五章⑧ 理由
「なぜそこまでする。村瀬ジンの命令かい」
あの日より機能を停止したエリアで田村が問いかける。サクヤは静かに首をふった。
床が剥がされ電気も止まった薄暗い場所は、対峙する二人にふさわしかった。
「壊れちゃったわたしなんかに、いまさら頼るわけないでしょ」
「じゃあなんで来た。百年後が見たいってのは嘘かよ」
「あなたがこの学区を海に沈めるつもりだからよ……アキが命をかけて守ったことを無にする計画なんて叩き潰してやる。わたしが夢見る未来はヴィーナと出会った大地に咲くの!」
足元から伸びた二本のツタが竜巻のように渦巻く。
「……おれたちの狙いが六区の水没だって? まさか手相で占ったとかいわねぇよな」
「あなたが教えてくれたんじゃない。あの演説、電気と通信を押さえてるのに空調が抜けてたわ。わざとでしょ? どうしたって化学兵器と関連して考えちゃうから、対応する側は裏を取りに奔走する。いい目くらましね、電気から目をそらすためには」
「なぜ本命が電気だと、そう思う? 化学兵器を使わないとタカを――」
「くくってるわ。あなたたちは最初から持ってなかったんだから!」
スカートのポケットから抜いた右手をそっと開く。サクヤの手のひらで転がる金属球こそ大量殺戮兵器。神経ガスの元となる琥珀色の液体が詰まっている容器だった。
「密輸犯を捉えるとき、わたしは道路に大穴をあけた。すぐに塞いだけど、その前にアキが蹴っ飛ばして穴の中に落ちたのが……これよ。笑っちゃうわ、あなたたちの計画はとっくにアキに邪魔されてたんだもの」
暴走車を捉えるためにサクヤが陥没させたアスファルト。そこに落ちて行った丸い部品……符号のようにその場面を思い出したサクヤは、ここに来る前に掘り返したのだ。
「そんな目をしたってあげないから」
田村の視線を釘付けにした金属球を再びポケットにしまう。
「いまさらいらねぇよ。それよかおれたちが電気を狙っていた説明を聞かせてもらおうか。六区の水攻めにつながる理由もな」
知りたがりの子どものような表情を垣間見せた田村は、律儀に断りを入れてから新しいタバコをくわえた。サクヤがうなずくとライターが瞬き紫煙が流れる。
「思い出したの、先月の爆発事故のとき車に乗せてもらったこと。ミコトを嫌いなはずのあなたが、なぜ迎えに来てくれたの。ほんとうはわたしのこと、好きなの?」
「……
冗談でもいやなのか、男はタバコを唇から剥がすとひどくまずそうに煙を吐いた。
「ククリに車をお願いしたき、彼女は自警科のだれかがわたしを探していると言ってた。ククリはその人に迎えを依頼したのね。頼まれなくても来てくれたはずよ。だって、最初からわたしを乗せるつもりだったんでしょ? 到着のタイミングが良すぎたもの」
田村がかったるそうに顎をしゃくって先を促す。サクヤは導き出した答えを告げる。
「あなたはわたしに災害現場にいて欲しかった。だから難解なククリの依頼を無視することなく、大嫌いなはずのミコトを車で迎えに来た。桜木サクヤが来れば絶対に手を出すから、ツタを扱うわたしが手を出せば必ずなにかを壊すから……そうすれば自警科がでしゃばれる。事故の原因調査に大手を振って参加できる。あなたたちは事故のあとで悠々と細工した……市街地の電気系統に」
ガス爆発は事故ではなく人為的なもの。サクヤはそう結論した。
「わたしが砕いた床の近くに、ガス管と一緒に古い配電装置があったはず。壊したら内殻エリアまで停電するってあのときククリは言ってたから、給電範囲はここらまであるわね」
がらんとした周囲を見渡す。中途半端な位置で止まっている隔壁の近くで、くたびれた重機がぽつんと影を落としていた。
「市街地のライフラインを掌握したように見せかけその実、本当に押さえたかったのはこの場所の電源。そのために一か月前、あなたたちはガス爆発を起こした。事故後の調査にまぎれて配電盤に細工したってところでしょ。好きなタイミングで電源が切れるようにね。お仲間を巻きぞえにしたのは自警科が疑われないため?」
「ツッコミどころが山もりだが……大筋はそんなとこだ。で、その後がマヌケでよ、防災科の再調査で配電系がおかしいって指摘が出てな。モミ消せなくなっちまって、あわててクーデターをするハメになったのさ」
男の指先で火のついたタバコがちりりと音をたてた。
「爆発に巻きこまれたウチの若いヤツは、なんも知らなかった。たまたま事故に遭って、けれど逃げずに一般生徒を避難させて死んじまった。あやまっとくよ、こないだのは八つ当たりだ。あいつら……いや十二人全員を殺したのはおれだ。それにしてもバレバレだな」
「ヒントをたくさんくれたもの。この場所だってそうよ『内殻、外殻に接する施設からも退去を命ずる』……ここで遊ぶから近づかないでねって、あなたが教えてくれた」
「おいおい、おれが何して遊ぶってんだよ」
「水遊びでしょ? わたしも好きよ。こんな暗い場所でこそこそやるくらいなら、こんどプールに誘って」
「知るかよ、泳ぎたいならどこぞのスポーツジムにでも――」
「必要ないわ、もうすぐそこの壁に穴が開くもの。あなたたちがしかけた爆弾で」
鋼鉄の外壁にちらと目を向けたサクヤは、顔をこわばらせる男に微笑んだ。
「そのときは裸になってもいい? 水着持ってくるの忘れちゃったの」
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