小さな領主

常世神命

第1話 着任

「ああ。よく寝た」


 オレは朝起きると、背伸びをしする。


 今日はオレの一番大事な日だ。

 何をかくそう、今日、王国歴388年4月1日はオレの12才の誕生日であり、この国では12才から大人の仲間入りとなる慣わしだ。


 そう、今日からオレも大人なのだ。

 ・・・まぁ、成り立てはまだまだ子供扱いされるらしいがな。





 さて、オレなんだが、名はルセルト=サラマイカ。

 この人口四百人程の小さな村の、騎士爵サラマイカ家の長男だ。


 まぁ、言っても、管轄しているのがこのリザルカ村だけなので、村長と変わらないがな。

 兎も角オレは、長男という事で跡継ぎな訳で、その為父の手伝いをして仕事を覚えながら、領地経営について学んで行く訳だ。





 だがしかし、オレは見つけてしまった。

 オレの屋敷から歩20分程歩いた村はずれに在る、古びた屋敷の地下に大書庫が有る事を。


 二年程前の話しなのだが、オレは幼学舎の授業が終わり、帰り道の道すがら、気分転換に村はずれの辺をぶらついていた。


 その刹那、突如その屋敷が出現したのだ。

 あたかもオレの事を待っていたかの様に・・・


 そして、好奇心半分、怖さ半分、しかし好奇心が少しまさったのか、その扉のドアノブに手を掛けてしまった。


 しかし、扉は開かず、そこにホッと一安心したオレが居たのも確かだ。


 そして向き直り自分の屋敷に帰ろうとしたら、「カチャリ」と音がしたので振り返ると、扉が勝手に開いたのだ。


 途端、オレの恐怖心は全て吹き飛び、好奇心一色になってしまった。

 オレは、好奇心の赴くままその中に入り、その全てを調べる事にした。





 中に入ると、年季の入った外見とは裏腹に、床や内装など、出来て間もない真新しい様子が見てとれる。


 今にして思えば不思議な事なのだが、オレの足は自然と屋敷の奥へ向かい、一番奥と思われる部屋の扉を開けると、その先に地下に下りる階段が在ったのだ。


 それを下りる事数分、階段を下り切り、その更に先に進むと、そこには、広大な書庫が広がっていた。


 ん?

 灯りの無い地下に居る筈なのに、何故そこが書庫だと分かるんだって?


 ああ、それなら、この大書庫の数ヵ所に、大きさが1メートル四方の明かり取り用の天窓が在った為、薄暗いながらも中の様子が分かったのだ。


 そこに在った本の大半は、この国どころか周辺国で使用されているどの文字でもなく、まさに未知の文字であったが、なのであって、一部はこの国で使用されているスラル語で書かれていて、オレでも読む事が出来た。




 しばらくすると、奥の方から人がやって来た。

 その人は、暗い色のローブで全身を包み、魔女かはたまた魔導師か、という怪しさ満点な格好だった・・・まぁ、華奢な感じがするし、多分魔女の方だろう。


「おやおや。かわいらしい訪問者だね。訪問者は何年ぶりの事だろう。ヒッヒッヒッ」


 どうやら、声からして魔女の方らしい。

 その人は、しわがれた声でそう言うと、オレの方に近付いて来た・・・いや、マジ怖いから。


「す、すいません。誰も居ない感じがしたので、勝手に入ってしまいました」

 オレは一応謝罪する事にした。


「フム。構わぬよ。この屋敷には、資格の無い者は入れん様になっておるのじゃ。じゃから、気に負う事は無いぞぇ・・・・・・確かにこれはのぅ・・・屋敷が招き入れたがる訳じゃな」

 そう言うと、魔女はオレの事を嘗める様に観察する。


 え?

 ってか何その恐怖設定。

 屋敷がとか聞いて無いんだけど・・・

 まぁ、何がともあれ、ホッとしたのは確かだ。





 それからというのも、娯楽の少ないこの村で、オレは毎日の様にこの屋敷に足しげく通い、蔵書を片っ端から読みまくる。


 その中で特に目を惹いたのは、【農政全書】とタイトルのある本だ。


 その本は、農業とは、から始まり、農法つまり農業の方法から、農作物・・・いや、数多あまたの植物の性質からその育て方や利用法。

 果ては、農業を中心に据えたまつりごとについて迄、農業の仕組み並びにその政全てについて書かれてた書。

 当にと言える訳だ。


 この本は、この国・・・いや、この世界の農業処か、世の中の仕組みさえも、根底から覆しかねない程の物である事を、オレはその時知るよしも無かった。


 因みに、一冊が凡そ3,000ページから成り、全30巻のである。





 それから数日すると、オレは親父から呼び出されて、親父の執務室に来ていた。

 大方これからの事についての話しだろう。


「ルセルト。お前に来て貰ったのはほかでも無い、お前自身のこれからについての話しだ。本音から言えば儂の跡を継いで欲しいとは思っているが、お前も成人した訳だから、それはお前自身が決めるといい・・・まぁ何だ。お前はやりたい事とか有るのか?」


 やっぱりそうだ。

 オレは親父に思いの丈をぶつけた。


「・・・それは、儂の跡を継ぐために、この館で仕事をすると言う事か?」

 親父は怪訝そうな顔でオレを眺める。


「いや、何て言ったら良いか、まだオレには親父の跡を継ぐはまだ無いと思う。だけど、住み慣れたこの村で仕事がしたいんだ」

 オレは親父に対して平身低頭になる。


「・・・分かった。お前には農業政務官の役職を与える事とする。聞いた事の無い役職だろう?この役職は、この国が建国される時に迄遡り・・・・・・」


 ・・・想定外だ。


 この期に及んで親父が農業政務官について蘊蓄うんちくを語り出しやがった。

 親父が蘊蓄を語り出したら、最低でも三時間は拘束されてしまう・・・嗚呼。


 かくしてオレは、親父が言うには近年では成る者が居なくなって久しく、半ば忘れ去られていた【農業政務官】に就任する事になった。





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