死神憑と赤死神の雑多話

在間 零夢

死神憑と赤死神の雑多話


「ところでいつ死ぬんだい?」

「決まっているでしょう? ……死ぬまでよ」



 0



「人は箱の中で生きている」

 読んでいた本を閉じ、自室にいるのにも関わらず猫耳のような黒いニット帽を被った少女は唐突にそう呟いた。

「――なに行き成り中二病みたいなこと言い出してんのさ。その本にでも影響された?」

 少女のいっそ独り言とも言っていい声に、上から声が降ってきた。

 そう上からだ。

 この部屋に二段ベットのようなものはない、なのにその声は上から――それも天井付近から――降ってきた。

「……私が中二病だっていうなら、ソレは貴女の所為でしょうね。――絶対に」

 降ってきた声に目向けながら、何でもないことのように少女は常のジト目に若干険を滲ませてそう返した。

「はははははっ。まったく、責任転嫁はよくないよ……よくないねぇ……、いったいアタシが何したって言うんだい?」

 少女の瞳に映るのは、そう言いながら人を虚仮にするように快活に嗤う、宙に浮いた・・・・・一人の少女・・・・・

 少女――たしかにソレは少女と表するにふさわしい容姿をしているだろう。どれだけ首を傾げようともたしかに彼女の見た目は少女と言うに不可測がない。

 ただし、ソレを人間の少女・・・・・であると表することはできないだろう。そう表するには彼女は何処も彼処もおかしかった。

 先ず、宙に浮いている。比喩でもなんでもなく、彼女の体は宙に浮いていて、ちょうど天井付近に見えないベットでもあるかのように、両手で頬づえをつきながら寝っ転がって見下ろしている。

 そして、彼女のその浮いている体もおかしかった。別に体がおかしいといっても、形容しがたいほど異形の体をしているわけでなく、キチンとソレは人の形をしていた。では何がおかしいかと言われればソレは色だ。

 まず肌の色。肌は白いまるで血が通っていないかのように真っ白で、生きているのかどうか疑わしい。しかし人間でないと断ずるには少し弱いかもしれない。

 なら目の色だ。目は赤い。真っ赤だ。例えるもの程に彼女のその目は腰まで届く彼女の髪と同様に赤い。

 赤い。

 ただ赤い。

 瞳が赤いのではない。

 目そのものが赤い。白い部分などどこにもない。

 単色だ。

 ソレは人間の目ではないだろう。瞳がわからないほど赤い目、あるいは瞳諸共赤い目。そんなものはあり得ない。

 人に『死』を叩きつける赤い目。

 彼女は人間ではない。なら何か?

 それは彼女の傍らに、置いてあるようにして浮いているソレが教えてくれる。

 16歳位の彼女と同じくらいの大きさの大鎌。赤黒く、血管のような赤い筋が幾重にも全体に走り、脈動するかのように明滅している、そんな禍々しい大鎌。

 それはまるで死神の鎌のようで――、

「貴女はなにもしてないわ。でも――死神に憑かれたら誰だって中二病っぽくなると思うの」

 ――事実ソレは死神の――赤い死神の遣う鎌である。

死神憑しにがみつき全員を巻き込んだセリフだねぇ。まっとうに生きてるヤツだって居るかもしれないよ?」

「またそんな嘯いて……死神憑がまっとうに生きられると思ってるの?」

「さぁ? そんなことは知らないねぇ、アンタ以外に死神憑を見たことないからね」

「自分で憑いといて言うセリフじゃないわね」

「じゃあ、アンタ見たことあるのかい?」

「あるわけないでしょ。生まれてから貴女と一緒なのよ? 貴女が見たことないなら私も見たことあるわけないじゃない」

「ははははっ」

「嗤い者にされるのは慣れてるけど……貴女に笑われるのは特にムカつくわね」

 いつものやりとり。それこそ、生まれてから今までずっと繰り返してきた雑談、あるいは自分語り。

 何気ないいつもを今日も始める。

 話題はテキトウニ、とりとめもなく、移ろいで――さぁ雑多な話を今日も始めよう。



 1



「ところで、さっき言ってたことってなに?」

 相変わらず、人を食ったように嗤いながら、虚仮にするような口調で死神は少女に言う。これが死神のデフォルトで、きっと誰に対してもそうなんだろうと少女もこれまでの人生つきあいで理解しているし、慣れているけれど、それでムカつかないわけではない。言っても無駄なことだとも同時に理解しているので、結局どうにもならないし、どうする気もないけれど。

 しかし、さっき言ったこととは何だろうと少女は考える。他の死神憑のことだろうか? その話なら、どうあっても先に進めない。見たことないのだから、話に先がない。こういう話ができないから自分には先見の明がないと言われるのだろう。

 なんてとりとめない思考をしていた少女には、最初死神の言っていたことがわからなかったが、一つそれらしいものを思い出した。

「……? あぁ、人は箱の中で生きている?」

「そうそれ」

 人は箱の中で生きている。

 口に出したのは初めてかもしれないが、少女にとってその考えはつい最近のものではなく、数年前からずっと抱えてるものだった。

「……何って言われても、ソレそのまま、言葉通りの意味よ。深い意味なんてないわ。そもそも

意味なんてものに、浅いも深いもないと思うけど」

「まぁた中二病迸らせてるねぇ……いや、この場合は滲ませてるって言うのかい? そこはかとなくフレーバー漂っているよ。年齢的には真っ当なんだろうから仕方ないね」

「人の思想を全て中二病で片づけるのはやめて。世界の14歳に謝りなさい」

「14歳ごめんなさいっ。でも中二病て便利だよねぇ。理解できないもの、知らないもの、共感できないもの、それぞれの逆もまた然り、しっかりと自分たちの内に落とし込み貶める、魔法の言葉だね。だからアンタが何言っても何を思おうと平気だよ。世界はやさしいねぇ」

「すべて無駄、て言われてるような気になるのは私が捻くれているかしらね。……というか死神なんて中二病全開な存在が何言ってるのよ」

「種族そのものに難癖つけられてもねぇ? 人間が死神を自称する滑稽なヤツ等とは同じにされたくないね。虚仮にされてるみたいで死なせたくなるよ。できないけどねぇ」

「死神なのに死なせられないとはコレいかに」

「本物の死神だからこそ自由に人を死なせられないんだよ。勝手に死ぬ分には構わないんだけどねぇ。だから、アンタもいつでも勝手に死んでくれて構わないんよ?」

「お断りするわ。私は死ぬまで生き続けると決めているの。……そもそも私のさっきの言葉も貴女の存在あってこそのものよ、自称死神さん?」

「ほう、この赤い死神相手によく言ったねぇ……いつものことだけど。で、それで私の所為かい?」

「ええ。だって貴女私にしか見えないじゃない」

「ははははっ」

 虚仮にするように嗤う死神。まるで見えない方が悪いとでも言うような、サルが紐にぶら下がったバナナを取れないのを観ているようなそんな嗤い方。

 そんな彼女のことを見えるのは少女だけだった。少女が生まれてから、ここまで彼女と話し、彼女が話したのは少女だけだ。

 だからこそ、少女はその考えを捨てきれない。

「だから、人間は箱の中で生きている? 死神アタシはただの幻だって言いたいのかい? でもそれは――」

「――貴女だけでなく、他のモノ全てを巻き込んだ孤独の論理。わかっているの。でも、それでもこの考えを私は捨てきれない」

幻覚アタシが否定しても、それは否定材料にはならないからねぇ」

「ええ、貴女が私の妄想である可能性は否定しきれない。私しか見えないのだから当然よね。それに、人間が感じたものは脳が再現したことよ。貴女が現実だとしても、私が見えているモノが他人ひとにも同じ物に見えてるとは限らない。人が見ているのははこが処理したはこ現実なかみなのだから」

「アンタにとっての赤いリンゴが他人ひとにとっても赤いリンゴだとは限らない。アンタは死神アタシが居るというはこで生きている」

 人は箱の中で生きている。

 少女のこの思想が真実だとするのなら、つまるところ人は夢の中を生きているのと変わらないということになる。

 夢は個人で見るものだ。

 夢はすべて自分でできている。自分で作った、自分だけの箱。

 ならば、はこの中しか見えず、感じることができない現実も夢と変わらないではないか? それはつまり人は独りだということ。2人であっても独りだということ。

 胡蝶の夢。カフカの『変身』。

 だからこそ、こうした作品が、思想が、世に溢れているのだろう。

 夢と現実の区別。

 しかし、先ほどの言ったように、そもそも現実と夢が同じようなものだとしたら――、

「――でもその思想は間違っているとか言う以前に意味がないよね。たとえ証明して、区別をつけて、回答を見つけても意味がない。はははっ、浅い深い以前のお話だねぇ」

「そうね知っているわ。だから、ただの暇つぶしよ、思考ゲームっていうのかしら? まぁ哲学って結局暇つぶしを壮大にしているだけでしょう?」

「今度はアンタが謝る番ね、世界の哲学者に謝りなさい」

「哲学者さんごめんなさい……。でも哲学って便利な言葉よね。理解できないもの、知らないもの、答えが出ないもの、中二病みたいな考えも思想も行動も、哲学と言ってしまえば高尚に見えるものね。生きることに精いっぱいな私には真似事しかできないわ」

 ――どちらが夢でどちらが現だとしても結果は変わらない。

 少女はただ生きるだけ。

「ところでアンタがここ・・で死んだとして、もし目が覚めてしまうとしたらどうする?」

「決まっているわ――――生きるのよ」

「アタシが居なくても?」

「ええ。私は死ぬまで生きると決めているから」

 


  2



「ところで死ぬってどういうことか知ってるかい?」

「知らないわ。だって私は生きているもの」

「奇遇だねぇ、アタシも知らないんだ」

「……死神なのに?」

「死神だって生きてるからねぇ」

「……納得いかない」

「ははははっ。いやいや、アンタが出した答えじゃないか」



  3



「お金って本末転倒よね」

「あ、それ知ってる。現実逃避って言うんだよね」

 財布の中身を見ながら呟いた少女に、死神は見下ろしながら嗤った。

「…………」

「はははっ。……いや、アタシが悪かったから無言でこっち見ないで、こんなことで目見開かないで。ほら、話聞いてあげるから」

 溜息を吐きながら財布をしまい、少女は死神を見上げる。口では狼狽えている風だが、天井そこに寝転んで見下ろす死神はいつもどうり嗤っている。

 いつかその顔をにワンパン決めてやると密かに決意しながら少女は話し始める。

「……そもそもお金って価値がないのよ。それこそただの紙、ケツを拭く紙にもなりゃしないただの紙よ」

「14歳の少女が世紀末のようなセリフを言っていいのかねぇ。それも他人ひとから見たら虚空に」

「…………誰もいないからいいのよ。だいたい少女だってこれくらい言うわ」

「友達が言ってるのでも聞いたのかい?」

「私が言ってるじゃない」

「詐欺だね」

「ええ。まるでお金みたいね」

「その心は?」

「どちらもかってでしょう?」

「……? ああ、買ってに勝手? それはちゃんと掛かっているのかい?」

「さぁ? 急に振られたからてきとうに答えただけだし。そもそもそういうつもりで言ったんじゃないわよ。それこそ勝手に評価すればいいんじゃない?」

「ふぅん……まぁいいや。で、じゃあどういうつもりで言ったんだい?」

「本当に価値があるのは商品の方でしょう? なのにお金こそ価値があると主張して、ソレがまかり通っているじゃない。これを詐欺と言わずしてなんというの?」

「ふむ……なるほどねぇ。ま、その主張はわからないでもないね。アタシはお金をもらうより食い物をもらった方がうれしいからねぇ、社会に生きてないアタシにゃ扱えない」

 お金の価値は社会がなければ成り立たない。

 お金、すなわち値段は共通普遍の価値の秤だ。価値を測るためのモノなのに、ソレこそに価値が一番付加され重要視される矛盾。

 お金は何にでも変わるかもしれないが、お金は何かの代わりになることはない。単体では役立たずだ、金だけあっても何にもならない。

 お金は商品あって初めて価値が付加されるはずのモノ。

「社会を円滑に便利に廻すためのモノだもの、社会に生きれない貴女には即物的なモノの方が大事よね」

「使えないものより、使えるもの。当たり前のことだねぇ」

「ただの紙が商品以上に価値があるなんて異常よね。滑稽だわ……便利に廻す潤滑油が廻るのを不便にさせて錆びさせる」

「でも、便利なの事実なんだよねぇ。お金がなければ人間はずっと原始人だったと思うし」

「……ええそうね。物々交換だけだとしたら社会は廻らなかったでしょうね」

「価値が一定じゃないからね。ま、そのお金だって価値が一定なわけではないけどねぇ」

「でも一定の基準であることは変わらないわ。価値の基準が欲しくて、ソレに列なるモノが欲しかった」

「その結果、廻って廻って転がるうちに、どんどんお金の力が強くなっていったわけだ」

「商品の価値を表すモノだけだったはずなのに」

 金は強い。少なくとも誰から見てもそう見える、そして誰から見てもそう見えるならソレは事実で正しい。だから、きっと金に振り回されて行き詰り、息詰まる社会はきっと正しい。

 お金がなければ社会は発展しなかった。

 お金がなければ文化が交流しなかった。

 お金がなければこれ以上ないくらい不便だった。

 ほら、正しい。

 少なくとも間違いではない。

 でも、やっぱり本末転倒だ。

 価値があるのはお金でなく商品の方なのだ。

 まぁつまりこれまでのお話は――、

「しかし……そこまで言うんだから今欲しいモノがあるんだねぇ? それはなんだい?」

「あら決まっているじゃない――――お金よ」

 ――14歳の少女の金欠に対するただの愚痴である。

 

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