第四話 発見
それはいつもと同じく、警備室から最も全体が見やすい場所に位置する、『2年3組』の教室をのぞき、そのクラスの一員と化して、入り込んでいた時のことだ。
ここ二カ月の間、このクラスは常にのぞきの対象であった。
そのため、生徒の顔ぶれはもちろん。席順、曜日ごとの時間割、担当の教員、仲良しグループの構成等々、かなりの情報を有していた。
実際に私は、このクラスの中心グループであろう、5人組の派手目な女子生徒たちから、化粧品や小物、雑誌などの情報を得て真似をしているのだ。
その5人組の”ボス的存在”の生徒は、明るめの茶髪に長いまつ毛、くっきりとした目鼻立ちをし、どこかハーフとも思えるような容姿をしている娘で、幼い頃から異性にチヤホヤされてきたであろうことが、一目見ただけでもはっきりとわかる。
性格も明るいようで、常に笑顔で楽しそうにしている。いつも会話の中心に立っているのか、仲間たちと五角形で話していても、皆『彼女』の方ばかり見ている。
私自身もこのクラスをのぞく時には、まず『彼女』を探し、『彼女』を中心に、このクラスの世界に入り込むようにしていた。
たぶん感覚としては一種の憧れのようなものだろう、『彼女』のグループの他の子達と同じように、『彼女』のカリスマ性に魅了されていたのだ。
その日も『彼女』の隣に陣取るかのように2年3組をのぞき、徐々にその世界に入り込んだ。いつも『彼女』たちは教室の最後方、黒板の下で、床にあぐらを組みながら座り、持ち寄ったお弁当を食べているのだが、この日はなぜか、いつもとは違う光景が目に入ってきた。
たぶん女装をし制服を着用したことで、今までよりも深く、そして鮮明にこの世界に入り込むことが出来たのであろう。
いつもならば『彼女』のグループと、そこには属さない他のグループの生徒達くらいの感覚で、クラスを観察していたのだが。この日はそうではなく、このクラス全体を、一つの集まりとし、その中にいる一人ひとりを極めて慎重に観察することが出来た。
そして、その中でも一人の生徒に私の目は奪われた。
それは教室の一番前の席に座り、ポツンと一人、コンビニで買ったであろう菓子パンを食べている女の子だった。
彼女はお昼休みの間、誰一人とも会話をする様子はなく、イヤホンを耳に差し音楽を聴きながら過ごしていた。
茶髪の生徒が大半を占めているこの学校では珍しく、艶のかかった純粋な黒髪で、腰まで伸びている長髪と眉毛の上で一直線に揃えられた前髪は、ありきたりな表現ではあるが、日本人形のそれであった。
大きめの黒縁眼鏡をかけているため、顔立ちを確認するのにかなり手間取ったが、数少ないチャンスで確認できた彼女の容姿は、驚いたことにかなりの美形である。
それこそ、クラスの中心人物である例の『彼女』と、互角の勝負をする程の端正な顔立ちをしていた。
なぜこんな綺麗な子が、今まで私の目に止まらなかったのかが不思議でならない。
そしてなぜ彼女はどこのグループにも属せず一人でいるのであろうか。
私の学生時代の経験上、可愛い女子生徒は、必ずクラスの中心グループに在籍していた。それが性格の悪い子であろうが暗い子であろうが、見た目が可愛いというだけで、大抵はクラス内のヒエラルキーの頂点に近い地位にいる。
女性というのは見栄が全て生き物である。可愛い子の隣にいるというのは、学生時代において一つの財産となるのだ。
それなのに彼女は、これだけ容姿に恵まれているにも関わらず、なぜか一人ぼっちで過ごしている。
結局私は、その日は一日を、彼女の観察に費やした。
しかしながら、下校の時刻になり、校門を出て、学校から立ち去るまで、彼女は誰とも親しげな様子を見せることはなかった。
それどころか、彼女は学校にいる間、一言たりとも言葉を発していなかったし、笑顔はもちろん、他のどのような感情も顔に表すことは無く、常に機械のごとく無表情であった。
翌日も、私は一日中彼女を観察した。
彼女は予鈴が鳴る15分前に登校し、自らの席に着くと、そこから一度も席を立つことなく、四限目の授業の終わりをむかえる。
そして、そこでやっと離席しトイレに向かう。席に戻ってくると、鞄からコンビニの袋に入った菓子パンと、音楽プレイヤーを取り出し、前日と同様に、一人で音楽でも聴きながら昼食をとる。
食事が終わっても席を立たず、じっと音楽を聴き続ける。そして五限目の授業の予鈴とともに、音楽プレイヤーを鞄にしまい、また授業を受ける体制を整える。
結局その日も彼女は下校まで誰一人の生徒ともコミュニケーションをとらず、一度たりとも表情を変えることはなかった。
次の日も、その次の日も私は彼女を観察し続けた。
理由はよくわからない。最初に彼女に気づいた時から、なぜか目を離すことが出来なくなってしまった。
一日の間に、全く変化を見せない彼女だからこそ、たった一つの変化も見逃したくないという気持ちなっていた。
そして彼女を観察し始めてから5日目、とうとう一つの大きな変化を見ることができた。
それは昼休み、彼女がいつもと何ら変わらず菓子パンを食べながら、音楽を聴いていた時のことだ。
彼女が菓子パンを口に運ぶ手を止め、数秒間静止したかと思ったら、おもむろに”ニヤリ”と笑みをこぼしたのだ。
はじめ、私は見間違いかと思った。
しかしその後も彼女は顔を机に伏せると、両手で隠しながら、肩を上下に揺らしていた。
彼女は確実に笑っている。
それも微笑みではなく我慢しきれないほどの大笑いだ。
5日間通してはじめて垣間見えた彼女の変化に、私は一瞬たりとも逃すまいと、瞬きすら我慢し全神経を目に集中する。
一分ほど顔を伏せ、肩を揺らしていた彼女が、ゆっくりと顔をあげた。そこには5日間決して見ることのできなかった無邪気な笑顔があった。
その瞬間だった。私の脳に、心臓に、体中に人生で一度も感じたことのない、途轍もない衝撃が訪れた。よく体に電気が走るという表現があるが、まさしくそれであった
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