無興味と名探偵の恋話

在間 零夢

無興味と名探偵の恋話



「恋愛感情とは何だろう? 君は考えたことある?」

 学校の屋上。

 嫌みったらしい青い空の下で実に嫌みったらしく彼女は俺に向かってそう言った。

 紺のブレザーに赤黒いチェックのスカート、この場所の立体の広告にして囚人服。

 その名も制服。

 それを校則ギリギリ(いやむしろ違反じゃね?)に着崩して着こなす美少女。

 自称名探偵。

 他称データベース。

 俺の目の前でニヤニヤした顔で見下ろしているこの茶髪ロングはそう認識されている。

 というか人の昼寝を邪魔してまでこいつは何を言ってるんだ?

「ほら、よく言うじゃない? 恋愛感情は脳のバグとか、性欲の一種だとか」

 ねっころがって無視している俺の横に座りながらお構いなしにそう続けてくる。

 どうやら俺をおとなしく寝かせる気はないらしい。

「でもさー、それって私はおかしいと思うのよ。バグだとしたら大多数がそのバグを抱えてるのはおかしいじゃない? この世は多数が回していて多いほうが事実と認識され常識になる。なら恋愛感情を持っていることが常識とされる私たち人間にとって恋愛感情それはバグじゃなくて仕様なのよ」

 だからバグじゃない。そうソイツは小説かなにかの見せ場のように語る。

「そして性欲の延長線上っていうけど、好きになったら交尾したくなるわけじゃないでしょう? いや……ちがうわね、子供が欲しくなるわけじゃないって言うほうが正しいかな? ――まぁどちらでもいいけれど――そうじゃなきゃ避妊なんてしないでしょうし、できた子を捨てたり中絶したりもしないでしょう? 性欲っていうのは子を産ませるための本能なんだから。それに子を産めないひとだって恋はするわ。そう考えるとやっぱり性欲とはまたべつのような気がするのよね。余分なことが多すぎるし」

 滔滔と喋り、どう思う? と聞いてくるそいつはなるほどたしかに名探偵に見えなくもない。

 まぁただの錯覚だけど。

 それにこいつの言う名探偵は二次元フィクションの名探偵じゃなく三次元げんじつの名探偵だ。

 すなわち調べて探す。

 現実の名探偵は密室殺人を推理しないし、行く先々で事件に遭う疫病神じゃない。

 人探し、猫探し、証拠探し。

 主な仕事はこういう地味なもの。

 名探偵。

 そう名乗るこいつはおそらくこの学校のすべてを調べつくしている。

 故にデータベース。

 もしくは検索エンジン。

 まぁこいつことなんてどうでもいい。問題なのは俺はどうして昼寝の邪魔をされているのかということだ。

「俺に聞くなよ」

 知らないよ、興味ない。それより寝かせて欲しいね、まったく。

「うん? 君だから聞いたんだよー? 恋愛感情が無いであろう君だかろこそ、私は聞きたいの。というか単純に恋バナしたいだけでもあるけどね」

「ほかのやつとしろ、女子同士としろ。というかこれって恋バナ?」

 普通恋バナってのは誰々が好きとかそういうんじゃないのか?

「恋ついて、恋愛について語ってるんだから恋バナでしょ?」

 他のやつとしろって部分はスルーか。

「だからほら寝てないで座りなさい。……座らないとあることあること言って回るよ?」

「…………へいへい」

 調べつくしてるってのはマジでやっかいだ、こうしていいなりになるしかない。

 この全方位ストーカーが。

「で? なんだっけ? 俺に恋愛感情がないだって?」

 心のなかで毒つきながら話を促す。

 ちゃんと聞いてなかったからよくわからん。

「まぁ大体合ってるけど間違いだよ。恋愛感情っていうのはなんなのかっていう話」

「大体どころか盛大に間違いだらけじゃねーか。俺に恋愛感情はあるぞ」

「え? うそぉ!?」

 おい、なんだその驚き方は? そんなに俺が恋愛感情持ってちゃおかしいか? 私は人間じゃありませんって言ったのと同じような反応してるぞこいつ。

「だって君他人ひとに興味ないじゃない? そんな人間が恋愛感情なんてあるの? 恋できるの?」

「まぁ、俺が他人ひとに興味が無いっていうのは自覚してるが……、イコール恋愛感情が無いわけじゃあない」

「じゃあ、一応初恋は経験したわけだ」

 まるでおたふくもう終わったんだねって言われた感じがした。

 君も一応人間なんだって言われた気がした。

 まぁ、

「ないけど」

「……うん、まぁ知ってはいたけど。君のことは調べつくしてるからね、そんな話は聞いたことも無かったし。でもそれでよく自分に恋愛感情があるなんて言えるね?」




 ――興味がないくせに。




 言外にそう言われた気がした。たしかに俺は他人ひとへの『興味』が無い、だが『関心』が無いわけじゃあない。

 関心が無ければ確かに恋愛感情なんか持てないだろう、いやあったとしても関心が無いんじゃ意味が無い。

 関心ていうのはマラソンでいう所のスタートライン立つところだ。他人ひとに初めて向けるモノが関心。関心が無ければ他人ひとなんてそこらへんに落ちている小石となんら変わらない。おそらく認識することすらできないんじゃないだろうか?本当の無関心は一人で完結してしまっている。

 絶対の孤独。

 絶対の孤立。

 いや、自分が孤独だと、孤立しているということすらわからない。孤独や孤立の概念は集団を知らなければ、他者を認識しなければ生まれない。

 孤独でもなく。

 孤立でもなく。

 ただそこに独りなだけだ。

 だが、俺は他人ひとに関心はある。

「言えるよ。俺はただ恋愛感情そこにたどり着けないだけだからね」

「興味がないからでしょ?」

 なにを言ってるんだこいつはという目で見られるが俺は気にしない。そのままできのいい生徒が絶妙な相槌を打ってくれた先生のようにしゃべり続ける。

「そのとおりだ。『関心』がスタートラインなら『興味』走ることであり、スタートの合図、関心のその先のモノが興味だ。まず最初に人は他人ひとがそこに居る事に関心を持つその後に『あの人は誰なんだろう』、『どういう人なんだろう』、といった興味を持つ。そうして人は他人ひとに恋愛感情やその他の感情を抱く。つまりはゴール、あるいはチェックポイントに到達する。だが俺にはそれが無い。興味が無い。関心があって、恋愛感情があっても興味が無いからたどり着けない」

「それじゃ意味無いんじゃないの? 使われない感情や衝動は無いのと同じだよ?」

「俺もそう思うよ。でもだ、『興味』が無いだけなら『関心』が無いのとは違って恋愛感情までたどり着く可能性がある」

 俺がそこまで言うと、名探偵は謎は解けたとばかりになるほどと呟いて頷いた。

「つまり関心を持った時点で恋に落ちればいいわけね。走らないなら飛べばいいし合図がしないならフライングすればいい。つまりは一目惚れならあるってことね」

 逆に言えばそれしか可能性が無いということだけど。

「言いたいことはわかったけどそれだと君に恋愛感情がある証明にはならないよ?」

「でも可能性の証明にはなったろ? それにこの世で『無い』ということを証明することが難しい。少なくとも今俺が『在る』可能性を証明した時点で『無い』という可能性は無くなったに等しいからな」

「そうだけど……、屁理屈くさい」

 納得いか無そうにこちらを見てくるがそんなものは無視だ。

「っというか、話ずれてる……。恋愛感情はなんなのかって話だったのにいつの間にか君に恋愛感情はあるのかって話になってる……おもしろかったけど」

 じゃあいいじゃねーかよ。お開きにしてさっさと寝たい。……でもそうは行かないんだろーな。

「恋愛感情ねー……」

「……うん」

 ワカラン。

 考えたことも無い。

 今さっき自分で言っといてなんだが、自分が恋愛感情を誰かに抱くことはないと思ってるし、誰かとレンアイするなんて無いと思ってる。

「……いまの話だと興味のその先にある感情が恋愛感情なんだよね」

「恋愛感情だけじゃないだろ? 嫌悪するかもしんないし嫉妬するかもしんない。興味に先にあるのはただの感情で、それが一つだけなわけじゃない」

「ふむ……」

 顎に手をあて考える名探偵。間抜けっぽいが容姿が整っているとこういう仕草も様になるから不思議だ。

 まぁどうでもいいんだけど。

「じゃああれなんじゃないかな?異性の興味の先で好感情なのが即ち恋愛感情?」

 顎に手を当てたまま唸るように言ったがどうも納得仕切れて居ない様子。

「……間違っちゃいないが……、どうもなんか違う気がする。違うっつーか足りない?」

 かくいう俺も納得していない。

 間違ってはいないっだろう……、だが足りない。スパイスというか核とういか……。

「もっとこう執念ていうか狂気っていうか。だいたい異性に抱く好感情が全部恋愛なわけじゃないだろーし。友情だってあるだろ」

「異性で友情は成立しないよ?」

「え?」

「でも足りないっていうのには賛成。うーん……執念……?」

 再び唸りだした名探偵。こっちとしてはその前のことについて聞きたいが……まぁいいやどうでも。

「ああ、そうか!!!」

「ん? わかったん?」

 ぶつぶつ唸っていた名探偵が手を叩いて顔を上げた。その表情は晴れ晴れとしている。きっと喉に突っかかった小骨が取れた心境なんじゃないかな。

「簡単なことだよワトソン君」

「俺はいつから助手になった」

 ストーカーに手を貸すつもりは無い。そもそも俺は被害者だ。

「まぁまぁ気分だよ気分。私は名探偵だし?」

「自称な」

「名探偵なんてみんな自称だよ」

 それはホームズに謝ったほうがいいんじゃないかな?

「そんなことより。恋愛感情はね、ズバリ『執着心』と『執念』だよ」

「……つまり?」

 どうでもいいけどズバリとか言うやつはじめて見たな。

 そんな感想を抱いているなど気づかないで名探偵は小説よろしく解説を始める。

「異性に対する『ずっと一緒にいたい』、『自分のモノにしたい』、『誰にも渡したくない』などといった『執着心』さらに、『すべてを知りたい』、『絶対に離れない』、『離れないために相手を喜ばせる』といった『執念』これらが興味の先で好感情と同時に異性に芽生えれば恋愛感情なんだよ!!」

「なるほど……」

 今度は納得だ。

 執着心……、確かに相手に恋愛は相手に執着している。逆にしていなかったら恋でもなんでもないだろう。だってそれは相手がどうでもいいということなのだから。

 納得、実に納得だ。……だけどそれって、

「おまえ大体の奴に恋愛感情抱いてるってことにならないか? 少なくともこの高校の男子全員のことは興味を持って調べつくしてるだろ? それこそ体を洗うときどこから洗うとかいうレベルで」

 そう言うときょとんとした顔になってそれから笑い出された。まるでチンパンジーを指さしてあれは人間ですと言った奴を見たような反応だ。かなり失礼だ。

「っっくく、いや、っそうはならないよ?ちなみに君は首からだよね」

「どうしてだ?あと何で知ってる……」

 どこで見たんだよ……。ガチストーカーかよ! こえーよ!?

「私が他人ひとを調べているのはね、私が人を理解できないからだよ」

「ふーん」

「興味なさそうだね……でも君には知って欲しいから続けるよ。私は人を理解できない、それはつまり自分を理解できないってことなんだよ。私は私がわからない、だから私は私以外の人を調べて統計を執ることにしたの。その統計と自分を見比べて自分はこういうん人間じゃないって理解するために」

 自分で自分がわからない。そんなことは誰でもあたりまえだと思うけど……。まぁでもそれに耐えられないからこそのこいつなのか。

「だから私は他人ひとを調べてるようで、人を調べてるようで、自分を調べてるんだよ。この興味は自分に向いている、だから私のは恋愛感情にはならない」

「なるほどね……」

 自分に向いてるんなら確かにそれは違うな。少なくと大勢に抱いてるわけじゃない。

「それにね……」

「あ……?」

 納得していたところに名探偵がしなだれかかってくる。

 長い睫に切れ長の瞳、キスしたら絶対に気持ちがいいと確信できるぷっくり下唇、整った顔が息が掛かるくらいに近い場所ある。薄く化粧をしているなんて今気がついた。

「一緒にこうして居て、話がしたいって思うのは君だけだよ」

 そのまま耳元でそう囁き耳たぶを甘噛みされた。

「うひゃ!? てめっ!」

 思わず体が震える、快感ではなく悪寒で。なんだかすごく気持ち悪い。

 蛇に睨まれた蛙はこんな気分じゃないだろうか? なぜかそう思った。

「あっははは! うひゃだってっ、体震えちゃってかわいー」

 思わず突き飛ばそうとするがひょいと避わして立ち上がり、笑いながら逃げる名探偵。

 あれだな、……とりあえず一発殴ろう。

「それじゃあねー」

 しかし相手は既に屋上の扉まで移動しており、追いつくのは不可能だった。探偵は用意周到だ、逃げられるように準備していたんだろう。忌々しい。

「ったく……」

 ため息をつきながら元に位置にねっころがる。

 恋バナというには少し風変わりだったけど、まぁこれも俺たちらしいっちゃらしい恋バナなんだろう。実に無興味と無理解らしい恋バナだ。








































 まぁこれも高校青春の一ページたまにはこんなのもいいだろう。

 3限目が終わるチャイム聞きながら俺は夢の中へと旅立った。

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