6話 探索は続くよ、どこまでも
次にアキト君が案内してくれたのは、今度は反対側の扉の前だった。
「玄関に近い方が食堂で、その隣がキッチン。一番奥が客間」
「キッチンが真ん中にあるのか?」
「ああ。順番に見ていこうか」
食堂は光の入る明るい部屋だった。
中央に縦に長いテーブルが置かれて、向かい合うようにおかれたイスもすべてそろいのもので、背もたれに彫り物と装飾が施してあってとても豪華だ。
壁には船の設計図のような図面が入った額縁が飾られていたり、大きなボトルシップがあったりした。ボトルシップの隅には小さな木の板があって、そこに年号と思しき「1901」の数字がある。
「これ、船をイメージしてるのか? でも、それならもっと浮き輪とか、網とか、そういうの置けばいいのに」
「船をイメージするにしても、他の部屋と吊り合いがとれないじゃないですか」
二人の会話を聞きながら、あたしと一緒にボトルシップを覗きこんでいたフユが、おずおずと顔をあげる。
「このボトルシップの船は、豪華客船に見えるけど……」
「うーん。船が好きな人だったんでしょうか?」
あたしはみんなの意見を聞きながら、飾ってあった図面を覗きこむ。色々と書きこみがされているけれど、普通の船じゃないみたいだ。
形としては、潜水艦なのかもしれない。
でも、豪華客船のイメージにしたって、潜水艦の図面なんかどうして必要なんだろう? ボトルシップの船とは違うみたいだし。
「ひとまず、ここはこんだけかな。こっちは?」
ナツキ君が食堂にあるもう一つの扉を開けた。
そこはキッチンに繋がっていて、すぐに移動できるようになっていた。そこから更に向こうの客間の方にも扉が繋がっているみたいで、わりと機能的だ。
「ここはなんか新しいな」
「水回りだけは手をつけてもいいと言われてるんだ。だから、このあと少し改装はする予定なんだ」
冷蔵庫は持ち込んだみたいで、そこそこの大きさの白い冷蔵庫が鎮座していた。けれども、もともとのキッチンと比べて異様に存在感がある。そこだけ新しいからだ。
古い食器棚には、必要最低限の食器が入れられている。
ナツキ君が冷蔵庫を開けたそうにうずうずしていたから、ここはもうこれだけにして客間の方に移動することにした。
キッチンの扉を潜り抜けた瞬間、声をあげてしまう。
「わっ、すごい……!」
ここの部屋は重い茶色の壁と、それと同化しそうな色のテーブルが真ん中にあって、それを挟むようにソファが並べられている。ソファには細かく編み込まれたレースの背もたれシートがかかっているし、布には落ち着いた色の薔薇が縫い込まれている。
壁にはここにも大きな本棚があって、本がいくつか並べられていた。外国の本も何冊かあるみたいだけど、あたしには読めない。アキト君は客間と言ったけど、なんだか落ち着かない。こんなところに通されたら、緊張してしまいそう。
ナツキ君とシュンスケ君が先に中に入って、中を見回した。
「ここ、客間でしたよね?」
シュンスケ君が茫然として言った。
「一応、客間として使われてたみたいだけど」
そもそも居間だって客間みたいに見えるぐらいちゃんとしていたのに。ナツキ君もさすがにここまでくると、物珍しさよりも困惑の方が強いみたい。
あたしも一応、部屋の中のものをメモろうと思ったけど、何からメモればいいのかさっぱりわからない。
「ねえ、あの、朱雀君。一階の部屋はこれだけなの?」
フユがおずおずと聞いた。
「一階はこの部屋で全部だね。あとはトイレとお風呂」
「それは……えっと、どこにあるの?」
「貸してくれ」
アキト君はフユのバインダーを受け取ると、さらさらとペンで地図を描き始めた。あたしも後で見せてもらおう。
その間に色々とみまわってみるけど、大したものはない。本を手に一冊取ってみたけれど、中身はやっぱり外国語で、頭が痛くなってくる。それに、読めない。ひょっとするとこれもフランス語なのかも。
「あ、ねえ、シキちゃん」
フユに呼びかけられて、あたしは振り返る。
「なに?」
「二階って、何かあったっけ? その……幽霊の」
あたしは考え込んだ。
目撃証言によると、白い光の幽霊は書斎で、あとは女の人の甲高い悲鳴。それ以外は特に何もなさそうだ。二階については幽霊の噂も特に無かったような気がする。
「んん……、特に無かったかなあ。ねえ、ナツキ君たちは何か知ってる?」
「あん?」
ナツキ君が眉を寄せた。
「知らねえな」
「僕も知りませんね。二階には何があるんです?」
「二階は個人用の部屋が四つある。そのうちの二つオレたちの部屋として使ってるんだけど……ここが終わったら行こう」
「おう、そうだな。しっかし、何も出ねえなあ。他にないのか?」
さすがにここまでくると、ナツキ君にも飽きが出て来たみたいだ。
確かに幽霊屋敷とは言うものの、人が住んでるわけだし、そもそも今は昼間だ。
「……いや、もう一つあるよ」
「もうひとつ?」
あたしが聞くと、アキト君は肩を竦めて続けた。
「屋根裏部屋があるんだ。ちょっと問題があるけどね」
「それを早く言えよ!」
叫んだのはナツキ君だった。
大股で歩きだしたかと思えば、ソファの間をすり抜けて扉の前に立つ。
カーペットを見ていたシュンスケ君が、あわてて立ち上がった。
「秘密の隠し部屋ってわけだろ? 早く行こうぜ!」
「ちょ、ちょっと、待ってくださいよ!」
シュンスケ君がまごまごと手元のデジカメを操作して、写真を撮り始める。
あとでやればいいのに、と思ったけど、変なところでマメだ。
全員が客間から出たあとに、階段の前で集合した。
「遅い!」
「ナツキ君は何もしてないじゃないですか!」
「なんだと? この野郎、リーダーに向かってなんてことを!」
ナツキ君がシュンスケ君の首に腕をかけて、ぎりぎりと締め上げ始める。
「ちょ、ちょっと二人とも……」
フユはどうすればいいかといった感じではらはらしていた。
「二人ともこんな所で喧嘩しないでよ! 屋根裏に行くんじゃなかったの?」
「おっと、そうだった。命拾いしたな、シュンスケ」
「もう……」
見上げると、アキト君は面白げに笑っていたので、あたしはあきれてしまった。
男の子って誰もかれもこうなんだろうか。
「そ、そういえば、あっちの通路は何があるんです?」
ぐったりとシュンスケ君が、一階の突き当りから右手に伸びる通路を指さした。
「トイレと風呂だよ。行きたくなったら案内する」
「さすがに、トイレとお風呂に何かある気はしませんね」
「そうだろ? だから、早く屋根裏部屋に行こうぜ!」
「ああ、待って。一つ問題があるんだ」
さっそく二階に向かって歩きだそうとしたナツキ君がずっこけた。
「なんだよ!?」
「見た事があるならわかると思うけど、ひっかけるための専用の棒が見つからないんだ」
アキト君はそう言ったけれど、あたしはいまいちピンとこない。
「ええと、屋根裏部屋って、階段はないの?」
「扉は、扉だけど。天井に直接扉があるタイプなんだよ。金具に輪っかがついていて、そこに棒を引っ掛けて開けるタイプだね」
アキト君は右手の人差し指を立てたあと、下向きに曲げた。
「つまり、金具だかなんだかに引っ掛けられればいいんだろ? 何か使えそうなものは無いのか?」
みんなが一瞬黙る。
「あ、そうですよ! 暖炉があるなら、火かき棒とか使えませんかね?」
シュンスケ君の一言に、アキト君が考えこむように居間を見つめた。
「なるほど。……まあ、やってみようか」
アキト君が居間から火かき棒を持ってきて、全員で二階に上がる。
「暖炉は使えないのに、どうしてこんなものがあるんですかねえ」
「見た目が重要なんじゃない?」
最近だと暖炉型のオシャレなヒーターがあるのを見た事があるけれど、中の火はさすがに偽物になっていたはずだ。それに、薪のような付属品はあったけど、火かき棒はさすがになかった。この建物はそれだけ見た目にこだわってるって事だろうか。フランスで特別暖炉が使われているわけでもないと思うけれど。
二階に上がると、廊下は左右に分かれていた。
右側がアキト君たちが使っているところで、左側がお客さんに使ってもらう用、らしい。あるいは一部屋物置にしてもいいんじゃないかとも思っているようだ。
問題の天井は右側にあった。
アキト君が示してくれた場所を見ると、なるほど確かに天井に四角く切り取られたみたいな線が入っている。ちょうどそこが開くみたいだ。手前側の真ん中あたりに金具がついていて、割っかのようなでっぱりがある。
「ありゃ確かに専用の奴が必要だなあ。なんでないんだろうな?」
「無くしちゃったのかなあ……?」
「ははーん、意外とこの屋敷の持ち主がオッチョコチョイだったってことだな? まあいい、俺に任せろ!」
ナツキ君が手を伸ばして、天井に火かき棒を向ける。
……全然足らない。
「イス持ってくるよ」
「……おう」
アキト君が自分の部屋だと言ったところに入ると、これまた古めかしいイスを持ってきた。これもこの館の付属品らしい。
「き、気を付けてね?」
あたしは思わず声をかける。
ナツキ君はイスに上がると、再び火かき棒を金具に向けて掲げた。
「これ、大人でも棒がないと開けられないよね? 必需品っぽいのに、どうしてこの近くに置いてないんだろう……」
あたしは疑問をそのまま口に出した。
「隠されてるとかですかね?」
「何のために……?」
「不便極まりないからな」
ううーん、と四人で考えこむ。
「お前ら、ちょっとは俺の雄姿を見ろよ!」
ナツキ君が声をあげた。
「あ……あはは、ごめんごめん」
あたしが謝ったところで、火かき棒が金具に引っ掛かった。
「よし!」
「たぶん、そのままちょっと回せば扉が開くはずだ」
「わかった!」
アキト君が言うように、ナツキ君はそのまま金具を少しずらす。やがてガチャリと音がして、扉が下向きに開いた。
「開いた!」
「開きました!」
シュンスケ君が写真を撮る。
「気を付けて」
「お、おう」
軋んだ音を立てて、扉が開く。開いた扉の向こう側には折りたたまれたハシゴが収納されていた。ナツキ君がなんとかその上のハシゴを広げると、そのままゆっくりとイスから降りる。
後を受け継いだアキト君がハシゴの足を何とか床につけてぴんと張ると、あたしたちは思わずにやりと笑った。
「よーっし、これで屋根裏探索に行けるな!」
あたしたちはナツキ君に拍手を送った。シュンスケ君は無言でパシャパシャと写真を撮っている。ひと仕事終えたみたいな空気だけれど、ここからが本番だ。
天井にぽっかりと開いた穴を見上げると、ナツキ君から一人ずつ、ぎしぎし軋むハシゴを登って屋根裏部屋へと赴いた。
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