獣の奏でる不協和音(ディスコード) ACT:1
第六節 【太陽は闇に輝く】
EPISODE 054 「獣の奏でる不協和音(ディスコード) ACT:1」
「それが
ハンムラビ関東横浜支部の地下深く、立ち入り制限区画の一室で、レイは問題の品を睨んでいた。急遽の呼び出しであったため、デスクワーク用の紺色スーツを着用したままの格好だ。
ケースから取り出され机上に置かれたのは、涼子の通う高校に突如送り付けられた人間の頭蓋骨と、その口に挟まれていた一通の封書。
頭蓋骨の額部分には「Spoils are YOU (獲物はお前たちの方だ)」と文字が彫られている……。
「ええ、やられたわ。これ自体には危険性はないから、結界をすり抜けて送られてきたのね」
問題の品を確保し持ち帰った人物、ブラックキャットもまたこの品を睨む。他にもミラ8号ことヤエに、ミラ36号ことソフィア、それにハンムラビ内勤のスーツ組職員の数名も一緒になってこの品へとその注目を注いでいる。
涼子の通う高校宛てでこの問題の品が送られてきた時、ブラックキャットは涼子の護衛のためにミラ・エイトのドローンと共に校舎屋上で潜伏していたのだが、校内で発生したパニックに気付くと校舎内へと強行突入――。
ブツを警察に押収されるよりも早く、煙幕とその脚力を使って強引に問題の品を強奪・回収し、護衛対象の涼子と共に学校を脱出してきたのである。
「ローズベリーは」
レイはブラックキャットに涼子の所在を尋ねる。
「一緒に連れ帰って来たんだけど……」
ブラックキャットはやや歯切れが悪い。彼女に代わってソフィアが涼子の所在について話す。
「ちょっと心労がたたっちゃったみたいで、今は居住区で横になってる。今日はここに泊めてあげようかなって」
「無理もない。ソフィア、あの子を頼んでいいか」
「うん」
ソフィアは頷き、承諾する。
頭蓋骨の主に関しては、レイが個人的に行方を追っていた事件の被害者の一人の遺骨ではないかという意見が今のところ通説になっている。彼の推理が正しいかどうかは、もう一日か二日ほどハンムラビの化学班にこの頭蓋骨を預けておく必要があるだろう。
それらの鑑定は他に任せるとして、より問題なのはこれとセットで送り付けられた封書の方だ。
封筒の表面には「ハンムラビ・ソサエティへ宛てる」とこちらの組織を直接指名。それを開けると中には一通の手紙と一通の招待状。手紙の方にはこのように書いてあった。
……
拝啓。親愛なるハンムラビ・ソサエティの諸君へ。
私はビーストヘッド・プロモーションの代表取締役 畑 和弘 (ハタ カズヒロ)である。
すでに私の手札として、タスク警備保障が私兵として存在する事はご存知の事と思う。
彼らは私の私兵でありながら、一国の軍隊が持つ精鋭にも引けを取らぬ私の自慢の手札であり、牙であった。
ゆえに、一連の戦闘で私の牙を次々と圧し折ったハンムラビの力たるや、実に見事である。私の愛する仲間を失った悲しみは海よりも深い、されどそれ以上にその強さに私は深い感銘を受けた。
特に私の心を感動させたのは、我々の精鋭を打ち破った一人の男の話だ。
我々の間で「黒腕の死神」と呼ぶ男がいる。冥府に住まう死神から
過去幾度も我々の前に様々な獲物が現れたが、私の部下をこれほど無慈悲に処刑して回り、私達を追い詰めた人物は、貴公以外には例がない。
彼の身に纏う恐怖と、その恐るべき力に深い敬意を表して、ぜひ一度、貴公のためにささやかであるが食事会を開きたい。
黒腕の死神よ、貴公は我らの事を知りたがっているようだ。私もまた、貴公と、貴公の保護する少女の事をもっとよく知りたいと思っている。
もし貴公がこの申し出を受け、少女と二人で来てくれるというのならば、私は貴公らの持つあらゆる疑問に直接答えるつもりであるし、貴公と少女が欲しているであろうものに目星もあるゆえ、その返還も行おう。
ああ、恐らくまだ持っていたはずだ。
しかし、恥ずかしながら私は他人の物の管理が苦手でね、君達が二人で受け取りに来てくれないと、その内これを間違って”無くして”しまったり、”壊して”しまうかもしれない。
そうなっては大変だ。ゆえに貴公の保護する少女、茨城 涼子と二人でぜひ参加して欲しい。
黒き死神と、死神の加護を受けし無垢なる少女よ。貴公らがこの申し出を受けてくれると信じている。
そして最後に、ハンムラビ・ソサエティに告ぐ。
我らは狩猟を至上の喜びとする獣。獲物たるは、貴公らの方である。
死神の肉の味たるや、さぞ格別のものであろう。我らこそ貴公らを食らい尽くす所存であるため、我々の次の行動までに、精々その肉に
光輝35年 2月21日 ビーストヘッド・プロモーション 代表取締役 畑 和弘。
……
「ファイアストーム、あなたをご指名よ」
「光栄には思わんな」
レイは表情に怒りを露わにし、顔を歪ませていた。
「ねえレイレイ、彼らの狙いは……」
「俺とローズベリーだ。何もかも、彼女を揺さぶる為にやっている」
ソフィアが全てを言い切るよりも早く、レイは答えた。
敵の狙いは明らかだ。レイ自身と、そしてそれ以上に涼子を狙っている。何のために? それも明らかだ。彼女を精神的に追い詰め、彼女の平穏を奪い、弱った所を生け捕りにするためだ。
なぜ涼子なのか? それを直接問いただしに行けば、代表の畑が全てを喋るだろうが……正直連中の考える事など今は知りたくもなかった。
「どうしようこれ……」
「彼女を行かせるのは不味い」
「でも……」
「ああ……」
レイも、またソフィアも心中穏やかではなかった。恐らく高速道路上の戦闘の時から、敵はレイが涼子を何らかの理由によって保護下に置いており、彼女の存在が
前回作戦での彼らの野原邸への侵入からして、涼子と麗菜の関係性も高速道路上での戦いの前後には既に気づかれていたのだろう。
そして更に敵はもう一つ気づいている事がある。涼子の環境を
敵の申し出た誘いは涼子を捕らえ、死神を殺すための罠である事は明らか。レイ一人ならこんな誘いは蹴り飛ばしてしまえば良い。
――だが敵はあろうことか、野原 麗菜の死の真相と、その遺品を人質にかけた。
そうすれば涼子と、それを保護下に置く
前回の戦闘の敗北で、正攻法では
そしてレイ単独ならまだしも、涼子を、特に今の彼女を行かせる訳にはいかない。だが断れば、彼女の大切なものがまた傷つけられる。――この前の戦いの晩のように。
狡猾にして残忍な敵を前に、レイの心は怒りに煮えたぎっていた。
レイの燃える嵐の如き殺気に当てられたスーツ組の職員が思わずレイから距離を置く。だがその中で唯一、燃ゆる嵐の中心めがけてスタスタと歩いてくる人物が存在した。
「ファイアストーム君、この案件の現場責任者は君でいいのかね」
「はい。私が……」
レイはその聞きなれた声を耳にすると、殺気を押し込めて振り返った。そこにはスーツを着た太っちょの男性が立っていた。バリカンによって坊主頭に刈り込んだ白髪交じりの短髪と顔のしわから、年齢は60歳前後ほどか。
男性はレイにタブレットPCの画面を差し向けながら、こう話した。
「事情は聞いている。とりあえず君に報告なのだが、本件に関して既に3名の有力な後援者がタスクとビーストヘッド・プロモーションの殲滅を支持している。明日の今頃にはもっと支持者が増えるだろう」
レイが差し出されたPCの画面を見ると、ハンムラビの活動を裏で支える後援者のリストと、ビーストヘッド・プロモーションに対する軍事作戦への支持を早くも表明する後援者の仮名のリストが写し出されていた。
レイと話をするこの太っちょの男性は、今村というハンムラビ内勤の職員である。
彼は超越者でもなければ超能力者でもなく、祈り手ですらない完全に普通の
「今村さん、
「連絡をつけた。準備を進めろとの事だ。彼は今晩には日本に戻ってくる」
「戦争か」
レイが呟く。彼の反応に対して今村は
「まだ局所的なものであって全面戦争ではない。だが、その兆しはある。後援者の支持を多く得る為にも、君には頑張って貰いたい。本件の専任としてバケットヘルム、それと偵察のためにと一時的にナイトフォールを貸し出す事を
「わかった。しかし戦闘サイキッカーがこれで6名か……結構多いな」
先日のブロードソードへのそれと、生け捕りにしたバックホーへの尋問結果によれば、タスク警備保障のサイキッカーは残り4人。恐らくそれは間違いない。
それに対して、こちらは涼子とソフィアらを含めれば既にサイキッカーが6名。今村はさらに2人の戦闘サイキッカーと追加のサイキックドローンを付けると言っている。
特にその内のナイトフォールはファイアストームと同レベルのベテランにして、組織が大切に運用するとっておきの精鋭戦力。
敵は確かに危険な存在で、レイとしても彼らを早急に滅ぼすべきという考えだが、非常にタチの悪い敵の性質を今は置いて、単に4人の敵サイキッカーという戦力上の数字だけならば、ファイアストームとブラックキャットの2名をメインに、それとバックアップにリトルデビルと何機かのドローンが居れば余裕をもって終わらせられる問題でもある。
それを踏まえれば、この対応規模は一見すればもはや過剰戦力にさえ思える。
だが今村はレイの言葉を聞くと、その大きな鼻を大きく、そして厳めしく鳴らしてこう言った。
「”あの戦争”を最前線で経験した君が、6人の戦闘員”程度”で大所帯になったつもりでは困るよ。全面戦争ともなれば【
「連中は危険だ。だがそれは大規模すぎる」
「少なくとも、
今村に問われたレイは、こう答えた。
「……情報ではタスクのサイキッカーはあと4人。”よほどのイレギュラー”が来ない限りは、そこまでの大人数は必要にならないはずだ」
「その言い方、それは君も
「……」
今村の言葉にレイは何も返さなかった。
「まあ、私は伝えるべき事は伝えた。現場は君に任せるから、上手くやってくれ」
「……わかりました」
言葉を交わし終えると、今村は笑顔でファイアストームの肩を叩き、その場を後にした。
敵はあと僅かのはず。そして、後一歩の所まで彼らを追いつめているはず。
圧倒的優勢、そのはず……。
なのに、取り巻く状況の何もかもが、不協和音に満ちていた。
EPISODE「獣の奏でる
===
☘TIPS:人物情報
ミラ36号こと、
その能力も戦闘には極めて不向きで、到底戦場には出られません。もし二つを兼ね備える戦闘サイキッカーと対峙すれば、彼女は一瞬のうちに敗北してしまうことでしょう……。
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