愛しのラブドール♥

里見さとみ

第1話ハッピーニューイヤー!西暦3000年!え?

「木暮さん!いるのは分かってんだよ!」


 どんどん…と玄関のドアが力強く叩かれる…やめて!とびらこわれちゃうから!

そこにいるのは、今一番会いたくない人…そう、大家さん(53歳更年期真っ最中の超熟女)…


「今日こそは滞納してる3か月分の家賃、きっちり払ってもらうからね」


 そんな金あるわけないじゃないですかぁ…この年の瀬に…

 座布団を頭に被ってじっとしている俺に、そこに横になっていた彼女・・が、そのむき出しの金属の手・・・・・・・・・で俺を突っついた。


『マスター、イイノデスカ?ヨンデマスヨ』


「ば、ばか…静かにしろ…俺はいない…そう、俺はどこにもいないんだ」


『・・・』


 彼女の人工の口に手を当てて、なんとか黙らせる。そして暫くジッとしていると…



 ドンッ!!



 一際大きい音が響いたかと思ったら、厚さ10㎝の金属の扉が盛り上がっていた。あの大家、足にパワーアシストでも入れてるんじゃないか?


「なんだい、いないのかい…まったく…あんなロクデナシ住まわせるんじゃなかったよ…」


 そう怒りに震えた独り言が、だんだん小さくなっていくのを聞きながら、俺はホッと安堵した。


『マスター、キュウニサワルナンテダイタンデスネ』


「何言ってやがるニム…そんな金属むき出しで言われたって、なんにも感じやしねえよ」


『ジョセイトハナシタコトモナイクセニ、ナマイキデスネ、マスターハ』


「う、うるさいよ…余計なお世話だ…」


 ったく…ニムの奴、一々痛いとこをついて来やがる。でもまあ、付き合いも長いし、仕方ない。

 今の俺にとっちゃ、ニムが唯一の家族みたいなもんだしな…


 俺は寝かせたニムをそのままにして、一旦作業を中断して、この部屋の唯一の家電、『TV』を、ボリューム最小で付けた。当然大家対策だ。


『さあ、今年も残すところ後5分…全宇宙一斉にカウントダウンを始めましょう』


「ああ、大家の所為で、くる年ゆく年見れなかったじゃねえか…」


 俺は項垂れたまま、台所へ行ってインスタントラーメンに水を入れる。そしてTVの前に戻ってから、沸騰シールを剥がした。


「うあっちち…」


 軽くやけどした。


『トシノサイゴガカップラーメンナンテワビシイデスネ』


「だから、うるさいって…」


 なにせ金がない。家賃も払えないし、ろくな食料も買えない。仕事もクビになった。彼女は…あ、もともと居なかったな…もう人生お先真っ暗。本当にこれが 俺の最後の晩餐なんだよ…ニム…

 TVからは陽気な声が響いてくる。画面は宇宙の各地の名所を転々と映しながら、今は日本の善光寺が映っている。


『5...4...3...2...1...ハッピーニューイヤー!西暦3000年おめでとう!』


「あー、あけましておめでとう…ニム」


「アケマシテオメデトウゴザイマス、マスター」


 俺は、ラーメンの汁を最後の一滴まで飲み干すと、TVを消して、ニムに向き直った。昔は年越しは深夜0時に決まっていたみたいだけど、宇宙標準時間が採用されてから、年越しのタイミングは全宇宙で統一された。ちなみに今はここの時間で午後3時。


「さて、お前だけはきっちり仕上げてやるかなら、相棒。なけなしの金で、蚤の市で買ったドロイドのパーツ、全部お前に移植してやるからな」


『マスター…イマドキジンコウヒフノ、ヒューマノイドタイプナンテ、ハヤリマセンヨ』


「金が無かったんだから仕方ないだろ…ちょっと黙ってて…」


『・・・』


 俺は黙々と作業を続けた。まあ、ドロイドの組み立ては得意な方だしな。

 元々俺は、田舎の植生保全事業が嫌で、この都会に逃げてきた。大学では機械工学を学んだし、仕事さえあればなんでも出来る…なんて、思いあがってたけど、田舎者の只の機械ヲタクに出来る仕事なんて何にもなかった。

 人としゃべるのは苦手だし、商品の販売なんてもっての外。気もきかないからサービス業もダメだった。ついこの前クビになったのは自家用運搬機の整備工場。ちょっとは自信あったんだけど…その手の作業ってほどんどロボットがやっちゃうんだよね。結局、俺の唯一の武器の機械いじりも用なしで、営業できないなら要らないと言われた。

 ホント…泣ける…


 ニムは元々は、陽電子リアクターで動く環境に無害な、家政婦ロボットだ。ひっくり返したバケツみたいな胴体に4本の腕と、車輪が6個付いている。炊事・掃除・洗濯はなんでもできた。俺が上京した時に初めて買ったロボットだったけど…

 結局一人暮らしだし、そんなに家事の量もない…

 殆ど無用の長物だったのを何とか喋れるように改造して、一人寂しい都会の生活の話相手になって貰っていた。でも…

 ここでの生活ももう終わりだ。金もない、独り立ちもできていない俺は親に呼び戻されることになった。この先俺は一生、畑に木を植えて、枝打ちと、伐採の繰り返しの人生が待っているんだ。


 親は里帰りの際、全部捨てて来いと言った。こっちにあるもの全て。当然ニムも…

 ニムは俺の唯一の友達だ。捨てたくなんてない。でも、今の俺に親に逆らえるわけもなく、結局は親の言いなり…

 だから、この作業は俺の罪滅ぼしなんだ…

 ただの機械だったニムに、色々改造を加えて自意識まで持たせて、俺の話し相手にさせた。オレの自己満足と、わがままとは言え、ニムを人間に近づけたのだから、最後はその姿も人間にさせてやりたい。

 それは、ささやかな親への反抗心だったのかもしれない。なけなしの金で部品を買い漁った俺はニムを人間の姿へと作り変えているのだ。


「さーて…組み立ては終了だ。ニム…立てるか?」


 機械の駆動音はもはや聞こえない。ニムの身体は今では流行ってもいない、人工骨格と人工筋肉を組み合わせた第8世代ドロイドとして作り上げたからだ。

 今時は流体素体とか、生体素体なんかで、妖精とか、亜人とかのペットロボットが流行ってる。所謂第13世代型って奴だ。それに搭載されている人工知能も性能が良くて、ありとあらゆる・・・・・・・所有者の欲望を満たしてくれる。そして相当値段が張る。当然俺に買えるわけがない。


 ニムはゆっくりと向こうを向いて畳の上に立つ…そして、そろりそろりと両手、両足を動かしたあと、くるりとこちらに向き直った。


「ぐはあっ…」


「どうしました?マスター?顔が赤いですよ」


 な、なんてことだ…作業中は何も感じなかったのに…

 目の前にいるのは、長い黒髪の美少女。年の頃は16~17歳といったところか…

 とにかく全裸なのがヤバい…

 まさか、こんなにエロくなってしまうなんて…


「大丈夫ですかマスター?心拍数も体温も上がってますよ?」


 ニムがその全裸のままオレの胸に抱き付いてきた。そして俺を見上げるその顔は、若干微笑んでいた。

 こいつ…わざとやってやがるな…


「あのな…ニム…と、とりあえず離れようか…まず服を着てくれ」


「でもマスター…この体に合う服を持っていませんが…」


「いいから、おれのシャツでもパンツでも、何でも着てくれ…」


 俺が叫ぶようにそう言うと、ニムは俺のタンスの前にしゃがみこんだ。そして、中をごそごそと漁って、何かを着だした。

 はあ…これでやっと落ち着くか…


「これでいいですか?マスター」


「ぐへぁっ…」


 そこには胸元のボタンを外した、だぶだぶ白シャツのニムが立っている。裸のときより、むしろエロい。


「お、お前な…わざとやってるだろ…」


 えへへ…とニムが笑って、俺に近寄る。


「マスターがそんな風に反応してくれるのが嬉しいんですよ。これで私も思い残すことはありません。マスター今までお世話になりました」


「ニム…お前、知ってたのか…」


 コクリと頷いたニムは俺の胸におでこを擦りつけると、


「でも、マスターのお言いつけにはきちんと従います。だから、悲しまないでくださいね。最後にこうやって人間みたいにマスターと触れ合えたのが、堪らなく嬉しいんです」


 俺は泣きそうになるのを、ぐっと堪えた。ニムはいつでも俺の事だけを考えてくれていたんだ。それなのに俺は…


「そうだ…」


 俺はニムの部品を買った蚤の市での事を思い出した。あの時、たまたまショーケースからはみ出ていた綺麗な緑の指輪を一山いくらのジャンクと一緒に購入していたのだ。


 俺はそのジャンクの中から指輪を探し出すと、ニムの前に立った。


「ありがとうなニム…これは俺からの贈り物だ」


 俺はそれを、何気なくニムの左手の薬指に嵌めた。

 ニムはにっこりほほ笑んで、


「とても嬉しいですマスター…」


 その時…


 ニムの言葉が終わる前に、突然その指輪が輝きだして、俺とニムは光の中に包まれた。


「ニムッ!」「マスター…」














 ぼんやりとした意識の中で、自分が横になっていることを感じた。


 ここはどこだ…?気が付くと、俺は頭に冷たいタオルのような物を乗せられていた。背中が妙に痛い。オレが寝ているのは、どうもソファーの様だけど、こんなに固い材質のソファーは初めてだ。それに空気も悪い…この匂いはなんだ?


「あ、マスター…気が付いたんですね?」


 ん?この声はニムか…タオルが邪魔で見えない。

 俺は痛いのを我慢して、タオルを取った。目の前には、さっきと変わらない表情のニムがいる。ただ…どこで手に入れたのか、女性もののセーターを着て、スカートを履いていた。

 俺がニムに声を掛けようとしたとき、


「よお兄さん、やっと起きたみてえだな…」


 ドスの利いた低い声で呼びかけられた。顔を起こして、声のする方を見ると、そこには大きな木の机と、その向こうにある椅子に背をもたげた初老の男性がこちらを向いていた。手には煙の出る細い白い棒を持っている。


「俺は朝比奈だ。この探偵事務所の所長をやってる。ま、よろしくな」


 たんてい?


 ってなんだ?と思いながら、俺はまた気を失った。


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