飛行機雲
紅
第1話 手紙
飛行機雲のような恋だった。昨日まであんなに仲睦まじい2人だったはずが、互いに食い違いができた途端。さっきまで真っ直ぐに空を描いた雲の線が綿飴の様に消えていく。
「他に好きな人ができたの」
彼女の放った一言が頭に刺さって抜けなかった。壊れたラジオの様に何度も、何度もリピートする。
「ふざけんなよ!」
って言いたかった、引き止めたかった。だけど、彼女の今にも泣きそうな顔を見ると何も言えなかった。
立ち尽くす僕を置いて彼女は東京行きの新幹線に乗った。
新幹線が見えなくなってからようやく現実を理解する。
これが僕の最後の青春だった。
忘れもしない、最後の青春。甘く切ない……。
安い恋愛小説みたいだけど、僕の大切な思い出だった。
でも一つだけ、今でも後悔してることがある。
それは、追いかけなかったことだ。
なんであの時追いかけなかったのか、何で思い出にしてしまったのか。
あの時追いかければ、未来は少しでも変わっていたのだろうか…。
彼女が東京へ行ったのは去年の秋だった。
そして月日が経ち春になって、僕の生活は桜の開花と共に一変した。
君への想いにも踏ん切りがつき、新しい毎日を踏み出している最中にそれはポストにあった。
その手紙は僕の疑問を一掃し、後悔を掘り返す内容だった。
今年の春に彼女が死んだ。
手紙にはこう書いてあった。
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輝君へ。
こんな手紙驚くやろね。ごめんね。
でもやっぱり本当のこと隠したままさよならするのは違うと思ったので、この手紙を書いてます。
これが届いたってことは私はもうこの世にいません。
輝君……隠しとってごめんね。
実は去年の秋、高熱を出した私は最寄りの病院へ入院することになりました。初めは熱での入院だったんだけど。
検査中に別の病気が発覚しました。ガンです。
甲状腺のガンでした。医師からその病名を聞かされたとき私は治療すれば治るんだって浅はかな考えでいたけど、医師の表情は穏やかではありませんでした。
なぜなら、私が発症した甲状腺ガンは特殊なもので、普通なら発症しない未分化ガンだったからです。
しかも未分化ガンのステージIVC期という末期のガンだったので切除もできず、治療は延命するだけのもの。
医師から受けた宣告は余命1ヶ月。長くて3ヶ月でした。
それを聞いたとき私の頭に真っ先に浮かんだのは輝君のこと。私がこんな病気って知ったら優しいあなたのことだからずっと側にいるって言ってくれたと思う。
でも、それが私には辛かったんです。あなたが私の笑顔を大切にするように、私も輝君の笑顔が大切だから。
あのとき、ホームで黙って行ってしまったこと後悔してました。最後に1度でいいから輝君に抱きしめられたかった……恥ずかしいけどそれが心残り。
私は輝君から貰ってばっかりで何も返せなかったなぁ…。
東京行きの新幹線の中で私はそんなこと考えてた。
病院へ入院すると自由に出歩けないって聞いてたから、その前に私は輝君へ贈り物をすることにしました。
でも、ただ渡すだけだと面白くないよね?
入院する前に2人の思い出の場所を一人旅で回りました。
そこに1つずつ手紙を隠しています。
最初の手紙は初デートの場所!!覚えてるよね?
私への想いが少しでも残っているなら探して欲しい。
我儘な私の最後のお願いです。
私がいなくなって輝君は新しい生活に慣れて。
もしかしたら新しい素敵な人と出会ってたり……。
なんかそれはショックです。うそうそ、冗談!
もし新しく大切な人ができていたらその人のこと大切にしてあげてください。
でも……ずるいかもしれないけど。一言だけ。
私は輝君のことが……。
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手紙はそこで終わっていた。
読み終わってから僕は涙と共に一言だけ零した。
「…ふざけんな!」
手紙が届く前も届いた後も。結局言いたいことはそれだけだった。
違っていたのは、綺麗に折られた手紙と丁寧に書かれた字が滲むように水玉模様が付いていたことだ。
ため息をついて見上げた空には飛行機雲が1つ、真っ直ぐに伸びて綿飴の様に消えていった。
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