そのマフラー、強烈なモフモフ加減に付き注意
小林プラスチック
モフれよ
十二月二十四日、今日はクリスマスイブ。
いつもならカッコウ鳥が鳴いている商店街大通りも、今日に限っては大勢の若い男女二人組みで賑わっていた。
サンタクロースのきらびやかなイルミネーションが飾ってある、商店街の入り口の前。
「邦治くん、まだ来ないかな……」
武津子は待ちきれない様子で右手の腕時計を何度もチラ見する。
時刻は午後五時五十五分。あと五分で、彼女の最愛のボーイフレンドである
武津子は手元の箱を見つめて、朱の指した頬を緩ませる。
「私が丹精込めて作ったマフラー……きっと気に入ってくれるよね」
箱の中には、武津子が作ったマフラーが入っている。
武津子は目を閉じると、このマフラーが完成するまでの道のりが浮かんできた。
「思えばこれを作るのって、結構大変だったなぁ……」
今から遡る事二ヶ月前のこと。
武津子は大変不器用であった。
料理を作ろうと思えば黒く炭化した末に爆発する。
弟のプラモデル製作を手伝ったときなど、人型のロボットが完成するはずが触手型のモンスターに変形していた。
しかし、なんやかんやで付き合い始めてからはや5ヶ月以上経つ邦治に、自分の好意をどう伝えようと長考した末、マフラーを作ろうと思い立ったのである。
だが、絶望的なまでに手先が不器用な武津子にマフラーなど作れるはずがなかった。
それでも邦治に手作りのマフラーを手渡したかった彼女はインターネットを駆使し、あらゆる手芸の技術を身につけようと努めた。
そして一日徹夜をかけて出来上がったのが、蛇が無数に絡み合ったかのような全長約二十メーターにも及ぶ毛糸の束である。
アマ○ンにて選別された百個以上の白いシルクの毛糸だまを使い、さらに保温性を高めるべく羽毛(家で飼っている鶏およそ二百匹)の毛を編み込んだ、珠玉の一品である。
武津子は部屋一杯に広がるマフラーを見て、満足げにうなずく。
「これくらい大きいほうがいいよね」
「よくねえよバカ。どうやったらこんな化け物じみた布をマフラーなんて呼べんだよ」
「化け物って、失礼ね。ちゃんとマフラーじゃない、ほら」
部屋に入ってきた武津子の弟こと、
武津子は床からマフラーの一部を取り出して、首に巻いてみせた。
「つーかさ、よくこれだけの量の羽毛確保できたよな。確かにうち養鶏所やってるとは言っても限度があるとおもうんだけど……」
「まあ、途中で毛が足りなくなったからこれ使ったんだけどね」
武津子は懐からドロドロした深い緑色の液体が入っている、透明なアンプルを取り出して見せる。
「絶望的剛毛促進剤・オゾケガハシルンTHEオメガだよ。ア○ゾンで毛糸玉百個セットと一緒に売ってたから、買ってみたの。で、毛を剃って丸裸になった鶏にぶっかけたら、もうすごい毛が生えてきちゃって。取っても取ってもなくならないから、マフラーに使ってったらドンドン長くなっちゃって」
「……どこをどうツッコめばいいのかわからないけどさ、とりあえずだ。その液体の名前がクッソうさんくせぇ! つーか毛糸玉買い過ぎだよ、百個とか業務用の域だ! あと勝手にうちの鶏を生贄にマフラーを作るな、そして怪しい液体をぶっかけるな! 今朝養鶏所から滝のように白い毛が飛び出てるかと思ったら、お前の仕業だったのか! あれ今オヤジが鶏の毛全部刈ってるんだぞ? 責任取れクソ姉貴!」
武蔵は半ばやけくそ気味に怒鳴ると、姉の持つ液体を引っ手繰る。武津子は、取り返そうと武蔵の手にあるアンプルを引っ張り合う。
「ちょ、やめてよツッコミしか取り得のない愚弟のくせに! それは私のよ!」
「破滅的な技術スキル持ちの手前が言うな! これ以上育毛剤を何に使う気だ!」
2人はしばらく取っ組み合っていたが、不意に足がもつれて床に倒れ伏せる。
その弾みでアンプルの蓋が割れて、中の液体がマフラーに飛び散った。。
「あああっ! この、愚弟がぁぁ……マフラーにかかっちまったじゃねえかよ!」
「ぐはぁ、俺は悪くねえ! くそ、これでもくらえ!」
「ふがっ! やめろ、鼻の穴にアンプルのビンを詰めようとするな!」
武津子はマウントポジションをとりつつ、武蔵の顔面に往復ビンタを食らわせる。
武蔵も負けじと、手元に転がったアンプルの瓶を武津子の鼻の穴目がけて押し込もうとする。
泥沼の様相になってきた姉弟喧嘩を繰り広げているあいだ、液体はマフラー全体に広がっていく。
端に近づくにつれ色は薄くなり、やがて液体のあとすら見えなくなる。
やがて、武蔵が床に広がるマフラーの異変に気づき始める。
「あれ、このマフラーなんか動いてない?」
「え、うわっホントだキモイ」
マフラーがびくびくとのたうち回り、脈動を始めていた。
マフラーは部屋中の壁をつたい始め、瞬く間に部屋中がマフラーに囲まれる。
「あの育毛剤不良品だったのね! 訴えてやるわ!」
「そんなこと言ってる場合じゃねえよ! なんかやばそうだし、ここから出よう!」
尋常ではない怪現象に、二人は部屋の出入り口のドアから逃げ出そうと試みる。
一番最初にドアを開けた武津子は脱出することに成功するが、武蔵はマフラーに足を捉まれ、部屋の中央へと引きずられていってしまった。
「うわあああ、助けてくれ! も、モフモフが身体にっ」
「武蔵っ!」
引きずり込まれた武蔵はマフラーにグルグルまきにされて、身動きが取れなくなってしまった。
「どうしよう……このままじゃ十円禿が良くできることに定評のある弟が、一生モフモフに囲まれて過ごすことになっちゃう。しかも人の部屋で、人のマフラーに巻かれて」
「うう、暑い、モフモフする……」
武津子はどうする事も出来ず、右往左往する。
「私が助けようにも、どうする事も出来ない……どうしよう。このまま愚弟が黙って人のマフラーでモフモフしているのを見ているしかないの?」
そのとき、武津子の後ろからやたらガタイのいい、上半身裸のカイゼル髭の男が現れた。
「いや、大丈夫だ。武蔵は私が助け出す」
「お父さん! 鶏小屋に取り込まれたと思ったら、無事だったのね!」
父は、部屋の中に入ると大の字になって寝転んだ。
「あ、ダメよお父さん! 愚弟のように簀巻きになっちゃう!」
「いいや、これでよいのだ」
みるみるうちにマフラーは父のたくましい肉体に絡みついていき、ついにはミイラ男のように身体を包んでしまった。
「さあ、もういいだろうな。武蔵、動けるならこの部屋から出るのだ」
モフモフ地獄から解放された武蔵は、父の言うとおり部屋から退避する。
「いくぞ……ぬぅん!」
父を包んだマフラーが不自然に波立ち始める。
「うわ、なにあれキモイ。死ねばいいのに」
「実の父親に何言ってんだこの姉は」
「うおおぉぉぉっ!」
父が雄たけびをあげると共に、マフラーは部屋一杯に膨らみ、爆発四散した。
マフラーの残骸の中心には父が直立不動で立っている。
父の手には、二人分で一緒に巻けそうなサイズのマフラーが握られていた。
「ほら、武津子。しっかり彼氏さんに渡してあげるんだぞ」
「も、もうお父さんたら……」
武津子は赤面して、父からマフラーを受け取る。
「なんだこれ……」
武蔵はただ、呆然と二人をみていた。
そして現在。
「ぐあああっ!」
「えへへ、邦治くん、どうかな……? あったかい?」
武津子からプレゼントを受け取った邦治青年は、あけようとした瞬間、箱をぶち破ったマフラーに巻きつかれてコブラツイストを掛けられていた。
武津子はその様を、嬉しそうに見つめていたのだった。
そのマフラー、強烈なモフモフ加減に付き注意 小林プラスチック @chaos54edamame
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