黒歴史小説

@heiwani

第1話

男は駅に着いた。

男は胃が重く、いつもとは違う呼吸の仕方なのか少し息苦しく感じており、つまり試験に臨むにあたってとても緊張していた。

駅を出た男へ怪しげな男が近寄ってきた。

怪しげな男は胸ポケットからある物を取り出して男の顔をジィッと覗き込んできた。

男はこの怪しげな男が手にしている物が何かを知っていた。

不安を取り除き、心に平安をもたらす、不思議な葉っぱなのだ。

共通の知識と、しっかりと噛み合った需要と供給。怪しげな男が指を三本出す以外の会話は必要無かった。

取引は滞り無く円滑に行われた。

それにしても怪しげな男はなぜ男の需要をズバリ見抜けたのだろうか。他にもこの駅を利用している人達はいるのに。

(この男はきっとこの駅にどういった人間が降りてくるのかを知っていて、そして顔を見ただけできっと客かどうかがわかるんだろう。鋭い、気の利く奴だ。)

男はそんな風に考えた。

男は早速その不思議な葉っぱを使おうとしたが、火が無かった。

目の前に居る、最早怪しくはなく、気の利く男に火を借りようとしたが、気の利かないことに男は火を持っていなかった。

男は丁度駅の向かいに交番があるのを見付けた。気の利かない男の元を去り、「火を貸してもらえませんか?」とライターで火を点ける仕草をしながら勤務中の巡査に尋ねた。

「試験ですか?あなた正解ですよ。はいどうぞ。」巡査は笑顔で答えながらライターを男に貸してやった。

「ええそうなんですよ。これで合格できそうです。」(カチッ)「どうもありがとうございます。」

「頑張って下さいね。」

「はい。」


この町は良い人達ばかりだ。男は葉っぱを吹かし吹かし会場を目指した。

葉っぱのお陰で男はすこぶる快調になった。いつもなら面倒くさく煩わしい申請の手続きも、心がズンと重くなる待ち時間も、今日ばかりは楽しくって仕方がなかった。

あっと言う間、男は既に試験車に乗り込んでいた。

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