むしにすらむしされすすりなくなきむし
「はぁ…また独りぼっちになってしまったか…」
キギョウは二人と別れた途端胸の奥が途端に重くなるが、それを誤魔化すように深い溜息をつき一人ゴチた。
そして彼はまほと滅斗に背を向け、当て所も無い放浪に出る。
ーーーー翌日/学校ーーー
小夜子はどう言う訳か優れないような表情で授業を受けていた。
いつものキリリとした表情では無くなんと無く儚い。
「なあ、今日の小夜子ちゃん色っぽくないか?」
目の保養にするようにステッキが滅斗に話しかける。
「色っぽいというか…なんと無く哀しそう…何かあったのかな…?」
滅斗は小夜子の優れない表情に首を傾げる。
「とにかく放課後にでも話しかけてみよ!仲間になってくれるかもしれない!」
滅斗は内心ドギマギしながらも小夜子に話しかけることにした。
滅斗の顔は赤くなっている。
(うぅ…しっかりしないと…あの猫はもういないんだ…)
小夜子を前に緊張する滅斗は自分にそう言い聞かせる。
なおキギョウの事は「あの猫」呼ばわりしていた。
キギョウの真実の告白が許せなかったからだ。彼のせいで滅斗とまほの体が入れ替わったのと、親にも会えなくなったのが、滅斗にキギョウに対する憤りの念をもたらした。
小夜子が席を立とうとする時にようやく滅斗は声をかけた。
「あ…あの…!小夜子さん!」
滅斗の声に小夜子は振り向く。
ーーー
学校の帰り道、まだ日は暮れていないのだが、夕日を見るような目でひたすら歩く小夜子。
そんな中、滅斗とステッキは落胆した様子で小夜子を見送っていた。
「結局ダメだったな…これからどうすんだ?まほ…」
滅斗にステッキは問う。
「これは滅斗君の問題だよ!私もう一回あの子に話しかけてくる!」
そして滅斗はこれからの戦いの不安を押し殺すように小夜子の元に走りだした。
タッタッと靴で地を鳴らす音が小夜子の耳に入る。
振り向く小夜子。
小夜子はまた来たの?と言う表情で滅斗を睨んでいた。
思わずたじろぐ滅斗だが、愛の告白とは違うのだが、勇気を振り絞ってこう言った。
「私と契約して、仲間になってよ!」
ーーーーちょうど日が暮れだしたその時ーー
キギョウは夜の路地で放浪している時、数匹の猫が敵(かたき)を見るような眼でキギョウの前に立ちはだかった。
「よお兄ちゃん、あの時はお世話になったな!」
集団の中の一匹が憎しみを聞かせて言う。
「またお前らか…」
キギョウは鼻を鳴らす。
「てめーのせいで俺達のメンツが丸潰れなんだよ!こないだは人間連れてたんで何にも出来ずにいたが、独りになったとあったら思う存分にイタブれるぜ!」
下衆な笑い声を上げる集団の猫。
まほを魔法少女に迎え入れる前、キギョウによってぶちのめされた猫の一匹が今度は集団を連れてお礼参りにやってきたのだ。
「俺は虫の居所が悪いんだ、今度こそは手加減しねえぞ」
「舐めやがって!ぶち殺す!!」
集団の猫がキギョウに飛びかかってきた。
キギョウは集団の中の一匹の猫の顔に爪を引っ掻き、目潰しするが、他の集団は次々とキギョウに攻撃を仕掛けてきた。
やはり多勢に無勢で、喧嘩に強いキギョウといえども数匹の猫達の前では苦戦を強いられる。
「こなくそっ!」
キギョウは集団のリンチから避けるようにがむしゃらに腕を振り回す。
キギョウは集団によって全身傷だらけで、普通に動けるのが不思議な位の傷は負っていたが、危機的状況であり、喧嘩に強い者なら生存本能と闘争本能がどうしても発揮してしまうもの。
キギョウの思考脳はプッツリと消え、代わりに生存脳が活性化しだした。
キギョウの脳は生きろ!生きろと意思とは関係なく集団で襲いかかる猫を
一匹、また一匹と薙ぎはらっていった。
「ちっ、今の所はこれくらいにしといてやるぜっ!」
集団もまた、傷を負いながらキギョウの前から姿を消していった。
全身に傷を負ったキギョウは人目につかない袋小路に足を運ばせ、そこで黒毛を舐めながら体を休ませることにした。
そんな時、黒い靴下に白く長い素足がキギョウの前に現れる。
その美しい細足から、少女のものであるとは察しがついたが、顔は猫から目も傷を受けていた為良くは見えない。
その時、少女らしい人物は繊細な手のひらから光を帯びさせ、キギョウの傷口に触れていく。
するとキギョウの傷口はだんだんと引いていき、痛みも治まってきた。
それは魔法少女のみ使えると言う治癒の魔法だった。
「!」
ひょっとしてまほが戻ってきてくれたのかと淡い期待から表情がわずかに明るくなる。
しかしその少女はまほではなく、キギョウとまほを仲間割れさせたきっかけとなった少女。
袴 小夜子だった。
治癒魔法をかけてきた主が小夜子のものとわかったキギョウの表情は敵を見るようなものとなっていく。
「今度は何を企んでやがる」
キギョウは小夜子に問う。
小夜子は怒りを少し顔に出し、
「いいかげんにして、どこまで片意地を張る気なの?」
と言う。
キギョウは、
「助けてくれなんて言った覚えは無い、どうせこんな事になることを目論んでたんだろ?」
キギョウは罵るように乱暴に言葉を投げる。
「このままじゃあの子達…死ぬわよ…」
小夜子はキギョウにそう言い放つ。
「へっ、あいつらがどうなろうと今の俺には関係ねえ、あいつらから俺を嫌ったんだ、それってつまり用済みってことだろ、ならそれでいいんだよ」
キギョウは小夜子を馬鹿にするように鼻で笑いながらそう言い放つ。
「敵ばかり作って味方一人救えない俺なんてこの世界には要らないよ」
キギョウは自分の境遇を皮肉り、小夜子にぶつける。
かといって小夜子に心を開く感情は見受けられない。
「何故貴方はそう頑(かたく)なに…」
小夜子の表情は一変して深刻な曇りが現れる。
「飛んだ笑い草だな、仲間割れさせておいてよ!」
キギョウは憎しみを聞かせて罵る。
「あなたはいつだってそうやって自分や周りを粗末にして…」
小夜子に堪えきれない感情が込み上げ、瞳に涙が溜まっていく。
「役に立たないとか、意味が無いとか、勝手に自分の周りを粗末にしないで!」
「あんたには関係ないだろ?」
キギョウは小夜子に顔を向けず声を荒げる。
「あなたは契約したあの子をずっと助けていくって誓ったんじゃなかったの!??」
いつになく哀しげで、必死に訴える小夜子。
「どっかで会った事あんのかよ…余計なお節介はいらねえって言ってただろうが…!」
キギョウは小夜子のいつになく感情的な表情にたじろぐも、突き放すように立ち去る。
(やっぱりあんな事言わなきゃ良かった…私は何度もこうやって…)
小夜子はひたすら自分を責め、嗚咽する。
「小夜子…」
そんな時、女性の透き通った声が小夜子の耳に入った。
ーーーー
滅斗達は今、魔獣の反応を感じ、魔獣の居場所を探っている。
滅斗は魔獣に近づいて来た所で変身し、まほの姿となる。
そんな時、ステッキ(まほ)がまほ(滅斗)に話しかけてきた。
「私、やっぱりクロネコさんと仲直りした方が良いんじゃないかな?」
沈んだ声のステッキ。
「は?何で?」
まほはやや喧嘩口調で返事を返す。
「クロネコさん、一生懸命謝ってたし、凄く哀しげな顔してた…このままじゃ…いけない気がするんだ…」
ステッキはそうまほに訴える。
「そんなの、俺が許さない!」
まほは眉間にしわを寄せてこう返す。
「奴がいなけりゃお前も毎日うまいもん食って、幸せ家族に包まれて魔獣退治なんてせずに済んだんだ!」
そんな時、昆虫のような甲冑をまとった魔獣がまほの背後に姿を表す。
「滅斗君!後ろ!」
「え?」
ステッキはその魔獣の姿に気づき、まほに知らせる。
まほが振り向くと複眼を両目につけ、異様な形をした口をした魔獣がまほを喰らいつかんとしていた。
巨大な昆虫のような、異様な黒い甲冑を纏った魔獣の姿に気づいたまほは慌ててその魔獣から距離を離す。
「はぁ、はぁ、びっくりした…」
あと少しで食われる所だったと鼓動が早く鳴り、驚いた表情で息を荒げるまほ。
まほを逃してしまった魔獣はチッと舌打ちを打ったような表情を見せ、構えを取る。
『この俺を倒しに来たのか魔法少女…しかし俺は昆虫の負の感情を吸って成長した魔獣!人間には積年の恨みがある、まず手始めに貴様をこの俺の糞にしてやろう!』
魔獣はそう言うと、牙を向けてまほに襲いかかってきた。
ーーーー一方、キギョウはしかめた顔をして月夜を眺めていた。
(あなたは契約したあの子をずっと助けていくって誓ったんじゃなかったの!??)
珍しく感情的に訴えて来る小夜子のあの表情、そして…。
(ああそうだったね!よろしくお願いします☆師匠!)
(俺のダチに手を出す奴はこの亜流出 滅斗(あるて めつと)様が許さねえ…!)
まほや滅斗の事もなかなか頭から離れていかない。
「畜生!何考えてるんだ…俺!」
キギョウは落ち着かなくなり、地団駄を踏む。
!!!
キギョウはそこで、悪い虫の知らせをここで感じてしまう。
(まほや滅斗が危ない!!)
今や仲間割れした彼らだが不安でいてもたってもいられない焦りに突如襲われる。
「くそっ、見に行くだけだからなっ!!」
キギョウは舌打ちをしながら4足走行の全速力でまほや滅斗の元へ駆けて行った。
ーーーー
「うおおぉっ!!」
死に物狂いで魔獣に突進するまほ。
身体中は傷だらけだ。
『魔法使わず格闘で挑む魔法少女なんて初めて見たわ!』
魔獣はまほの攻撃を軽々と受け流しながら皮肉満開に言葉を投げる。
『それより魔法妖精の力を借りなくていいのか?』
「畜生!クロネコがいなくたっててめえなんか!!」
負けず嫌いなまほは魔獣の余裕な態度の言葉に反発するように言葉を荒げる。
しかし、魔獣は細くはあるものの硬く頑丈な腕でまほの身体を弾き飛ばす。
アスファルトに滑りこみ、またも傷を負うまほ。
まほは痛みで顔を歪ませるも必死に立ち上がり、魔獣を睨む。
『まだやる気かこわっぱ?』
「滅斗君、もうやめてよ!こんな戦い方無いよ!見ているだけで痛いもん!」
「てめえは黙ってろ!!」
泣きながら訴えるステッキに喧嘩腰に怒鳴るまほ。
「昆虫ごときに殺られる亜流出滅斗様じゃねえ!!」
まほはなおも魔獣に一撃だけでも加えようと足を踏み入れる。
しかしまほの体力は既に限界で、魔獣はそんなまほに情け容赦なく攻撃を繰り出す。
「滅斗君!もうやめて!!」
ステッキは悲痛に声をあげる。
『言っても殴られてもわからない馬鹿となりゃ五体満足で活かしておくわけにはいかねえな!!』
魔獣はその突如、無数の槍のような物体を背後に出現させる。
「!!?」
何が起こったのか理解出来ず、動揺するまほ。
『終わりだぁ!!!』
魔獣は出現させたその槍で、獲物を仕留めるように一思いにまほを串刺しにしようとした。
その時だった。
黒く小さな物体が何処かから出現し、高く飛び上がり魔獣の昆虫のような顔を爪でガリッと掻いたのだ。
「ぐあっ!?」
何者かに爪で引っ掻かれ、顔をおさえる魔獣。
「クロネコさん!?」
驚きの声を上げるステッキ。
現れたのは、黒い翼を生やし黒い毛並みに覆われた一匹の黒猫だったのだ。
彼の名もキギョウである。
まほは魔獣の攻撃が止んだと思えば魂が抜けたように地面に崩れ落ちる。
「滅斗君!」
傷を負い、意識を失ったかのように倒れるまほに対し無事を呼びかけるステッキ。
キギョウは胸元にあるポケットのような袋から札を取り出す。
ーーーー数分前
「やっと行く気になったのね?」
まほ達を助けに行こうとしているところに小夜子が現れる。
小夜子に対する警戒は解けていないのか、キギョウは思わず身構える。
「戦いに来たんじゃないわ、安心しなさい」
小夜子の口調はいつもの静かで淡々としたものと変わっていた。
「これを…」
小夜子はキギョウに札を与える。
「これは?」
札を受け取ったキギョウは訝しげに札を見つめながら小夜子に聞く。
「傷の治療の魔力が込められた札よ、亜流出 滅斗(あるて めつと)は魔獣と戦っているけれど魔法は使えない、今の彼らを助けられるのは貴方しかいないの、クロネコ、いや黒井 キギョウ!」
小夜子の黒い髪と巫女服が風に揺らめく。
「今の所は感謝するぜ、しかし俺はまだあんたを信用した訳じゃない、また何かしようものなら…」
「早く行きなさい」
キギョウはちょっとしたカマを小夜子にかけるが小夜子は冷静かつ重い口調で話を切った。
「可愛げのない、じゃあな!」
キギョウはぶっきらぼうに小夜子に礼を述べ、札を咥えてまほ達を助けに再び走り出した。
ーーーそして今に遡る。
まほに張り付いた札は優しい光を発し、まほの受けた全身の傷が癒されていく。
「う…ん…」
まほは体の痛みが癒えて行き、体が温かくなるような感覚を覚える。
「クロネコさん、さっきは…」
「話は後だ!今は魔獣を倒す事に集中しろ!」
ステッキはキギョウに謝ろうとするがキギョウは話を切った。
照れ屋で愛情表現の下手さが相変わらずとステッキからはそう思えたが、まほは何しに来たと言う目でキギョウを睨んでいた。
「余計な世話だっての、俺達を変なのに巻き込みやがって…!」
「後で愚痴はたっぷり聞いてやる、先はこいつだ!」
頑ななまほをたしなめるように魔獣を睨んだままキギョウは諭す。
『このままくたばっていれば痛い目に遭わずに済んだものを、またやられたいと言うならお望み通りにしてやる!』
魔獣は怒濤の雄叫びを上げ再びまほに襲いかかる。
甲冑を纏った巨大な魔獣に一見可愛らしく繊細な体の魔法少女。
しかしその魔法少女の瞳は闘気に溢れており身体からは仁王のようなオーラが少女のか弱い身体を無限の力を与えるように包んでいた。
まほの可愛らしい拳に青い炎のような闘気が渦を上げる。
まほは殺気に満ちた鋭い目を魔獣に向ける。
「俺はこのままヤムチャキャラで終わらねえ!俺は亜流出 滅斗(あるて めつと)!アルティメットだあぁ!!!」
まほの拳はガトリングのように魔獣に炸裂する。
魔獣の黒い甲冑にボコボコとへこみが入り、魔獣からの攻撃を許さない。
そしてまほは渾身の一撃を魔獣の顔面に与えた。
『ぐわああぁ!!!』
魔獣の身体は沢山のまほの鉄拳を浴び、粉々になり、消滅した。
戦いは終わり、街は元の静寂を取り戻す。
夜のライトに照らされるキギョウと滅斗。
まほの魔法少女の変身が解けて身体が滅斗のものとなったのだ。
しかし性格、記憶はまほで、彼はウルウルとした瞳でキギョウを見ていた。
キギョウは表情を硬くさせて滅斗とステッキに覚悟の言葉をかける。
「許してくれとは言わない、ただ俺はまほ、君を魔法少女にしてしまった…そして滅斗もそれに巻き込んでしまった…だから…責めるつもりならとことん責めて貰って構わない!」
「ああ、だったらお望み通りに…!」
「もう良いよ!充分だよ!!」
ステッキがキギョウを責めようとした途端、滅斗が遮るように声を上げる。
「私はクロネコさんをこれっぽっちも恨んでない!今までだって私達を助けてくれたじゃない!私はもう、仲間割れなんて嫌だよ!誰かが独りぼっちになってしまうのも嫌だよ!!」
滅斗はそう言うと嗚咽を上げだした。
「あああわかったよ!俺の姿で泣くな恥ずかしいだろうが!!」
ステッキは表情を赤らめて滅斗に声を荒げる。
ーーー
そんな彼らの様子を民家の屋根から見下ろす巫女と神秘的な佇まいを見せる一匹の妖狐。
「とりあえずは大丈夫そうね♪」
妖狐から出る女性の声。
「あ…あの…」
小夜子は顔を赤らめて妖狐に問う。
「大丈夫よ、貴女が泣きじゃくってた記憶はあの黒猫さんからは消しといたから♪」
妖狐はからかうように小夜子に言葉をかける。
「でも女の子は少しくらい弱いところ見せたって構わないのよ?そしたらあの黒猫さんもコロリといっちゃうかも?」
「もう!からかわないでくださいっ!」
からかう妖狐に小夜子は頬を赤くしながら膨らませ、そう毒づいた。
ーーー
光と闇が入り混じった混沌の世界。
人々は何事もない様に過ごす中、魔法少女は魔獣と誰とで知れぬ孤独と戦いながら今日も街を守っている。
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