模型の街
重くて甲高い音、なんて表現では、きっと少しも伝わらない。だが他に言いようのない音を俺は聞いた。火葬場の炉が開く音。ローラーの上を、友哉を収めた棺は係員の手でゆっくりと滑っていく。中は暑いだろうなと、俺は思った。
「お魚みたいに?」
しんとした前室に、女の子の声。母親らしき女は慌てた様子で、娘の面前で“静かに”の仕草をした。
そこへ折りよく、係員の案内が入る。処置が終わりますまで云々。あちらに休憩所が云々。
「焼いちゃうの?」
今度は小さな声で、女の子が囁く。俺は、苦笑いで戸外へと出た。そしてそのまま戻らなかった。
風が轟々と唸り、体を揺さぶる。無風だった地上とは、文字通り天と地の違いだ。俺は大した感情の高ぶりも無いまま、定められた手筈のように、友哉が最期に立っていたであろう場所を訪ねた。
低い柵と、充分な高度。加えて、周囲からは完璧な死角。我が弟の綿密さを、改めて知る思いだった。柵を乗り越えてもまだ二メートルは余地があった。すぐ先の虚空から吹き上げる風にも、まだ恐ろしさは覚えなかった。
縁に近づき、手をついて下を眺める。街は大小様々な“口”の字をごちゃごちゃと組み合わせた模型のようで、やはり恐れは感じない。みっしりと建ち並ぶビル。ドットと化した人間。列をなす車。猥雑すぎて、いちいち焦点を合わせるのが苦痛だ。
俺はステレオグラムを見る要領で、焦点をぼかした。面白いもので、そうしていると立体物が平面化し、ならされて見える。ステレオグラムのちょうど逆だ。
もはや、遠近の別も定かではない。足を伸ばして少し下ろせば、模型の街のてっぺんを靴底に感じられそうな気さえする。想像の中で、東京ドーム一個分の俺の足が街を踏み砕く。ブロックバスターだ。
「人間なんかクズ肉の寄せ集めだよ」折り目正しい優等生だった、あいつの本音。「でも兄貴は違う。俺本気でそう思う」
今なら分かる。俺はあの時、ただ笑えばよかった。別にありがとうなんて言えなくても。
けど何か月もの間、俺は親とも話してない状態だった。唯一話せた相手のお前は、俺から見てさえ非の打ち所がなくて、立派すぎた。
「お前はいいよな」って、俺はつい言っちまってた。お前は、ビンタ食らったみたいな顔してた。その日から俺の部屋にも来なくなった。
友哉。俺はな。
一人なのは俺だけかと思ってた。お前の言うただのクズ肉が、恐くて恐くてたまらない奴なんて、俺だけだと思ってたんだよ。
ごめんな
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