不明瞭と明快等の友情話

在間 零夢

不明瞭と明快等の友情話


「男と女の間に友情は成立すると思うかい?」

 何時かもわからず、何所とも知れない、真っ白い箱の中で彼女は僕にそう訊いて来た。

「キミと僕は友達じゃないの?」

 いつものとおり、彼女の言っていることが分からず、話の意図が見えない不明瞭な僕はそう逆に聞き返した。

「何をそんな怖がっているんだい……。私と君は『友達』だよ。まったく、そんな分りきったことで怖がるなんて、君本当に何も見えていない分からない奴だね」

 この時の僕は面白いくらいに、恐怖した顔になっていたらしく、彼女はとても可笑しそうに笑いながらそう言った。

「私が訊いたのは『関係』じゃなくて『関情』の話だよ」

 ――関わる情と書いて『関情』だよ。

 まず僕が疑問に思ったのは、そんな言葉ってあたっけ? ということだったけど、いくら考えてもそんな言葉、単語は一切聞き覚えが無かった。無かったということは、そんな言葉は存在しないということになる、と思ったんだけど、しかし、どんなことも分かると豪語する『明快等』たる彼女があまりにも、自信満々に言うものだから僕が知らないだけなんじゃないかとも思った。

 けど――聞き覚えが無いのも確かなわけで――結局僕にはよく分からなかった。

「君は本当に何も分からないんだね」

「僕が分からないのは常だけど、キミが明快すぎるだけだとも思うよ」

 いつものやりとり、彼女は僕に分からないと言い、僕は彼女に分かると返す。対極にいる彼女と僕のこのやり取りをするたびに、僕は鏡に向かって喋っている気になる。

 合わせ鏡の一番向こう側に話しかけている気分になる。

 それがどれくらい先なのか、そもそも果てなんてあるのかどうか、僕には分からないけれど。

 閑話休題。

「君と私は『友達』だけれど、はたしてソレは『友情』なのかなということだよ。関わる間に感じる情についてのお話だよ」

「……友達なら当然間にあるのは友情じゃないの?」

 彼女の言っていることはさっぱりと分からず、話が見えない。友達に懐く情なのだから、当然そこにあるのは友情なんじゃないの? と思う。

「そうとは限らないのが人間関係の複雑怪奇で油断ならないところなんだよ」

「じゃあ何があるの?」

「さぁ? そんなの分からないよ」

「…………」

 彼女はいったい何を言っているんだろう? 自分で言い出したことなのに……僕にはまったく分からない。

「ああ、分からないって言ったのはソレが人によって、変わるからだよ。決まっていないから分からないのさ」

 僕の不満を見て取ったのか、彼女は悪戯っ子のように含み笑いをしてから、からかうように彼女は言った。

 いつもそうだ、彼女は何も分からない僕をそうやってからかいながら教えてくれる。

 彼女曰くバカにしている訳ではないらしい、曰くからかうこととバカにすることは違うらしい。

 生憎と僕にはその違いが分からないけれど。

「…………」

「そんなにむくれないでよかわいいなぁ」

 やっぱりこれはバカにされてる思う。

「たとえば『恋人』という関係があるよね、そこにある『関情』は愛情ないし恋慕だろう? じゃあそれを踏まえた上で訊くけれど、『恋人』の前の関係とはなんだい?」

「……他人?」 

 相変わらずの笑みを僕に向けてくる彼女に僕は自信なく答える。

「ソレも正解」

「……!」

「でも実は答えなんか無いから何を言っても大体正解なんだけどね」

「…………」

 珍しく正解したと思ったのにぬか喜びさせられた。

「『兄妹』だろうと『他人』だろうと『友達』だろうと『恋人』にはなれるさ」

 そんな僕を満足そうに見やってから種明かしのようにそう言った。

 ……いつか鼻を明かしてやる。

「さて、とりあえずここでは『友達』が正解だとしておくよ――何せ話の中核は『友情』だからね」

「…………」

「ではさっき、問題にした『恋人』の前関係が『友達』だったとしたら――そこにある『関情』は?」

「だから友達なんだから友情なんじゃ――」

 とそこまで言ってから僕は違和感を覚えた。

 友情なら恋人に発展しないんじゃないか? 好きになったから恋人になれるわけで、なら間にある感情は好意や愛情なんじゃ……?

「君が今思ったとおり、いずれ『恋人』関係になる『友達』同士の『関情』は愛情ないし恋慕ということになる。普通好きあう男女が『恋人』関係になるわけだから」

「でもそれは――」

「そう、関係に関情は比例しない。つまりは関係に関情なんて関係ないということさ」

 彼女は僕の言いたかったことを代弁するかのように言ったけれど、僕はそんなことが言いたかったわけじゃない。

「『友達』でも間にあるのは『恋慕』かもしれないし、『恋人』でも間にあるのは嫌悪かもしれない。さてここで最初の質問にもどろうか? 男女の間に・・・・・友情は成立・・・・・すると思うかい・・・・・・・?」

「………………」

 答えられない。

 答えたくない。

 もちろんそれは分からないから。



 彼女の話を聞いていて、僕のこの『関情』が何なのか分からなくなった。



 たしかに僕は彼女に友情を感じていた。友達だからそれは当然だと思っていた。

 僕と彼女の間に友情がないなんて考えたくない。



「――大丈夫さ」



「――え?」

「安心しなよ。君の答えは間違いじゃない、それにこれは別に答え合わせでなくただの質問だ。だから…………君の考えを聞かせて欲しい。私はソレが知りたいんだ」 

 恐怖に身をすくませてた僕の耳に、彼女の言葉はスルリと這入り込んできた。

 ここ数日、彼女と『友達』になってからいつもそうだった、僕が身をすくませていると彼女は僕に光をくれる、見えない道を見えるようにしてくれる。

「――ある」

 一言。

 ただ真っ直ぐに僕は彼女の目を見て答えた。

「…………そうか、ソレが君の答えなんだね」

 彼女は息を吐いて、何かを飲み込むようにそう言った。

 何故かは分からない。

 何かは分からない。

 だけどこの時僕はナニカを決定付けてしまった。

 取り返しのつかない分岐点を通り過ぎたと……僕はそう思った。

「君がそういうのなら、そうなんだよ。まぁ……かく言う私も男女友情論は在る派なんだけれどね」

 確信したのはつい最近だけれどね。

 と彼女は種明かしのようにそう言った。

 最初から答えが出ていたのなら、変な質問をしないでほしい……。

 とはいえ僕は安心した、彼女も僕と同じ考えなら確かに僕と彼女の間にあるのは友情で、僕と彼女は友達だ。

「男女の間に友情はある。なぜなら私と君は『友達』だ。ただ遊ぶだけの――自分が退屈な時間を過ごさないように利用した――他人おもちゃを友達というような偽者の関係ではなく、『友情』共に心する『友達』だ。なら、私達はそれを信じよう……、自分の『関情』を信じるところから『関係』は始まる。だから――君は信じ無ければダメだ」

 僕の方を掴み真っ直ぐと目を見つめながら言われる。

 目は口ほどに物を言うというけれど、僕はそれはウソだと思う。彼女の目を至近距離で見ているのに、僕は彼女が何を言いたいのか分からない。

 口にしたこと以上の何を伝えたいのか分からない。

 心が見えない――不明瞭だ。

「私に『友情』だと答えたのだから、君は自分の『関情』を信じきらなければいけない」

 彼女は言った。

 彼女は言った。

 彼女は言った。



「――私と君は・・・・トモダチ・・・・なのだから・・・・・



 彼女は言った。



 ‡ ‡



 僕には分からない。

 なぜ彼女はそう言ったのか。

 なぜそんな、すがりつくような目でそう言ったのか。

 …………僕は分からない。

 自分の『関情』が分からない、これだけ言われても自身が持てない。

 本当は自分の『感情』でさえ分からないし見えない。

 僕は何に対しても不明瞭だ。

 だから僕はこの時自分の答えが自分にとって正しかったのか、わかっていない。

 今はもう彼女に会うことは出来ないし、彼女の声を聞くことも出来ない。だから、彼女が答えてくれることはもう永遠にありえない。

 しかし、そんな僕でもたった一つだけ分かることがある。信じられることがある。

 それは彼女が最期に証明してくれたもの。

「僕とキミは友達だ」

 それだけは未来永劫に変えられない過去だ。

 

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