第14話 黄騎士

祭の最後の夜、アルトリアは大賑わいだった。


地元の住民に加えて、街の勝手がよくわからない観光客。


それらが一斉に混乱に陥ればどのような状況になるか。


何者かによる襲撃、立て続けに発生する火事。


人々は逃げ惑い、あるいは駆け、あるいは転び、


通行は瞬時に麻痺した。


イオニカは騎士団を動員し


襲撃者への対処、火事の鎮火、民衆の誘導を指示したが、


敵の強力さと人々の混乱の大きさのために容易に進まなかった。


「大通りの中までは、まだ入って行けぬか…!」


入り乱れすぎている。


戦うにしても、こちらは民を傷つけぬよう


注意を払わなければならない。


周囲を民に囲まれている状態で、それでは勝負にならない。


「イオニカ殿」


「これは、団長殿…!」


背後から現れた屈強な体躯の青年に、イオニカは敬礼した。


この青年はアスティア『黄の騎士団』団長、


ゾラ・クラウネである。


他の主要四ヶ国の騎士団長と並んで


『エルトフィア五騎士』の一人であり、


『黄騎士』と呼ばれる。


アスティアにおいて最強の人物、ということになる。


イオニカよりずいぶんと若年だが、知勇に優れ団長に抜擢された。





「城の守備はよろしいのですか」


「トールズ王は、城は近衛兵に任せ民を助けよと仰せです」


「…しかしまさか、この短時間にここまで攻め入られるとは…」


「見張りの兵が全て殺害されていたようです、


 ただの襲撃ではないでしょう。


 どうなっていますか」


「…祭のために一時的に人口が膨れ上がり、


 黄色通りには進入すらできません。


 国外の人間が多いというのも、状況を難しくしている一因です」


ゾラはその後、イオニカから


現場に立つ者のみが持つ情報を手短かに聞いた。


報告を受け、ゾラは決断する。


表情は変わらない。


心身ともに強靭な男である。


「イオニカ殿、このままではアルトリアは焦土と化します。


 それにとどまらず、街の外にまで被害が及びかねません。


 我々は、二つの覚悟を決めましょう」


「…」


「我々自身の死と、そして敵の殲滅を最優先とすることを」


「!それは…」


イオニカは、大きく目を見開いた。


一つ目はいい。常に心構えはできている。


だが、二つ目はすぐには承服しかねた。


感情的には、受け入れがたい。この国を守る騎士としても。


しかし、街の滅亡が現実となる危機が、今ここにはある。


「民を助けないという意味ではありません。


 ですが、敵を押さえない限り被害は拡大し、救助もままなりません。


 イオニカ殿は、救助の方の指揮を。


 戦闘の指揮は私が執ります」


腰に帯びた剣に手を掛けながら、ゾラは歩き始めた。


何者なのか、どこから来たのかもわからない敵。


それが、この大都市を一夜にして無きものにしようとしている。


誰も予想だにしなかった恐ろしい事態を打開すべく、


アスティアで最も強い男が戦場に立つ。

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