やっと君に、出逢えた。
@kapimasa
第1話 溝
―なんとしても僕は前に進みたかった。
「じゃ、行ってらっしゃい」
「うん。今日もありがとう」
そう言うと彼女は出勤の準備をする為に電話を切り、僕は再び夢の世界に入り込む。
これが僕たちが付き合い始めてから何度も繰り返されてきた事で、栃木と大阪間の遠距離恋愛を3年半近くも続ける事ができた日課。
付き合い始めた頃は『遠距離恋愛』と言う魅惑的な響きと『離れてても心は近くにいる』と言うような甘美な言葉をお互いに言い合っていたが、月日が経つと同時にそれらは真っ白な壁が日を追うごとに薄れてゆくのと同じように、僕らの気持ちも薄れていてその事はお互い既に分かっていたことだったのに別れないでいたのは、別れてしまえば灰色のような日々に押し潰されてしまいそうになるからだった。
だから例えフェイクのような愛だとしても、それでも構わなかった。
しばらくすると枕元に置いてあるスマホからお互いが好きな曲が流れてきて、
メールの受信を知らせる。
お互いの気持ちは既に色褪せているというのに曲だけは変わる事無く昔と同じ音色を奏でていて、その事を知る由もないスマホがとても陳腐な物に思える。
《山田理香子》
件名 Re re re re re re...
今度いつこっちに来るの?
絵文字も顔文字もない、そんな無機質な文章で彼女は遠回しにデートの催促をする。
そんな彼女の問いに対して、前々から予定を立てていたかのように僕は返信をする。
件名 Re re re re re re re...
再来週の金曜日の夜行バスでそっちに行く。
朝の7時位には新大阪に着く。
この前は梅田で遊んだから今度は難波で遊ぼう。
それだけ送った後に待ち合わせ時間までに間に合う夜行バスの予約を取る。
そうしてスマホの画面上に表れた夜行バスの予約表を彼女に送信すると毎回タイミングよく彼女からメールが届く。
《山田理香子》
件名 了解
そうして当日までは毎朝同じ日課を着々とこなす。
電話をしてデートのプランを2人で考えることもしないし、彼女からも特段行きたいところやしてみたい事などの要望はない。
これがデートと言えるような物でないことはお互いに知っていたし、事務的な物という事も理解していた。
最初はほんの些細なすれ違いから生まれてしまった溝は、埋めようとすればする程空回りをして2人の間に出来た溝を致命的なまでに広げてしまって最後には、デート当日の天気など気にしなくなっていた。
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