第12話 遊園地

僕はカーテンの隙間から射す光で目が覚めた。

少し開けておいた窓の間から、朝の心地よい風が肌を優しく撫でる。

その風に誘われるようにフラフラと窓側に向かおうとしたが、体が急に重くなった。

重くなった体を無理やり引きずって窓からベランダまで出ると、そこで嘔吐してしまう。

なんで急に気分が悪くなったのか、僕には見当もつかなかった。

というか昨日の記憶がまるっと無いのだ。

うぅ……っと唸りながら頭の中でパズルを組み合わせようと、必死に頑張ってみたものの何一つ思い出せなかった。苦悩していると携帯が鳴り響く、通知表示は赤塚さんからのものだった。

僕は気持ち悪さを飲み込んで電話にでる。


「もしもし……。」


「おお!荒木くん、急で悪いんだけどね…今日は休んでくれ。次の事業をお二人に任せようって社長の判断でな、明後日から忙しくなるから今日は休ませてやってくれって話なんだよ!それでもいいか?」


「えぇ…っと、あぁ……はい!わかりました」


まず僕の頭によぎったのは「助かったぁ」この一言でだった。この頭痛と吐き気で出勤はかなりキツイ……本当に助かった。

一息つくとまた電話が鳴る、今度は莉帆からだった。


「もしもし!」


「あ!輝くん!!今日休みになったよね?」


「うん!ほんと助かったよ……俺朝から、」


そう言いかけた俺の声に被せるように、莉帆の声が食い気味に襲いかかった。


「私ね、昨日スーパーの福引やったの!そしたらさ、遊園地のペアチケット当たっちゃった!!行こう!丁度よく休みだし!!」


声からわかるほど莉帆は嬉しさに満ち溢れていた。

電話越しなのに、目の輝きがイメージで伝わるほど感情のこもりまくった声で話す莉帆に、僕は圧倒されてしまった。


「あ、うん!行こっか」


てなわけで眠気と吐き気と頭痛を洗面台で洗い流して……ってそんな上手くは行かず。体調不良そのままで、僕と莉帆は遊園地に来たのだった。


「ねねっ!まず何から乗る?」


電話越しで感じたイメージとぴったりの輝いた目で問いかけてくる莉帆を見て、「来てよかったな。」って気分にされてしまう。

本当に彼女は不思議だ、さっきまでの体調不良はどこへやら……すっかり莉帆のペースだった。


「よし!全部制覇するぞ!!まずはアレから!」


そう張り切って僕が指をさしたのはアイスグランドってアトラクションだ。

室内気温が氷点下になっていて夏なのに涼しく、化石やマンモスの像なんかを見て回る博物館風のものだった。


「センスいいね!涼しいし始めのアトラクションって感じする!!」


ニコニコと笑う莉帆の横顔を見て、また「来てよかった」と思った。でも今度は思っただけじゃなくて、その気持ちを自分なりに形で表現した。

僕は莉帆の左手をそっと握る、すると莉帆も黙ってギュッと握り返してくる。寒いはずの室内、だけど重ねた手にはしっかりと温もりを感じた。

アトラクションは15分ほどで終わって、フリーフォールに乗ることにした。

僕が順番待ちで並んでいる間に、莉帆がアイスクリームを買ってきて、2人で分けて食べる。

眉間がキーンとなって「夏だな」ってビビッと感じて思わず身震いした。

20分ほど待って順番が回ってくる。

フリーフォールへ乗ると徐々に上昇していく、カタカタと鳴る機械音と上昇による高度が合わさって恐怖を煽ってきた。


「怖い怖い怖い怖い……。」


「輝くんビビりすぎ!!」


怖がる僕を茶化すように莉帆はクスクスと笑う。

彼女に笑われると怖くても痩せ我慢して、顔に出さないよう努力してみる。でもそんなの一時のものに過ぎない、やっぱり怖いものは怖い!!

気づけばまた「怖い」繰り返していた。


「怖い怖い怖い怖い……。」


「ほら、もう直ぐてっぺんだよ!」


莉帆に言われてグッと閉じていた眼を開いた瞬間、僕の目に周りの景色が全て飛び込んできた。

それは水平線だった。まっすぐに広がる水平線……なんだが真っ直ぐってのが胸に引っかかって心臓の右上をチクリと射す。それから懐かしさがその傷から溢れ出てきた。

カタン……っと音がして体がフワリと宙に浮かぶ。


「きゃぁぁぁぁああああ!!!」


莉帆の叫び声がその時はとても遠くに聞こえた。

僕は何故か泣いていた。景色が綺麗だったからでも、アトラクションが怖かったのでもない。

ただ重力に逆らうように雫が瞼から上へ上へとあがっていった。

カタカタと音がしてハッと我にかえる。

莉帆が涙目の僕を見てまた、クスクスと笑いだした。


「苦手なら言えばよかったのに!」


笑いながらそう言う莉帆に僕は少しのあいだ無言で、5秒遅れで返事をしていた。


「ああ、ごめん!あんまり怖くってさ!」


苦笑いで答えてから誤魔化すように、咄嗟に次のアトラクションを指差した。


「今度はあれに乗ろう!!」


提案してから、しまった……。そう思った。

僕が指をさしたのはコーヒーカップだ……当たり前のことを言うが、飲む方ではない。

回る方のコーヒーカップだ。

体調不良で嘔吐までした者が乗るものではない。

でも莉帆はノリノリだった。


「よーし!じゃあ、私が回すね!」


「あ、はい。お願いします」


言い出しっぺは僕だ、そう答える他なかった。

回る前に嫌の予感が脳裏をよぎる。案の定、莉帆は体調不良で嘔吐までした僕がいながら、全力でカップを回し続けた。

このアトラクションで新事実が発覚する。

なんだかんだ全力で回されても吐くまではいかないこと、あと莉帆の三半規管が異常なまでに強いことだ。

あれだけ回したのにフラつきもしない彼女の三半規管は最強だと認める他なかった。


僕らがカップから降りると、だいぶ日も傾いてきていた。


「午後3時ぐらいかな?」


「えー、もうそんな時間なの?まだジェットコースター乗ってないよぉ〜」


悲しそうに口を尖らせる彼女に付き合ってあげたいのはやまやまだけど、僕はもうフラフラだった。

この状態でジェットコースターなんか乗ったら、一回転するコースで間違いなく嘔吐してしまう。


「ちょっと気分悪いからさ……莉帆乗って来なよ!ここで動画撮っててあげる!!」


「うん、わかった!」


そう言うと彼女はスタスタと、ジェットコースター待ちの列へと並んで行く、その小さくなっていく背中がなんとも愛おしげで、触れたら消えてしまうのではないか……そんな馬鹿な疑問さえ芽生えてしまう。

消えるわけがないじゃないか!僕は自分の冗談に自分でツッコミを入れてカメラを莉帆が乗り込んだジェットコースターに向ける。


ビーーーーっと言う音と遊園地スタッフの掛け声で、ジェットコースターは動き始めた。

カタカタカタカタとまたもや機械音が鳴り響く。あぁ、聞いているこっちもにも恐怖感が伝わってくる。

カタカタガタガタガキガキ……。なんだが耳につく音が鳴りながらもコースターは上昇を続ける。

上昇と共に僕のカメラも上へ角度が上がっていく。

カメラのレンズ越しに彼女を捉えながら僕は動画を撮り続けた。そしてやっと頂上までつくと下降を始める。ガタガタガタガタ中間まで一気に滑り降りた。

「きゃぁぁぁぁあ」という乗客の悲鳴が聞こえてくる。すると、またあの不可解な音が鳴り出した。


ガキガキガキガキガッ!!!!


急に乗客の悲鳴と機械音が鳴りむ。


ガラガラガシャンガンガンガン……。


僕には何が起きたのか理解できなかった。

動画を撮っていたカメラを僕は足元に落とす。

考えるより先に体が動いて、走って莉帆のいるだろうあたりへ向かった。

砂ぼこりが立ち込める中をかき分けて走った。

視界がだんだんとハッキリしてくる。

そこには動かなくなった乗客と、まだ息のある人達のうめき声が響いていた。


そこでやっと状況を飲み込んだ。

荒木莉帆と他10数名を乗せたコースターが、頂上付近から落下したのだ。

僕は呆然とそこに立ち尽くしていた。

そして体が動いた時には、レスキュー隊の人達が僕の周りへ駆け寄ってきて、莉帆を探そうと暴れる僕を取り押さえる。

危ないから、危ないからと繰り返しす男性の声が僕の耳で反響していた。


もうダメだ。救急車もレスキューも来るのが遅すぎた。僕も何も出来ずに立ち尽くしていただけだった。


こんな大きな事故だきっと助からない。

恐らく……莉帆も……。


僕はそれを想像して、その場に泣き崩れた。







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