2話 仲間を作ったからには 1

「………………………………」


 その無駄に大仰な名乗りを前に、思わず私は声を失ってしまいました。

 ええっと……なんだろこれ? おじさんの次は子供が来ちゃったんだけど。 


「ふっ……禁断の術である暗黒魔法の名前を聞き、恐れ戦いたかな? まぁ無理もない……だが安心するがいい。 この我が禁術は汝の力となり、あらゆる障害を滅ぼすであろう。 さぁ少女よ、いざ我と契約を結ぼうではないか!」

「ええっと……冷やかしかな?」

「……ち、ちがうわい!」


 私が突っ込みを入れると、慌てながら否定する仮面の子。 ていうかなんか変だと思ったら声低くしてたんですね。 声は普通に高いです。

 いやでも……えー……………


「あのね、お姉さんは真剣にパーティーメンバーを募集してるの。 冒険者ごっこならここじゃなくて――」

「……ご、ごっこじゃないし! ちゃんと冒険だし! ほら、これ!」


 追い払おうとする私に訴えるように1枚のカードをとりだす…………えっと、男の子なのか女の子なのかわかんないけど、子供。 それがなんなのか見てみると、なんとそれは冒険者カードでした。 見た感じ、私のものと同じ物ですね。 というか、冒険者カードは偽造できるものではないそうです。 つまり、これは本物。

 ……………………うそ……そんな、まさか…………!


「きゅーかっぱって、本名なの……ッ!?」

「……おい、一番最初に驚く部分はそこなのか? もし我が両親から授かった名前に文句があるなら聞くぞ?」

「あ、パーティーメンバーの応募だよね? さ、座って座って!」


 名前の件をスルーして面接を促す私に、きゅーかっぱと名乗るマントの子供は微妙に何か言いたそうに口をつむぎながらも、大人しく向かいの席に座りました。


「えっと、きゅーかっぱ……だっけ? 長いからきゅーちゃんでいい?」

「字数で言えば変わってない気もするが……悪くない。 良いだろう、好きに呼ぶが良い!」

「あ、そのキャラに戻るのね。 ええっと、まずは自己紹介から。 私は日比田つみれ。 募集要項は見たと思うけど、これから冒険者として働いていこうと思っているビーストテイマーです! よろしくね!」

「なるほどツミレか。 良い名前だ」

「きゅーちゃんに言われると微妙な気分になるなぁ……あ、そういえばさ、さっきから気になってたんだけど、あなた男の子? 女の子?」

「……見てわかんないの?」


 ずっと気になっていたことを聞いた私に不機嫌そうに頬を膨らませるきゅーちゃん。 何でしょう。 あだ名をつけたせいで愛着が湧いたからなのか急に子供らしい態度を見せたからかわかりませんが、ちょっと可愛いですね。


「だってそんな鳥の嘴みたいな仮面被ってちゃ解らないよ。 ちょっと取って顔見せてくれる?」

「ふっ……やめておけ娘よ。 これは我が力を抑えるためのマジックアイテム! これが外された時、この世に大いなる災いが……いや、あの、なんで身を乗り出してこっちに手を伸ばすの? えちょ、おいやめ、やめろ、外そうとしないで! やめておけといったでしょお願いやめ「そぉい!」ああぁーーーーーーッ!!」


 上手に取れました! どれどれ……ほうほう、後ろに細いベルトが付いているんですね。 顔につけておくにしては不安定そうなデザインだったのでどうやってつけているのか謎でしたが、これでスッキリしました。 構造的にはゴーグルに近いんですね。 ていうかこれ何気に精巧に作られてますね……お祭りで売っているようなものとは全く違います。 素材もプラスチックじゃなくて金属っぽいですし……あれ? でもこれ構造的に前が見えないような……


「ちょっと、返して! お願いだから仮面返してぇ!」


 私がまじまじと仮面を眺めていると、きゅーちゃんが駄々をこね出しました。

 もー、うるさいなー。


「あーはいはい。わかりましたわかりました。 返してあげるからそんなにお店の中で騒が……な、い………………でッッ!!?」


 その時、私に電流走るッ!!!

 原因はいたって単純明解。 仮面を外したきゅーちゃんの素顔にあります。

 今私の目の前にいるのは、厨二病を患った痛い仮面のお子様ではなく、うまく言葉が見つかりませんが、一言で表現するなら…………そう、天使……!

大きくクリクリしたルビーのように赤いおめめと、短いながらもキューティクルを感じさせる黒い髪をし、薄幸そうな雰囲気はありながらもそれはむしろ儚げで触れると壊れてしまいそうな幻想さに変換され、守ってあげたくなるオーラを醸し出しています。


 ちょ……超可愛い…………! え、なにこの子ありえないくらい可愛い! 


「……まったく、あまり素顔見られたくないんだから……ねぇなんで渡そうとしたその手を引き戻したの? 仮面返してよ」

「あなたにこれは必要ない」

「すごい真顔……!?」


 こんな可愛い顔を仮面で隠すなんてしてはいけない事です。 なるほど、これは確かに世界に災いが起こります。 可愛い的な意味で。


「というか、なんで仮面なんて被ってるの? そんなに可愛い顔してるのに隠しているなんでもったいないよ?」

「可愛いと言われても困るんだけど……ねぇ人の仮面でクルクルして遊ばないでよ返してよ…………簡単に言うと、あまりこの顔をこの街の人に知られたくないんだ」

「どうして? こんなに可愛いのに。 ほら、あそこのウェイトレスさん目をキラキラさせて見てるよ」

「だからそれが嫌なんだって。 …………それに、僕がこの街にいるって、どうしても知られたくない人がいるんだ」


そう、俯きながら真剣な顔で言うきゅーちゃん。 この歳でそんな事を言えば、理由は家出とかと思いますが、冒険者カードを持っているあたり、そういうわけでもないでしょう。

…………ふむ。


「はい」

「え?」


 仮面を返そうと差し出した私にキョトンとした顔をみせるきゅーちゃん。

 ……そんなに驚かなくても。


「事情はわからないけど、冒険者カードを持っているなら、あなたは冒険をしたいって事でしょ? それなのに、その知られたくない人に顔を見られたら、もしかしたら冒険が出来なくなる可能性がある。 だから仮面で顔を隠している。 違う?」

「……う、うん。 その通り……」

「なら、これは返すよ。 その顔が見られないのは、ちょっと残念だけどね」

「あ、ありがと……」


 お礼を言いながら恐る恐る仮面を受け取るきゅーちゃん。

 ……そんなに警戒しなくても。 まぁちょっと借りてきた猫っぽくて可愛いので許しましょう。


「それでさ、もう一度冒険者カード見せてよ!」

「いいだろう。 そら」


 まだ名前しか見てなかったので、今度はちゃんと見るため、早速返した仮面とキャラを被り直したきゅーちゃんに催促し、冒険者カードを受け取ります。


「ありがとー。 ……わー、やっぱりきゅーかっぱって本名なんだねぇ……因みにご両親のお名前は?」

「……絶対にバカにするから言わない」

「きゅーちゃんってただの剣士じゃなくて魔剣士なんだっけ?」

「ねえそこは絶対バカにしないからって言ってもう一度聞く流れじゃないの? バカにすることは確定なの?」

「やっぱり魔法とか使えちゃうのかな!? さっき暗黒魔法とか言ってたもんね!」

「…………」


 何か言いたそうな感じのきゅーちゃんでしたが、ついに諦めたように嘆息し、


「………………まぁ、一応使えるけどいや、使えるに決まっているだろう! 我が暗黒魔法はそんじょそこらの魔法とは威力の桁が違う。 どんな敵も必ずや屠って見せよう!」

「そかそか。期待してるねー」


 そんな風に自信満々にかっこつけたきゅーちゃんと、明日の予定について話し合います。 明日早速クエストにいっても問題ないかを聞いたら、大丈夫だそうなので、明日は11時に集合して、それから一緒に受けるクエストを考える事になりました。

 

「それじゃ、わたしはそろそろバイトがあるから、また明日ねきゅーちゃん!」

「うむ。 また明日会おう娘よ! その時こそ我が暗黒魔法の力、存分に見せてやろう! ふはははははははははは!!!」


 高笑いしながらギルドを出て行くきゅーちゃんを、私は軽く手を振りながら見送ります。

 出口手前で一度躓き、それを隠すようにあえて堂々と出て行く姿が子供っぽくって、堪えきれず笑ってしまいました。



 …………………………。


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