3話 弱点がわかったからには 2


 街の門をくぐって開放感溢れる草原にきゅーちゃんを連れて出た私は、思いっきりその空気を吸い込みます。


「すぅ~…………………はぁ~…………………んー! やっぱりこういう場所での空気は美味しいねー!」

「おい」

「やっぱりさ、体力作りと言ったら走り込みだと思うんだよね!」

「おい準備体操始めるな聞け」

「わたしもさー、この世界に来てから運動はクエストくらいしかやってない気がするし、こういう機会を見つけられて良かったよ」

「おいって」

「じゃー、まずは街の城壁を一周しようか。 ここら辺なら殆どモンスターもいないらしいし、大丈夫だよね」

「いやだから人の話を……今なんて言った?」

「城壁をいっし」

「何キロあると思ってんの!? 5キロはくだらないよ!?」

「あ、そんなもんなの? じゃあ2周できるね」

「…………帰りたい」


 もー、さっきからうるさいなー。

 私はやる気満々だと言うのにきゅーちゃんはやる気なさげです。


「きゅーちゃん! 私はきゅーちゃんのためにこうやってトレーニング方法を考えてきたんだよ? トレーニング好きじゃないのはわかるけど、もう少し感謝とかしてくれてもいいんじゃない?」

「別にトレーニングは嫌いじゃないよ。 剣の腕磨くのとか好きだし。 ……でも体力作りとかは……格好良くないし…………」

「はーい、選り好みしないの! とりあえず準備運動して、ゆっくりで良いから走ろっ!」

「………………」


 観念したのか、きゅーちゃんは黙々と準備体操を始めます。 うんうん! えらいえらい!


「そういえば、何時の間に着替えたの?」


 腕を伸ばすストレッチをしながら、きゅーちゃんは私にそんなことを聞いてきます。

 そう。 私は今きゅーちゃんと集合した時に見せたワンピースではなく、アンダーウェアにスパッツと言うスポーティーな格好になっています。


「普通に門出たらすぐに着替えたよ。 正確には着替えたんじゃなくて脱いだんだけどね。 ワンピースの下に着てたんだ~」


 ちなみに脱いだ装備一式は朝に買った荷物入れ(ナップサック)に詰めています。


「……最初から走る予定だったなら別に着て来なくても最初からその格好でよかったんじゃ?」

「……はぁ~」

「なっ!?」


 やっぱりこの子はお子ちゃまだなと再認識して、ため息を吐きます。

 まったく、解ってないなぁこの子は……


「そんなの、きゅーちゃんに見てもらいたかったからに決まってるでしょ」

「え!? あ、あぁそう…………そっか…………」


 きゅーちゃんはなんだか照れくさそうに頬を染めて(ギリギリ見えます)、仮面の先っぽをつまんで少し下げます。

 まったく、当たり前じゃないですか! パーティーメンバーにちゃんと装備揃えたよ~って報告するのは、パートナーとして当然の事です! 丸腰で不安なのは私だけじゃなくて、背中を預けるパートナーもそうでしょうしね。

 さーて、身体もほぐれて温まってきた事ですし、そろそろ走りましょうか!

 あ、その前に……


「走るのに邪魔でしょ。 仮面は預かるね」 

「え? あッ!! ちょ、こら、返せ!」

「欲しかったら捕まえてごら~ん!」

「ちょ、逃げんな! 返せ、いや返してください! ねお願い! 外でも見つかるかもしれないんだから! ね、待って! ま……待てコラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 大切なものを奪われた怒りの咆哮轟かせ、きゅーちゃんきゅー加速!

 そんなわけで、きゅーちゃんのスタミナ不足解消のための特訓が始まったのでした。




 正直、侮っていました。 まさかこれ程とは思っていませんでした。

 始まって1分。 なんと1分。 たった1分できゅーちゃんはばててうつ伏せに倒れてしまいました。

 いや、確かにふざけてほぼ全力ダッシュで鬼ごっこなんて事をやってしまいましたが、いくらなんでも早すぎませんか!? ぶっちゃけこんなの小学生のお遊びレベルでしょ!?


「ちょ、きゅーちゃん大丈夫!?」

「きゅー…………」

「クッソ可愛い声出すなオイ! もうこれスタミナとかそんな問題じゃない気がしてきた……」


 とりあえず城壁の傍まできゅーちゃんを運んで寝かせます。

 仮面を外したその顔はやはり青白く、少なくとも健康そうには見えません。 ぶっちゃけると病院のベッドが凄く似合いそうな雰囲気があります。


「これもうもやしっこって言うか病人なんじゃ……」

「……はぁ、はぁ……失礼な事言うなし。 ……少し休めば大丈夫だし」

「わかったわかった。 んー、走り込みが難しそうなら、次は腕立てとかにしようか」

「えー…………」

「えー言わない! 少し休んだらやるよ!」


 文句を言うきゅーちゃんを黙らせ。 次の特訓を決めます。

 ネクストレッスン、腕立て伏せ!




 覚悟はしていたんです。 なんとなく解ってはいたんです。 1分走った程度で倒れるきゅーちゃんを見て、きっとこれもあまり出来ないんだろうなぁと。

 でもまさか10回で倒れるとは……


「次!」


 ネクストレッスン、腹筋!




 悟ってはいました。 でも目の当たりにすると頭を抱えたくなりました。

 出来た回数。 10。


「次ッ!!」


 ネクストレッスン、背筋!




 知ってた。

 出来た回数。 8。


「次……」


 ネクストレッスン、スクワット!




 うん。

 出来た回数。 20。

 ……褒めた方がいいんでしょうかこの回数は。


「………………」


 ネクストレッスン…………いやもう思い浮かばないです。 私運動部所属じゃないですし。 帰宅部でしたし。 健康と美容の為に運動はよくしていましたが、基本ランニングだったんですよねぇ。 田舎町は走りやすいので。

 さーてもうこれどうしたもんでしょうかねぇ……。 私はスクワットでばてたきゅーちゃんを見下ろします。 うーん、まさかここまでとは…………ていうか今までマント着ていたせいで解りづらかったんですけど、きゅーちゃんの身体の細さはやばいです。 瑞々しい張りのある肌なので枯れ枝なんて表現は浮かび上がりませんが、それでも触ったらポッキーしてしまいそうな程です。 ここまで華奢とは……ん? でも、アレ?


「こんなに非力で弱弱しいのになんでカエルをあんなバッサバッサと倒せたの?」

「……もうそれ完全に喧嘩売ってるよね? そろそろ本当に喧嘩しようか? ……僕の剣のおかげだよ」

「ん? あー、そのファルシオン……だよね? あの剣がどうかしたの?」


 私が聞くと、きゅーちゃんは左手で腰に下げていた剣を抜き、右手でその刀身の腹を滑らかに撫でながら、その赤い瞳を輝かせ、


「我が剣の銘は『エクスマギカ』。 我が愛剣にして我の半身……その切れ味は山を裂き、天を割るとも言わ」

「そういうのはいいから普通に教えなさい」

「僕の魔力をそのまま物理的な攻撃力に変換してくれる僕専用のオーダーメイド剣」


 なにそれチートじゃないですか。 つまり魔術師の通常攻撃が前衛職レベルになるって事でしょ? えー……なんで私よりきゅーちゃんの方がチートなもの持ってるんですか……。

 ……わたしも魔力そこそこ高いし、今度ちょっと使わせてもらおうかな?


「言っておくけどこれ僕の魔力にしか反応しないようになってるからツミレが使っても意味ないよ」

「ホントチートだね……」


 ずっこいなー。 私もそういうの欲しーなー。 まぁ前衛を主にする気はないので、いいっちゃいいんですけどー。


「て言うかこの剣物凄く高そうに見えるんだけど。 全体的な装飾も結構煌びやかだし。 オーダーメイドって言ってたから伝説の剣ってわけじゃないのかもしれないけど、え、幾ら位するのこれ?」

「んーっと……だいたい300万くらい」

「さっ!? きゅーちゃんの実家って実は凄くお金持ち!?」

「いや、凄く貧乏だよ。 主に父のせいで……。 でも僕は自分で稼ぐ方法を知っていたから、武器とか身の回りの物を用意するお金は問題なかったよ」


 そっかー…………ん? 身体の弱いきゅーちゃんがお金を稼ぐ……? でもアルバイトなんで出来ないでしょうし…………え、ま、ま、まさか!?

 私は勢いよくきゅーちゃんの肩を掴みました!


「ダメだよきゅーちゃんそんなことしたら! 確かに一部の人には需要があるかもしれないけど、そんな事をしたらダメだよ!」

「ええっ!? 何急に!? や、まぁ、確かに微妙にグレーだったかもしれないけど、道具屋のおじさんも、希少だからって喜んでたし……」

「おじさん!? 希少!? 喜ぶ!? グレーどころか真っ黒だよ! ああぁぁ……なんてこと……きゅーちゃん、こんなにも純粋そうに見えて、既に汚されてしまっていたのね……そのおじさんの手によって!」

「ごめん何の話か全く見えてこないんだけど、そのおじさんとっても良い人なんだよ? 初めての時だって、優しく教えてくれて、色だって付けてくれたし」

「もういい! もういいのよきゅーちゃん! 辛かったでしょう? 痛かったでしょう? でも大丈夫だよ。 今は私がついているからね! 一緒に頑張っていこうね! でもよければその初めてのときの内容を詳しく!」

「学校で好成績を収めたらもらえるスキルアップポーションっていう高価なアイテムを道具屋さんに売ってたんだよ。 学校から貰ってる物だから、正直後ろめたかったけど、道具屋のおじさんは喜んで買い取ってくれて、どの位の価値があるのかも教えてくれたの」


 ………………………………………………。


「なぁーんだつまんないの! 心配して損しちゃったよ、もう!」

「ねぇ今の会話でそんなに心配になる要素ってあった? 確かに僕が大金を短期間で手に入れるなんておかしいとは思うかもしれな……おいちょっと待て。 ねぇ、まさか僕が身売りしたとか思ったのか? 僕がおじさんに自分の身体を売っているとか思ったのか!? なぁそう思ったのか!? おいどうなんだよそっぽ向いてないで答えろ! おい!!」


 赤い眼光を強くし(あれ、なんか物理的に光ってないこの子の眼?)、真っ青な顔で問い詰めてくるきゅーちゃんの頭を押さえて進行を阻みながら、私は思います。

 冒険をするためにそこまで苦労していたんですね。 あんなにも体が弱いというハンデを自分なりに補おうとして、身の回りのものを売って高い剣を購入したり。

 ……ん? あれ、というかそもそも……


「ねぇきゅーちゃん。 なんできゅーちゃんは魔剣士なんて前衛職を選んだの? きゅーちゃんがあそこまでの攻撃力を叩き出すって事は、きゅーちゃん相当魔力が高いんだよね? 後衛職じゃダメだったの?」

「え? ……ええっと、それは………………」


 私がふとした疑問をぶつけると、きゅーちゃんはそんなことを聞かれると思っていなかたっと言う様に面食らった顔を見せ、次に何故か気まずそうに目を逸らします。 うん? どうしたんだろ?

 私は怪訝に思い、きゅーちゃんにもう一度聞こうとします。 

 そんな時でした。




「きゃああああああああああああああああああああああああッ!!!」

「「ッ!!?」」




 どこからか突如、悲鳴が聞こえたのです。

 甲高い、女の子の声でした。

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