第二話 女装
2週間ほど経つと、次に訪れたものは〈臨場体験〉であった。
登校から下校まで、一時も休むことなく観察し続けることで、まるで自分も女子高生になり、その場に存在するかのような気持ちになってくる。
授業中には、彼女達と同様に睡魔に襲われる。体育で汗をかく彼女達を見て、私も同様に汗ばんでくる。放課後、友達同士、談笑しながら会話をする彼女達を見て、私もとても楽しい気分になる。
こうなってくると性的興奮は段々と治まりをみせる。
代りに私は、青春という名の幻想に浸り始めることとなる。
それはまた性欲とは異質の得がたき快楽である。
私は改めて夢中になった。この臨場感は、例えハリウッドでも制作不可能であろう。 30を超えた冴えない男性が、まるで女子高生の一員になったかのような感情を味わえるのだ。これほど幸福なことはない。
この時期から、睡眠中に見る夢の大半は、自らの姿が女子高生と化しているものであった。
私はどんどん彼女達に近づきたいと思うようになった。彼女達が憧れる男性アイドルや、流行のドラマ、ファッションに興味を持ち、手当たり次第に勉強し始めた。
そうすることで、彼女達が談笑しているのをのぞいている時に、実際には聞こえていない彼女達の会話が、どこからか聞こえてくるような、そんな錯覚に陥ることが出来た。
彼女達の会話の内容を推測する事で、不思議と私も、会話に参加しているような気分になれるのだ。
行動は段々とエスカレートしていく。
遂には、彼女達が教室に持ち込んでいた、ボディークリームや、化粧品などの銘柄を覚え、同じものを購入し、使用し始めることにした。
今まで30年間、洗顔クリームすら使ったことのない男が、乳液や美容液などを薬局に買いに行く。それだけでも非日常を過ごす喜びがあった。
ここまで来るともう止まらない。
女装願望に行き着くまでに、3日と時間はかからなかった。
すぐに化粧道具を買い揃え、夜な夜なメイクに勤しんだ。もちろん、はじめのうちは、子供の落書きのようなメイクしか出来なかった。
しかし資金と時間だけは腐る程にある。片っ端からメイク術の教材、高価なメイク道具を買い揃え、ひたすら腕を磨いた。
元々、絵を書くのは小さい頃から得意としていたし、この時は異常に熱中していた事も相まって、2週間とかからぬうちに、贔屓目無しに見ても、かなりの腕前になった。
30を過ぎた男性が、小一時間のメイクで、女性に成ることが出来る。もはや魔法使いにでもなった気分だ。
鏡に映る、生まれ変わった自分を、何時間でも見ていられた。
そうなると次に訪れる欲求は、そんな綺麗になった自分を、誰かに見て貰いたいというものだった。
すぐさま私は、ネット通販により、女性物の洋服を数点、そしてこの桜葉女子高の制服を購入するにまで至った。
商品が届くと、早速化粧をし、女性服を身に着け、街に繰り出した。
はじめは恥ずかしさや緊張から、節目がちに街を早歩きし、どこにも寄らず数十分の散歩をするだけであったが、回を重ねるうちに、段々緊張も解け、目線を上げながら歩けるようになった。
するとどうであろう、私が思っていた以上に、道行く人々は、私の事など見ていなかった。つまり私は女性として完全に街に溶け込んでいたのだ。
通り沿いのビルのガラスに映る私の姿は、完全に女性だったし、街の情景として何一つ違和感を感じなかった。私はまるで無敵の鎧をまとったかのような気分になった。
そこからの毎日は、さながら冒険に近かった。仕事終わりに、週末に、今まで一度足りとも足を踏み入れてこなかった街に、勇気を出して踏みいった。
若者達が群れ集まる流行の発信地や、日が昇るまで雑音の鳴りやまない繁華街、テレビや雑誌でしか見たことのないような、華やかな世界に飛び込んでみた。
どうせ元から知り合いも数えるくらいしかいない、街で出くわすことなどまず無いであろう。いや、あったとしてもこの姿の私なら、バレずにやり過ごせるのではないのであろうか、
事実、街に繰り出し始めてから、一度たりとも女装だと見抜かれたことは無かった。どうやら私が思っていた以上に、私の外見の出来は素晴らしいようだ。
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