第47話

「ま…待って…待ってください、私は暑さを感じませんから、内部の通気を改善できればいいのです、だから穴を開ければ……」


「だーめ!こんな高そうな生地にハサミ入れるなんてとんでもない!ほら脱いでほらほら!」


「ああぁぁぁ……」


朱雀亭の玄関戸を開けると内部の状況はそんなんだった。


「……なんでアリシアは服剥かれてんだ?」


「あたしに聞かれても」


確かにあのお嬢様コートは見てるだけで暑苦しかったが、本人気に入ってるのか興味が無いのか知らないが変えようとはしていなかったし、暑がらないうえ汗もかかないので放っておいた次第である。しかし音から察するに、現在日依の秘書役である香菜子に脱がされているようだ。


「まぁ香菜子ちゃんがロボット萌えで百合属性だった可能性もなくはないが」


「酒とタバコにそんなもん足したらいよいよじゃない?」


「パチンコもな」


「えぇ…………」


靴を脱ぎ中に上がって、囲炉裏の先にあるアリシアの部屋まで歩いていく。先行する日依がまず戸を開けて覗き込み、香菜子に声をかけようとしたその瞬間に立ち止まった。半歩後退、ゆっくり戸を閉め、なんか神妙な顔でスズに向き直る。


「あの子はほんとに機械なのか?」


「あっ…いやうん、わかるよ?作った人は間違いなくド変態のロリコン野郎だ。でも事実なのよ、確かに全身くまなく見ても人間にしか見えないしアンタより胸あるけど」


「てめえストレートに言うんじゃねえ!!」


「ちょままま…!」


室内のドスンバタンに合わせてひとしきり暴れたのち、自分のぺったんこを見直して両膝をついてしまった日依を励まし、いいから話を進めろと戸を指差す。


「増えねーんだよぉぉ…!大豆食っても牛乳飲んでも増えねぇんだぁぁ…!」


「うん努力は知ってるから、まだこれからだから、落ち着いていこう、ほら立って戸開けて……あ…」


日依が立ち上がる前にガラリと戸は内側から開けられた。


「…………」


落ち着かない、と言いたげな雰囲気でアリシアは姿を見せる。

スカートの丈が足首近くまである、2本の肩紐が背中で交差するワンピースの上からカーディガンを羽織った、何というか丘の上で風に吹かれるのが似合いそうな格好だった。ワンピースは少しばかりレースが入り、腰に巻きつく形で小さなリボンが付くだけのシンプルな形状、カーディガンも似たようなものだが非常に生地が薄く、前腕の中ほどまでしか袖が無い。左手首に装着されたレーザーガンが露出してしまっているが、そうと知らなければ逆向きに付けた腕時計にしか見えない為かまさかのそのまま。

そして当然の如く、白い髪と肌に合わせるようにすべてが白で統一されている。


「靴これ履いてねー」


室内では香菜子が新品のサンダルを持ち上げて見せている、やはり白色の、足の甲をベルトで、足首を紐で固定する、履くのに時間がかかりそうなタイプである。というか、これは彼女の自腹なのか。


「何があったの?」


「その…少しオーバーヒートしてしまいまして」


「玄関先で倒れてるんですもん、誰だって脱がしますよ」


サンダルの入っていた箱やら値札やらのゴミを片付け香菜子も部屋から出てきた、廊下じゃ何なので後退して囲炉裏まで戻り、窓と玄関を開け放って風を取り入れる。


「結局あの服は気に入ってたのかね」


「そうではないのですが、何というか、今まであれしか着ていなかったので、急に変える事に何故か恥ずかしさが」


小柄な少女だったから良かったものの、一歩間違えれば目も当てられなくなるお嬢様ファッションを続ける方が普通は抵抗を覚えると思うが。いや、そういえばあの服も貰い物であった、当時は服なんて着れればいいとでも言いたげな態度だったし、また妙な覚え方をしてしまったか。傍目でもわかるくらい急速に人間と同じ感性を持ちつつあるのだ、一般常識は叩き込んでおかなければ。


「それで問題、というか事件が起きまして。率直に言うと殺人なんですけど」


オレンジのパーカーとグレーのスカート、ベージュの髪を三つ編みにした香菜子がサンダルを玄関に置き、戻ってきて部屋の隅に置かれた自分のバッグに手を入れた。出したのは手帳で、ぱらぱらめくって目当てのメモが書かれたページを探し出す。


「3時間前の事です、分幹の住宅地で40代の男性と、同じく40代の女性が全身に火傷を負って死んでいるのが見つかりました。この2人は夫婦で、発見場所は自宅。偶然訪れた知人によって発見されたのですが、死因は焼死で間違いないのに火事が起きた形跡はまったくないそうです。つまり普通の殺人事件ではないので、警察では対応が難しく、伯様、もしくはお二人に見てもらわなければ話の進めようが」


「そうか、なるほど、呪術師を育成しておくべきだった。良くも悪くも今まで何も起きなかったからな」


「外部から雇い入れれば当座の問題は解決すると思いますよ、育成は長い目で見るとして……」


「ちょ…ちょっと待って」


「え?」


恐らく何かの妖怪が起こしたのだろうが、科学的に説明が付けられない死人が出たのはわかった。それとは関係無く、ひとつの疑問をもってスズは話を中断させる。キョトンとした顔の香菜子をじっと見て、悩むように首を傾げた。


「君は誰だ?」


「香菜子ですけど」


「それはわかってるけど…いやでも、あたしの知ってる香菜子ちゃんはこう、酒飲んで泥酔して……」


「そ…日がな一日酔っぱらってる訳ないじゃないですかぁ!」


あまりにも印象が違いすぎるのである。

確かに最初会った時は今のように仕事をしていた気がするが、いかんせんその後が酷すぎた。そこらで買った缶ビールを歩きながら飲み、雪音と一緒に一升瓶を開け、満足したらその場で眠りこみ、起きたら起きたで頭痛に苦しむ。しかも話によれば酒癖にプラスしてタバコとパチンコの3点セットフル装備だと言うではないか、うちタバコに関しては強制禁煙中のようだが。

要約して言うと、ダメ人間だと思っていた訳だ。


「誤解されるような行動をするのが悪い」


「それあなたが言いますか…?」


「ふふ。とにかく続きを話してくれ、目撃者はいないのか?」


「あ、はい。隣の家の住人が深夜に悲鳴のようなものを聞いたそうです。事件発覚よりだいぶ前の事ですが、まぁ、面倒を起こしたら即時処刑って状況が終わってからまだ2週間ですから、通報しなかったのは仕方ないかと」


「火傷と言ったが、それはどの程度のものだ?」


「真っ黒焦げです、炭化と言った方がいいかもしれません。歯型と、指の結婚指輪から身元は判断できましたが。それでかつ、家屋には焼けた後はほとんどありません」


「ふむ、まぁー普通の殺しじゃあないな」


言って、日依は玄関に行き自分のサンダル(厚底)を履き、スズに向かって手招きした。状況を聞いただけではどうしようもない、自分で現場を見て、痕跡を確かめなければ。


「そろそろ刀も打ち上がってる頃だろう、ついでに見に行こうや」

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