頬を寄せて
目を覚ます。
きみの柔らかな髪が、首すじにくすぐったい。
でもうかつに動いたらきみまで起きてしまうから、僕はガマンする。
これから先、僕らは何度も、こんな目覚めを繰り返していくんだね。
迷惑なんかじゃないよ。
自分で望んだことだもの。僕は幸せさ。
ああ、きみは綺麗だ。
きみの横顔の、どんな芸術家が命と引き換えたって絶対に描けない、完璧なライン。ため息が出てしまうよ。
いつまでも僕は、眠るきみをこうして見つめていたい。
きみを殺して、聖女ベルナデッタの受けた奇跡の通りにきみの時間を止めて、永遠に寄り添うことができたなら。そんなことさえ、こんな静かな朝には思ってしまう。
僕は僕が可笑しくて、くすくすと笑う。
酷いね。これじゃまるで、変態みたいだ。
ごめんよ、愛しいひと。
うまく言えないけれど、見て聞いて感じたことを、とてもきみらしい言葉や表情やしぐさに変換する、きみの中の精緻な仕組みのかたちを、僕は愛しているんだ。
増えていくシワも、変わっていく体型も、そういう君が隠したがる部分だって、僕はきっと愛おしいと思うはずだよ。
だから、二度と動かないきみをうっとりと想うなんてことは、先に目覚めた朝だけの、僕だけの秘密さ。
さあ、そろそろきみが起きるころ。
目を覚ましたきみは何と言うだろう。うう、ちょっと緊張してきちゃったぞ。
えーと、そうだ。
『おはよう。よく眠れた?』
うん。まずは挨拶。基本だね。
『具合はどう? 痛みはない?』
たぶんきみは麻酔の影響で混乱してるだろうから、これは必要な質問だ。
そして注意深く、慎重に告げる。
『手術は成功したよ。これからずーっと、僕らは一心同体で生きていけるんだ。生まれ変わった、この姿でね』
僕の首が、きみの首すじにすんなりと馴染んでゆく優美な曲線を、僕はうっとりと眺める。縫合部の糸はまだ残っているけど、抜糸が済めばきっと痕は残らない。
まったく、アンドロギュノスの神話なんて、目じゃない出来映えだ。だって向こうは四本足で、腕も四本なんだろう? 言っちゃ悪いけど、化け物じみてる。
でも僕らは違うよ。
きみのとっても綺麗な体に、僕の頭部だけを移植してもらったんだから。すごく自然で、美しい。愛し合う二人は、こうでなくっちゃ。
きみはきっと驚くね。
僕を責めちゃうかもしれないね。
無理もない。あまりにも急な話だもの。
僕はきみが落ち着くまで、いつまででも待つよ。
どんなに罵倒されても、微笑みは絶やさない。
そしてきみがすべてを受け入れてくれたなら、ちゃんと言うんだ。
『はじめまして』
ってね。
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