ゆーりのしんぞう?

置崎草田

第1話 少し肌寒い日に

 森の中にぽつんと作られた、木造の家の中。

 広い部屋の中央には大きな樫の木の机が置かれ、その上にはいくつか小皿が置かれ、煎った木の実やソラマメ、干した葡萄、チーズやパン、バターなどが乗せられています。設えられた暖炉が、部屋の中を温めつつ優しい明かりを投げかけていました。

 質素な服に身を包んだ六人の少年少女が、広めの部屋で思い思いの場所に座り、くつろいでいました。少々異質といえるのは、彼らはその指先や腕、首筋を隠すように細い布を巻いていることです。


 ウェーブの入った肩口程の長さの栗色の髪の少女、ウェルテは部屋の中央の机の前に置かれた長椅子の中央に腰かけています、六人の中では年少なほうですが、その雰囲気は、六人の中で最も泰然としていました。ウェルテは、真剣な表情で話し始めます。

「まず第一に、タイトルを設定した1/15あたりから、作者が気づく4/13の早朝まで、なんと約三ヶ月にも渡り、長らくタイトルのLost heart for the worldが“wrold”になっていたという、あまりにも恥ずかしい問題について話を進めたいわ」

「あぁ、それワザとやってるわけじゃなかったのか。まあ、いいんじゃねぇの、もう直したんなら」

 しなやかな体つきに長い手足、褐色の肌に短い黒髪の少年、ラルマは、床に寝転がり、横に置いた木皿から木の実を口に放りつつ、片手をひらひらさせて答えます。

「大事なタイトルにスペルミスをして、しかもそんな長期間気づかないなんて。最低」

 左目に傷痕のある、髪をポニーテールにまとめた少女、ネーヴェは部屋の隅でエールの入った杯を片手に持ちながら、ぽつりと言います。

「“どうか多目にみていただけたら幸いです。人は過ちを認め、それを正すことでよりよい未来を作れるのですから…”と、作者は言っているようですけど」

 暖炉の前で、薪をくべつつ、羊皮紙に書かれた文字を読むのは、黒髪に黒眼、細身な身体に平均的な背丈の少年、トーマです。

「いや、まったくその通りだ。誤字脱字、スペルミスに熟語や慣用句の誤用、描写の矛盾や欠落。大いに結構じゃないか。創作をしていればそんな事は日常茶飯事、訂正し反省する事は大事だが、いつまでも囚われては、歩みを鈍らせるだけだ」

 艶やかな長い栗色の髪に、高めの背丈の少女、アルクスは、暖炉の前でエールをあおりながら鷹揚に言います。

「うん、僕は気にしないよ」

 ウェルテの横に座りチーズを齧る金髪に碧眼、白い肌の中性的な少年、ティーフは、屈託ない笑顔を見せました。

「はぁ…そうね。まあいいわ、次、いきましょう。トーマ、議題を言ってちょうだい」

 部屋の中央で椅子に座るウェルテは、トーマに促します。

「はい。…えっと、僕らは自分の心臓を、“魂の核”と定めているわけですが、心臓は筋組織で作られた非常にパワフルな臓器です、それが精神の支柱であるというのはつまり、僕らは皆、“究極の脳筋”と言って差し支えないのではないか。という問題です」

「それ、問題なのか?よくわかんねーよ」

 ラルマは、気だるげに感想を言います。

「ちょっと黙っててもらえる?これは、由々しき問題よ。散々、自己の存在への悩みや葛藤、世界の矛盾や不条理にフォーカスした作風にしておきながら―…ちょっと、ティーフ、チーズ、全部食べないでね」

「うん」 ティーフは干し葡萄に標的を切り替えました。

「…そんな作風にしておきながら、そのオチが、みんな“脳筋バカでした”じゃ、読者の方々も納得できるわけないわ!そうでしょ、トーマ」

 ウェルテは血相を変えて、トーマに同意を求めました。たじろぎながら、トーマは答えます。

「そ、そうですね、僕もそう思います…でも、こんな話を聞いた事ありますよ。心臓病を患う少女が、心臓の移植手術を受け、見事にリハビリにも成功して普通の生活に戻れたんですが、その後、明らかに少女が体験していない記憶を話したり、今まで全く苦手だった物が食べれるようになったり、物静かで読書好きだった子なのに、外を駆けまわりサッカーをするのが好きになったり…趣味や嗜好が全く変ってしまったんです。そして、よくよく調べてみたら、それらは全て、貰い受けた心臓の元の持ち主の少年の記憶や嗜好そのものだった…というものです」

「眉唾。俺は信じないね、そういうカルト話」

 茶々を入れるラルマの顔に目掛けて、ウェルテはソラマメを一粒投げつけます。当たったらちょっと痛いくらいの速度でしたが、寝転がるラルマは腕だけを動かし、ソラマメを見事に掌で受け止め、口に放りました。

「ふむ。つまり、こういうことか?心臓には、人の心や身体における、記憶、魂ともいうべきものが宿っていると?」

 アルクスは、あくまで真剣に受け取ります。

「えっと、そこまでではないんですが…僕らの頭の中に詰まっている脳神経細胞だけが心を構築する全てであるとはいえないんじゃないか、と思うんです…」

「なるほどね…確かに私達は、その心臓に宿る未知の可能性に賭けているといえるわね」

 ウェルテもまた、トーマの話に納得した様子です。チーズの入った皿を手前に引き寄せ、齧っていました。

「“頭脳という一つの点から心を解き放ち、身体を通して感じられる環境との調和、それが『ユーリの心臓』の根底に流れる一つのテーマであるといえるのかもしれませんね”だそうです」

 トーマは手元の羊皮紙に浮かび上がった文字を読み上げました。

「訳わかんねーっつの。やっぱ腑に落ちないね、俺は。心臓は血液を循環させてるだけのポンプさ、自分だけで何かを作ったり吸収して、変化させる事はないだろうよ」

「…まあ、身体の中核ではあるけど、心理的なもとのは無縁っぽいわよね。やっぱり“脳筋”なのかしら、私達…いやよ、そんなの」

 ウェルテは、丁寧に両手で杯を持ち、ごくりとエールをあおります。

 しかし、トーマは、ひっそりと反論しました。

「でも…“胸に手を当てて考える”とか“自分の胸に聞いてみろ”とか、“大事なのはハートだ”とか、心臓は、頭とは違う本質的な想いが宿る場所っていうイメージもありますよね。そもそも、“心”の字を冠しているわけですし」

 パチンと薪の爆ぜる音が静寂に響きました。

「ん?なんだって、ちょっと意識飛んでた」

 ラルマは、瞼をしばたかせて、部屋を中を見回します。

 いつの間にかティーフと、ネーヴェは机に伏せたり、座り込んで壁にもたれながら寝ていました。二人の寝息がすーっと部屋に響いています。

 ティーフは穏やかな寝顔ですが、ネーヴェは少し眉根を寄せていました。

「今日はこのくらいにしましょうか」

 ウェルテの言葉に、トーマとアルクスが動きます。

「よし、皿を片付けよう」

「掛け布とってきますね」


 少年少女らの住む家を二つの月の明かりが照らしていました。

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