの価値はあったな」
「名前は聞かなかったか?」
「聞いてねえな。…んだが、地肌が八雲肌だった、それでかつあんな長い刀身を作るってなると思い当たる刀工は1人しかいねえ」
「話が噛み合ってないな…知りたいのは刀じゃなくて人の名前で」
「諏訪武甲正宗(すわぶこうまさむね)、間違いない。あいにく、もう亡くなっちまってるが」
「聞けよ……」
「当時生まれたばかりだった一人娘はまだ生きてるって話だ、もしかしたらあの子がそうなんじゃないか?」
「ん?」
噛み合ってた。
狐につままれたような顔になったが日依はすぐ立ち直る、狐は自分だ、つままれる筈がない。
「ここには何しに来たんだ?」
「さあなぁ、ある災害に巻き込まれて、血縁者は一人も残ってねえ。俺の目にはただの浪人に見えた」
「……その災害っていうのは」
「酷い嵐に襲われたって以外は知らねえよ、翔京大樹に住んでた人間のほとんどが助からなかったらしいからな。ただ…あくまで噂なんだが……」
間に受けるなよ、と言いながら、彼は彼は頭をかいてこう言う。
「竜の仕業らしい」
「…………なるほど、ありがとう」
扉を閉める、間髪入れずに走り出し、鍛冶場から急いで離れた。ようやく一息ついて、頬の汗を拭う。
「あっつぅぅ……なんであんな事聞いたのさ…」
「さっき台風がどうとか話があったよな、北から南に向かってるとかいう」
「んん?雪音が言ってたやつ?」
「たぶんそれと関係ある」
どうやって関係付けたのか、とまず疑問に思ったが、日依は説明せず視線を北へ。
相手はまだ2000kmの向こう、海は穏やかなまま。
「嵐の狩猟(ワイルドハント)だ」
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