忘れず来たれ

鍛冶屋

忘来オカルト研究装本

◆はじめに


 【実無陽一の記録】


 ぼくの住んでいる町の有名なものといえば、なんといっても心霊現象だ。

 誰がなんと言ったのかは分からないけれど、この小さな町は「花子さんの発祥地」と呼ばれている。

 無言電話、メリーさん、首なしライダー……そんな噂なんてしょっちゅうだ。

 むしろ、そんなまかり通ってしまった話をする人のほうが「その程度か」なんて言われてしまうぐらいの怪異が多いと言われている。


 忘来わすらい町。

 国食くにばみ郡にある町の一つで、駅前のデパートがこの町の一番高い建物といえるぐらいコンクリートジャングルとは無縁な地域にぼくは住んでいる。

 広々としている田舎っぽさはあるが、電車の中景ちゅうけい線を使って三駅ぐらい東に向かうと仕事や娯楽のための都会もあるから、交通に不便というわけではない。大学はないが、小中学校、高校もあるので、この町に転校してくる人も少なくない。もっとも心霊現象に出くわしてしまい、数カ月で引っ越してしまう人が大勢いるのも確かだ。

 心霊現象が多いという噂はインターネットでも広がっているらしく、「忘来町 住みたくない」「忘来町 実在するのか」という不名誉なワードが飛び交い、ネット上では議論されているぐらいだ。


 そして忘来に住んでいる人、もしくは住んでいた人には特徴がある。

 それは、必ず一つは怪談を語れるということだ。

 霊感あるなしに関わらず、一つは怖い体験、不思議な出来事を話すことができるそうだ。

 とは言っても、それはあくまで尾ひれがついたうわさ話にすぎないけれど。

 それでも、ぼくも引っ越してきて間もないが、三つは持ちネタを持っている。

 そのぐらい怪談と忘来町は切っても切り離せないものなんだ。


「そういうわけだから、一年生のおふたり。この町の怖い話をまとめてもらっちゃっていい?」


 ぼくの所属しているオカルト研究部の二葉ふたば先輩がそう言ったのは五月の頭、ゴールデンウィークが終わった翌週だった。

 オカルト研究部では怪談を模造紙や壁新聞、または映像にしてまとめて、文化祭で発表するという企画があるという。

 かれこれそれが始まったのは二十年前のインターネット黎明期の時だった。

 なんでもオカルト研究部を立ち上げた当時の部長が「忘来の謎を解き明かす」という名目で始めたらしい。何故、忘来町は心霊現象ばかり溢れる町になったのかということを確かめるため……だったらしいが、いつの間にか目的はズレつつあり、現在は三年生までに本を作って発行するというのが主流みたいだ。


「ファッションと同じでユーレイも増えてるっしょ? ウワサも比例してノビてると思うんだよねー……なにがって? そう、怪談の数が。だからキミらにも集めてもらっちゃおうかなあって思ったワケ」


 二葉先輩はそんなオカルト研究部の活動を一番楽しんでいる人だった。

 ゆるやかなパーマをかけて、禁じられているはずのファンデーションをしたイマドキ女子だ。いかにもテニス部所属のスクールカースト上位にいそうな女子の二葉先輩は、なぜかオカルト研究部に居座っている。

 ただし実力は本物で、一年の時に一人で学園の生徒から百個近い怪談を集めて文化祭で発表をやり遂げて、客を呼び集めた部長として君臨している。

 ある意味では、この人の存在も一つの怪異なのかもしれない。

 二葉先輩は数年前に部費で買ったらしい銀色のボイスレコーダーを、ぼくと――同じクラスでオカ研に入っている花押かおうあかりさんに渡した。

 そして、先輩は短いスカートなのに素早く足を組んでにやりと微笑んだ。


「ノルマは二人合わせて四十個ぐらいが妥当。なるべく学校外の話がいいかな。三年生の文化祭の九月までには文字に打ち起こして本にしてちょうだいね、未来の後輩にカッコいいとこ見せられるようにさ……それでは、かわいい後輩ちゃんたち。怪異に負けずにがんばってね」



* * * * *


「あの先輩、ほんっとバカみたい。あれって、いま三年生だよね? 受験成功すんのかな?」


 部室から先輩が去った後、花押かおうさんは悪態に似た言葉を吐きながら、机を指でとんとんと叩いている。

 ぼくの同期はあんまりノリ気じゃないみたいだ。

 それにしたって、同期の花押さんがどうして入り続けているのかがぼくは気になる。成り行きで入ってしまったぼくは、ともかくとして……花押さんは文句ばっかりなのに、なんで幽霊部員にもならずにいるんだろう?


 ちなみに先輩からは、怪談をまとめるにあたってオススメの方法を聞きだした。

 それは、『多く話を持っている人のところに通いつめて聞くこと』らしい。

 十個は厳しいけど、七個ぐらい持っている人は案外いるとのことだ。

 だから、ぼくら各々で三人ずつに話を聞いてみるのがいいかもしれない。

 それだったら、一つ二つぐらい足りなくても、ぼくたちの話を足せばいい。


 花押さんは頬杖をついて「オッケー」と了承してくれた。

 あんまりやる気がなさそうだったけど、大丈夫だろうか。


 しばらくして、そっけなく「帰るから」と言った花押さんと別れた。

 誰もいない教室でぼくは窓際で空っぽのグラウンドを傍目にボイスレコーダーを手癖でいじっていた。


 こうして、ぼくらの高校生活は始まった。



 これが、きっと――僕の歪な青春の幕開けだったんだろう。

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